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「島」の歴史学を構想する——2023年8月3日-8月8日のinstagramまとめ

 こんにちは。今週は台風が猛威を振るっていて、わたしが住んでいるところでは長時間停電していました。自然の脅威を前にすると人間は無力にならざるを得ませんね……。被災された方にはお見舞い申し上げます。

 さて、今週(これももう2週間以上前になってしまっていますが……)は「島」にかんする本を投稿してみました。わたし個人は関西の山奥で育ったので、まったく島とは縁遠いのですが、ひょんなきっかけで小笠原諸島に興味を持ったので、それにまつわる文献を集めてみた結果、意外と面白い地平が開そうだと思った次第です。
 後編に書くエッセイは、それゆえに思いつきに過ぎないことを書いていくとは思いますが、一読してもらえますと幸いです。

 ここで少し脱線。なぜ小笠原諸島に興味を持ったのか。それは、東京・恵比寿の写真博物館にたままた行ったときに、「地球の持続可能性(サステナビリティ)の問題に対して強いメッセージを投げかけている日本を拠点とする優れた写真家を支援することを目的」とする「プリピクテジャパンアワード 「火と水/ fire & water」」なるものが開催されていて、それを見たのがきっかけでした。その展示会では、新進気鋭のさまざまな写真家の作品を見ることができたのですが、なかでも個人的には長沢慎一郎さんが撮られた小笠原諸島の写真に興味を惹かれました。
 小笠原諸島は、現在こそ日本の領土となっていますが、1968年まではそもそもアメリカ領であったこともあって、アメリカと日本の文化が入れ混じる土地です。その様子が写真からありありと伝わってきました。不勉強だったわたしは、この写真を見るまでは小笠原諸島については「自然遺産に登録されているところ」くらいにしか思っていませんでしたが、写真を見た後はもうすこし勉強してみようという気になったというかんじです。ということで、石原俊さんの著作などを手に取ったのでした。


今週の6冊

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 以下に投稿した本を挙げておきます。本来であれば①や②の本の著者である石原さんの博士論文をもとにした『近代日本と小笠原諸島——移動民の島々と帝国』という本も手にしておきたかったのですが、現在古本価格が上がっているようで、断念しました…。でもほかのものはまだまだ入手できそうなので、そちらを先に読んでみることにしました。

 ①石原俊『〈群島〉の歴史社会学——小笠原諸島・硫黄島、日本・アメリカ、そして太平洋世界』(弘文堂、2013年)。
 ②石原俊『硫黄島——国策に翻弄された130年』(中公新書、2019年)。
 ③中野聡+安村直己(責任編集)棚橋訓(編集協力)『岩波講座 世界歴史 19巻——太平洋海域世界〜20世紀』(岩波書店、2023年)。
 ④里見龍樹『不穏な熱帯——人間〈以前〉と〈以後〉の人類学』(河出書房新社、2022年)。
 ⑤北野充『アイルランド現代史——独立と紛争、そしてリベラルな富裕国へ』(中公新書、2022年)。
 ⑥周婉窈『増補版 図説 台湾の歴史』(平凡社、2013年)【原著1997年】。

簡単なレビュー

 まずは①について。これは先ほどから名前を挙げている石原俊さんによる、コンパクトでありながらも専門的な知見を加えながら「島」の歴史を叙述する本です。この本のとくに序論のところが顕著かもしれませんが、「歴史研究において島をどのように捉えるべきか」を考えるうえでも重要であると思われます。
 そして②も石原さんの本です。この本は「硫黄島」と題されているために、「戦争のことが書かれているのかな」と思われるかもしれませんが、そうではありません。もちろんこの島々にとって戦争も大きな出来事であったのですが、戦中だけではなく戦前も戦後も、日本の国内政治とアメリカをはじめとする国際政治のあおりをうけて、そこにいる住民が振り回されていきました。この例に見えるように、「島」は国際社会の情勢に左右されるケースも多いというのが重要なのかもしれません。
 なお、Google Map等で確認していただけるとおわかりのとおり、小笠原群島硫黄列島は比較的近しい距離感にあります。しかし、とくに戦後については両諸島が異なる歴史を歩みました。そのへんの比較もなかなか興味深いところではあります。

 ③について。こちらは世界の全歴史をカヴァーするべく、地理的にも時代的にも広範囲にわたる対象を、複数の著者が20数巻をかけて執筆していくシリーズ「岩波講座 世界歴史」のうちの1冊。このシリーズは、2、30年に1回、全面的に再編されて再記述されるのですが、その構成自体がその時代の風潮を反映するところがあります。今までは「英・仏・独・米」などの国についての記述が多かったのですが、本シリーズではこの「ヨーロッパ中心史観」を少しでも相対化させようとする意図を感じます。
 本巻は、その相対化のもっともラディカルな実践だといえます。なんせ、「島」だけで1巻を構成してしまったわけですから。この本を買ったのも、その取り組みに興味を惹かれたからでした。あともうひとつつけ加えておくと、この巻は歴史学者以外の寄稿者(とくに人類学者)が多いのですが、このあたりも歴史学をより開いたものにしていくうえで重要だと思います。

