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【ショートショート】 ドングリの落ちる音

 ある昼下がりのこと、森のどこかでドングリの落ちる音がしました。それはリスの耳にはっきりと届き、彼女は立ち上がりました。お腹が空いた気もして、すぐにでも行きその実を得たいと考えたからです。

「どうしたんですか。今はじっと座る時間ですよ」
 おっかない顔をしたフクロウ先生は、リスにそう言います。
「先生、ドングリの落ちる音が聞こえたんです。私行かなくちゃ」
「私には聞こえませんでした。そして何より、今は出かけるべき時間ではありません」
 リスはびっくりしました。自分の耳には、あんなにはっきり聞こえた音が聞こえないなんて、考えられなかったからです。

「でも…」
「さあ座ってください」
「私には、確かに聞こえたんです」
「あなたに聞こえたかそうでないかは、さほど重要ではありません。少なくとも私には聞こえていない以上、その何とかというものが落ちたという確証がありません」それに、と彼は続けます。
「今はもっと大切なことをする時間で、そんなことにかける時間は惜しむべきなのです」

 リスはがっかりしてしまいました。自分の心踊る瞬間を、「そんなこと」と言われてしまったからです。そして、自分には確かに聞こえたのに、それを証明する方法を知らなくて悔しい気持ちにもなりました。
 仕方なくそのまま席に着いて、風の匂いを嗅ぎ、空の色を眺めて時が過ぎるのを待ちました。そしてなぜ先生に、あの音が聞こえなかったのだろうかと、考え始めました。あんなにも、魅力的で聞き慣れた音のはずなのに!

 雲が流れ、小鳥が行き交い、ゆっくりと時が動きます。ふとリスが横を見ると、隣の席に座っていた、リスの腕では抱えきれないくらい丸々としたイモムシがうとうとしていました。時の流れの遅さに飽き飽きしていたリスは、思わず声をかけます。
「ねえ、イモムシくん。さっき聞こえたよね」
「…何があ?」
 あくびをしながらのんびりと、イモムシは答えます。彼は最近ずっと眠そうにしているなあ、と思いながら、リスはこのつまらない時間の暇つぶしも兼ねて、フクロウ先生に否定された「ドングリの落ちる音」の話をしました。

「それは…聞こえるはずないよお」
 おっとりとした口調で、イモムシは答えます。
「先生は、ね。木の実を…食べないからねえ」
 うふふと笑って、その大きな体を揺らしながら続けました。
「彼にとって、木の実の落ちる音は聞き慣れた音ではないし、彼の『普通』や『日常』にはドングリが必要ないからねえ…」

 イモムシの話を聞いて、リスはそういうものなのかと驚きました。そして、大人や先生と呼ばれる者はみんな、「全部を知っていて、全部のことに理解を示す」とばかり思っていたことに気がつきました。フクロウ先生は、先生である以前に“フクロウ“だと言うことを忘れていたのです。

 さあっと少し大きな風が吹いて、木々を揺らしました。イモムシはまたうとうとと居眠りを始めました。そろそろ彼も次の段階に進もうとしているのだと、リスは不意に気がつきました。
 彼をそっと見たリスは深呼吸をし、次にドングリの落ちる音が聞こえたら、誰に止められても絶対にそれを拾いに行こうと静かに決意をしたのでした。


(1297文字)


=自分用メモ=
フクロウ先生のもとで、何をしていたのか。それはリスにとって重要ではないため、ただ時間を過ごしていたというような書き方をした。これは登場人物(動物?)を何にするかに一番悩んだ。フクロウとリス、リスとイモムシ。それぞれに共通項がギリギリあるもので、フクロウとイモムシに共通項を持たせない…難しかった!もっとしっくりくるものがあったかもしれないなと思いつつ。

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