レコードと部屋と彼13 -マッチングアプリで3週間の本気の恋をした話-
彼の部屋には、こだわりのないものが一切なかった。
一つ一つのものに思い入れがあり、その中に彼のこだわりが見えた。
棚に置かれているフィギュア一つとっても。
壁に貼られているポスター一つとっても。
これから買い揃える予定の漫画一つとっても。
部屋の中央に置いてあるスタイリッシュなソファは、探しに探して気に入ったものを見つけたらしい。
他の家具もそのメーカーで揃えたいと話してくれ、カタログも見せてくれた。
すごい高級品ではないけれど、ファストファッションじゃなくて自分の気に入ったものを大事に使う。
そんな印象。
地元のブランドの華奢なブレスレットも、その一つ。
「ステータスのためのベンツなんて、ダサいよね。本当にベンツが好きなら分かるんだけど」
横尾忠則が好きで。彼は画集を引っ張り出してきて、布団に横になりながら二人でそれを眺めた。彼が嬉々として解説してくれる。
「横尾さんは、同じことを二度とやらないんだ」
「こういうこと考える発想がすごいよね」
表現することへの憧れを感じた。
本棚にはまだまだスペースが有り余っているけれど、『ジョジョの奇妙な冒険』がほぼ全巻揃っていた。
男性に人気の漫画だけど、私は読んだことがない。
彼に説明してもらって、やっと、『ジョジョ』って主人公が何人もいる連載なんだって知った。
彼の描いた絵を見せてもらって、びっくりした。
漫画調のイラストだけど、ボールペンの、少ない線で描かれた絵はライトで特徴的、アーティストのPVやジャケットなんかで使えそうな、味のある絵だった。
絵を描く、という話は聞いていなかった。ここまで描けるなら、「絵を描ける」って言っていいもんだと思うけれど。彼の中では絵を描けることはそこまで重要なことではないのかもしれない。プライオリティがそこまで高くないのかな。彼の中で一番重要なのは、音楽。ロック。
学生時代にバレーボールをやっていたという彼は、バレーボールの漫画を描こうと思って絵をいろいろ描いてみたらしい。
躍動感に溢れる肢体の描き方は、少し、ジョジョの絵に似ている。
それを指摘すると、言われて意外だったのか、好きなものだから知らないうちに似てきたのかもね、と言っていた。
落書きのように書かれた手のフォルム。
アタックをするためにしなる身体。
漫画の中の彼が創作した独自のキャラクター。
私は文章を書くのは好きだし得意な方。でも一切絵は描けない。落書きしてごらんと紙とペンを渡されても、手が固まって何一つ描ける気がしない。
頭の中で描いているものを絵として表現できる人がうらやましい。
彼がそういう表現ツールを持っていることに驚くとともに、少し安心した。この人、ちゃんと自己表現のツールを持ってる。表現者なんだ。
彼がいくつかレコードをかけてくれた。
小さなスピーカーはとても音質がよく、低音が響いた。
レコードが好きな理由を電話で聞かせてくれていた。
ロックは、ステレオじゃなくてモノラルで聴くといいんだって。
ビートルズのアルバムで、あえてモノラルで出されているレコードがあり、それを聴いた時に音質の違いにびっくりしたらしい。
私が聴かせてもらったものも音の奥行き感がはっきりと感じられるもので、録音時のミュージシャンの距離感が分かるくらいだった。
そうやって彼が自分の好きなモノについて語るのを聴きながら。
この人が好きだなぁと思った。
右胸を全摘した私の身体を抱いてくれたからではなく。
好きなものへのこだわりがあり、自分なりの表現方法を模索している最中の彼がすごく愛おしいと思った。
そのうち、彼がキスをしてきた。軽いやつじゃなくて、濃厚なやつ。
電気を付けて明るいまま、もう一度抱かれた。
出したら眠くなったのか、彼はそのまま寝てしまった。
眩しいから電気を消さないと眠れないなぁと思いながら、彼の隣に横たわって、彼を見つめていた。
そういえば、夜勤で不規則な生活をしているのに、寝不足になったりしないの?と私が聞いた時に彼がこう言ってた。
「うーん、話さないほうがいいのかもしれないけど。オナニーして寝たらぐっすり眠れるんだよね。男ってみんなそうしてるのかと思ったけど、意外とみんなやってないらしい」
寝付きの良い彼がうらやましい。
眠りは浅かったのか、彼が起きたみたいだったから、その時に電気消してと言えた。
二度目のセックスが終わった後。
「抱いてると、俺のモノ、って感じがするよね。女の人はそうじゃないの?」
そう聞かれて。
私は何て答えたか覚えてないけど、曖昧な感じで答えたはず。
その時心の中で思っていたのは。
女はみんな、この人が私だけのモノだったらいいのに、って思ってるよ。
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