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【ショートショート】 ヒカレ

 私には、好きなものがあった。

 雨上がりのアスファルトの匂い。
 通学路にある地蔵を眺めること。
 授業中に教室から眺める運動場。
 前の席で眠る友達をつつくこと。
 どこかから聞こえる吹奏楽の音。

 たくさん、あった。

 キラキラした装飾の付いているバッグ。
 長い髪の毛を丁寧にお手入れすること。
 色とりどりのネイルカラーのチェック。
 大きめのTシャツをだぼっと着ること。

 友達を見かけて、声をかけるまでの緊張。
 気に入った音楽を何度も何度も聞くこと。
 新しいノートに一文字を書き始める瞬間。
 あてもなくとりあえず真っ直ぐ歩くこと。

 好きかもしれない人をこっそり見ること。

 別に、難しいことを望んでいたつもりはない。取り立てて理解されたかったわけでもない。

 私の世界の幸せは、私が決めたら良いと思っていたし、それが全てだとも思っていた。

 それでも、どうやらそれだけではすまないらしい。

「お前、男なのに変わってるなあ!」

 あっけらかんと大声で言われ、挙句そのままその場にいた人みんなに笑われた。

 講義が終わった後、大教室でのんびり帰り支度をしていたら突然話しの渦にさらわれた。

 びっくりした、何が起きたのかわからなかった。
 びっくりし過ぎて、私も笑った。

「…そうかなあ?」

 よくわからないけれど、喉の奥が締め付けられるような感じがして、それ以上の言葉が出てこなかった。

 何となく居た堪れなくなって俯くと、自慢のロングヘアが肩をさらりと流れた。

「おもしろいやつだな!」
「あ、ありがとう…」

 何と返すのが正解か、私にはわからなかった。はははと笑って、私の背中をバンバン叩くその生き物に、とりあえず笑って礼を言った。

 ──「おもしろい」って、何だろうと思った。

 あまり難しいことを考えるのが得意ではない私は、思考の浅いところをぐるぐると彷徨った。

 周りの空気は、何事もなかったようにそのまま流れていく。
 何事もなかったように、私の飛び跳ねた心音も平静を取り戻そうと努め始める。

 ──ガタンッ

 不意に大きな音を立てて、斜め前に座っていた金髪の女性が立ち上がった。よく手入れをされた、綺麗な金髪だと、思った。

 みんなが思わず彼女の方を見た。
 彼女は真っ直ぐこちらを向いて、その場にいた全員にはっきりと一言を、刺した。

「何も、面白くない」

 私の目を見て、もう一度「面白くない」と呟いた。
 そうして、彼女は小柄な身体で大きな荷物をひょいと担ぎ、そのまま教室を出て行った。

 私は、机上の荷物をかき集めてバッグに詰め、人生初めての衝動に突き動かされて、彼女を追いかけた。

 好きなものに、「自分を大切にする」を足そうと思った。

(1097文字)


=自分用メモ=
磨け、その感覚を。
認めよ、その命を。
愛せ、その全てを。

上手くできなくても良い、初めから正解がわかっていることなんて、世の中にそんなにない。わかったときが、触れたときが、スタートラインだ。
「いまそこにあるものに、惹かれる。その惹かれたもので、自分が光る」という感覚にに任せて、「ヒカレ」として書き上げた。

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