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レコードと部屋と彼12 -マッチングアプリで3週間の本気の恋をした話-

彼は住むところにとてもこだわっていた。


住んでいる、と聞いた地名は、閑静な住宅街で、単身者が住むイメージの場所ではない。


「雑多なところに住みたくなかったんだ」


最寄り駅を降りてから、15分ほど。ひたすら駅を背にして閑静な住宅街を歩いていく。

左右には豪邸が立ち並び、こんなところをよく選んだものだと感心した。



彼は、指を組み合わせた恋人繋ぎで私の手を握り、

「たくさん歩かせてごめんね」

と言う。


付いてきてくれたことが嬉しかったのか、電車の中でやたら褒められた。

「マニキュア、きれいだね」

「ショートカットが似合うね」


何度も何度も、私は思う。


女って、バカだな。


相手の感情にほだされて、結局こういうことになって。


ううん。相手のせいだけじゃない。

私だって。

彼の事を好きになりつつあるけれども、今頭の中になるのはそういうことより、「したい」だけ。


一回、関係を持っただけで、彼が自分を大事にしてくれるとか思ってない。

そういう関係になったから、付き合うとか、思ってない。

とにかく、二人とも、したいだけ。


それでも、「ただしたいだけ」ではなくて、その先の未来を二人とも期待してる。それは、確かなことだと思っていた。

この人で、大丈夫かどうか。

それを試すような、気持ち。そういうことなんだと思っていた。




彼の部屋はとても整っていた。

玄関開けたところに目隠しになるようにポスターが貼られ、台所と部屋の奥を仕切るカーテンがちゃんと付いている。

台所は洗い物がシンクに貯められていることもなく、目に見えるところに無駄なものは何一つ目に置かれていなかった。とても几帳面な人なんだな。

奥に行くとお洒落なソファーが目を引いた。その前に置いてあるテーブルもシンプルで、ソファーによく合っていた。

テレビを置く台もテーブルと同じ基調、レコードやテレビ、ゲーム機が整然と備え付けられていた。

部屋の奥には大き目の本棚があって、まだ棚はいっぱいになっていない。

彼がこれからその本棚を埋めていくことを楽しみに期待していることが、何となく伝わってくる。


テレビ台の横に、エレキギターが置かれていた。

彼が、自分の好きなように生きられるようになった、一つのきっかけ。

エレキギターを買ってから、好きなモノを買って、好きなことだけしようって気持ちが吹っ切れたって。電話でそう話していた。


テレビ台の上にはポスターが二つ。

演劇のポスターと、デビルマンのポスター。


デビルマンのポスターについては、彼が後で語ってくれた。

デビルマンの悲しい人生。それゆえに流す、血の涙。彼は悲しい宿命に耐え、自分の役割を全うしようとする。その悲しい宿命を印象付けるように、真っ赤に描かれたデビルマン。



整理整頓されていて、余計なものは出ていないし、置かれてあるものはきちんとあるべき場所におさまっている感じがした。



とてつもなく居心地のよい空間。



ここが、彼の城なんだ。



一足、踏み入れてみて、直感で悟った。

ここは彼のテリトリー。聖域。この中で、彼の魂は自由になることができる。


私が彼と直接顔を合わせているのはこの部屋の中がほとんどだったけれど。

彼のいろんな表情が見られたのは、彼のテリトリー内に入ることが出来たからだろう。




ソファーに座った私に、彼が口づけてくる。

キスをして、身体をまさぐられて、服を脱がされて。

彼が自分の眼鏡を外してテーブルに置く。

何気ないその仕草がすごくセクシーだなと思った。

私はまだ、普通の下着を付けることができないから。その日は水着をブラジャー替わりにしていた。

「水着、可愛いね」

と言って、彼が水着を脱がせていく。

私の手術の痕には、触れない。

何でもないかのように事を進めていく。




セックスって、こんなに気持ちいいんだって、初めて知った。

終わった後に、彼がこう言った。

「こんなに清々しい気持ちは初めてだな。男として認められた気がする。やっぱり、嘘がないからかな」

何だか意味深な発言だけれど。

こういう状況になって恥ずかしいやら嬉しいやら不安やらで私は返す言葉もない。



彼がふと言った。

「気になるかと思ってたけど、全然気にならなかったよ」

そう。気になるかなって、する前は思ってたんだ。でも、実際のところ、気にならなかったのね。

この言葉が、実のところ一番私が欲しかったものだったのだろう。



彼はシャワーを浴びにいったけど、私はメイク落としも持って来ていないし、歯ブラシも持っていない。

そのつもりじゃなかったし、泊まることになるなんて思いもよらなかったから。



眼鏡を外した彼の顔を見るのは初めて。

私はどちらかと言えば、こちらの方が好きだった。

少し無防備で、飾り気のない顔立ち。



シャワーを浴びた彼は、

「まだ眠くないよね?」

と言って、部屋にある自分の好きなものについて嬉々として語ってくれた。

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