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【ショートショート】 彼女たちはすぐ死ぬ

「ヤバイー、今回のテストまじで死んだわー」
「私も。私このテスト1つでも赤点取ったら、お小遣い1ヶ月なくなるんだけど」
「まじで?それ鬼すぎん?」
「鬼無理。ほんと、絶対死んだ」

電車の到着を、ホームで待つ時間。
そのほんの数分で、目の前にいる女子高生たちは、何度も死ぬ。
彼女たちは口々に、今日あったらしいテストの出来について話し、笑いながら何度も死んでいく。

「うわ、バイト先から着信来てる」
「え、何で?」
「今日入ってたの忘れてたわ…!」
「はい、死んだ」
「まじやらかしたー!死ぬしかない」

何も恐れる様子なく、何度も何度も死んで、そして、笑う。

「つか、あんた結局、英語のワーク提出してきたの?」
「そんなのあったっけ?」
「うん。こないだ出してないのお前だけだぞ!ってめちゃくちゃ怒られてたやつ」
「ああ、あれね」

テスト死んだからもういいやって、出さずに帰ってきた。いやそこは出してこいよー、本当に死んじゃうよー。

ケラケラ笑ってあっけらかんと死を語り、小突気合いながら、彼女たちは絶妙なバランスで「いま」を生きる。

ごおっ…と音を立て、強い風と共に電車がホームに滑り込む。

その風が、目の前で笑って話し合っている女子高校生たちを掴んで揉みくちゃにしていく。
彼女たちは、揉みくちゃになった髪を、何も気にした様子を見せずに押さえて撫で付け、「いま」を生き続ける。

「生きろよ」

女子高生たちには、届かない。

プシュー…
電車のドアが開き、彼女たちはそのまま未来に進む電車に乗り込んでいく。

「簡単に、死ぬなよ!」

ガヤガヤしたホームで、気がつくと声に出していた。それでも、「いま」に夢中な彼女たちには聞こえない。
そして、同じ電車に乗り込むつもりだった自分の足が、そこに縫い止められたように動かない…。

そんな自分の横を、ついと人が通り過ぎる。
その通り過ぎざまに、「…頑張るよ」と聞こえた気がした。先に電車に乗り込んだ女子高生たちと、同じ制服を着た少女は、静かに、そして確かにそう呟いた。

ーードアが閉まります。ご注意ください。

自分に返事をして電車に乗り込んだ少女は、乗り込んで戸口のすぐ近くに立ち、自分に向かって会釈をする。

プシュー…
目の前で電車は扉を閉め、ゆっくりと動き出す。

ガタン…ガタン…

それを静かに見守りながら、「…こっちも、頑張るよ」と、誰にも届かない言葉を呟いた。
こうして今年の春も、自分の前からゆっくりそして確実に、過ぎていった。


(1001文字)


=自分用メモ=
言葉の重さの割に、ある一定の時期にはポップに使われがちな難しい動詞「死ぬ」。老若男女問わず、発する言葉の真意が響く人と、そうでない人の差を感じることがままある。そんなことを、ふと思いながら、4月の終わりの夜風を感じつつ、これを書いた。みんな、春のスタートダッシュお疲れ様でした…!

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