 ④について。こちらはソロモン諸島をフィールドワークする人類学者、里見龍樹さんによる非常に実験的な一冊です。その「実験的」な側面は、その文体の特徴にあらわれています。大きく分けて、①著者がフィールドワーク中に書いた日記の引用(著者の回想)②フィールドワーク先の「文化」の記述(人類学がいままで書いてきた民俗誌)③人類学における最新の研究動向の紹介(理論の紹介)があります。つまり、日記民俗誌理論が融合しているわけですね。個人的には、この戦略がとても面白いなと思って読みました。当然、ソロモン諸島の社会を知るのも面白いですけどね。

 ⑤はこちらも「島」であるところのアイルランド現代史の入門書です。著者は歴史研究者ではなく、外交官の方が書かれたものです。政治の最前線の現場で働いてこられた方が書く現代史には、それだけで説得力が出るのだなと思ってみたり。
 ⑥はこちらも「島」である台湾の通史です。学部時代に一度台湾に行く機会があったのですが、そのときに台湾の歴史を予習するために買った本です。台湾の歴史は、ここでは簡単にまとめられないほどに複雑です。オランダ、日本、そして大陸の中国等々との関係性のなかで台湾の歴史を捉えないといけません。


「島」の歴史学に向けて

 先週は以上に書いてきたような「島」に関連した本を投稿してみました。さて、ここからのエッセイ部分では、「島」という視角がどのように歴史学に貢献しうるのかを考えてみたいと思います。結論から言うと、実際に実践することができるかどうかは別にして、島の歴史学はけっこう先端的な議論ができるのではないかと個人的には思っております。
 なお、先に断っておくのですが、今回のnoteは本当にメモ書き程度にすぎません。アイデアを箇条書きする程度のものであることをご了承ください。

「島」という研究対象が持つストロングポイント——歴史学の場合

 まずは、島にかんする過去の研究がどのような視座のもとで行われてきたのかをまとめておきたいと思います。あらかじめ指摘しておきますが、以下に挙げる3つの方向性は、互いに連関し合っているので、スパっと割り切れるものではありません。ゆえに、かなり大雑把な分け方です。そして、あくまでも今の自分が想定できる範囲に限られているために、ほかの方向性もあると思います。
 このような前提をふまえたうえで言えば、歴史学研究において島は、以下の3つのような魅力があったことによって研究されてきたと言えると思います。具体的にいえば、①その地理的条件がオルタナティヴな視点を提供できること②先駆的に島に注目してきた人類学における方法論を参照できること、そして③西洋文化において島が喚起してきた豊かな想像力の歴史があるということです。以下では、順を追って説明していきたいと思います。


1.地理的条件について——「海の歴史」とアトランティック・ヒストリー

 まずは①の「その地理的条件がオルタナティヴな視点を提供できること」について。島の歴史を考えるうえでは必然的に、その周りを囲む海という環境が重要になってくるとは思うのですが、それに従えば、「島」の歴史学は「海の歴史」の発展系として捉えることが可能になります。海の歴史とは、いままで無意識のうちに陸の歴史が当然のこととして捉えられてきたことを指摘し、歴史学者の視点を海にも向けさせることとなった分野です。

 具体的例を挙げてみましょう。パッと思いつく日本人研究者でいえば、イギリス史の金澤周作さんのご研究があると思います。金澤先生の研究は(あまりにも単純化しすぎかもしれませんが)ひとことでまとめると、船の難破をめぐる各国間での政治的なやり取り、私掠船の闘争、船乗りたちの社会等をとおして英国近代を描く試みであると言えるでしょう。これはまさに、英国史の焦点を陸から海へと目を向けさせる具体例としてイメージしやすいと思われます。
 金澤先生の研究は、1990年代後半から2000年代ころに始まり現在に至るものなので、比較的最近の流れと言えますが、「海の歴史」の古典と言えば、『地中海』(原著は1949年)と題された博士論文を書き上げたフェルナン・ブローデルの仕事を挙げないわけにはいきません。この研究は西洋史だけに限らず、東洋史にも、さらにも他分野の研究者にもよく知られた、海をどストレートに取り上げた先駆的な著作です。これもまたよく知られた話ではありますが、ブローデルが海をタイトルの最初に掲げたのは、フェリペ二世の外交政策についての博士論文を書こうとしていたところに、アナール学派の創始者リュシアン・フェーヴルが

「フェリペ2世と地中海」は「地中海とフェリペ2世」になるべきである

ピーター・バーク『フランス歴史学革命——アナール学派1929-89年』岩波書店、1992年、63頁。

というアドヴァイスを送ったからだという逸話が残っています。
 ブローデルの『地中海』はそもそも海を研究の主体に据えた点で独創性が高いわけですが、この海への注目は、フェーヴル以来のアナール学派のひとつの強みでもある、地理学との連携が意識されている点も見過ごせません。歴史の時間の時間のなかに、通常想定される社会や個人の時間に加えて「地理的な時間」があることを強調し、歴史家たちに「長期持続」へと目を向けさせました。
 ということで、海を対象とすることによって歴史家の注目を地理的環境に向けさせることが可能となるわけです。

 ここまで長々と「海」を話題にしてきたわけですが、本論において重要なのは、「島」の歴史学です。なので、海の歴史として研究されてきたものを、島の歴史として読み替えてくといった作業を経る必要があろうと思います。新しい分野を構想するためには、必ず古典の再読解というプロセスを経なければならないのです。ゆえに、たとえば地中海を例にとると、サルデーニャ島、クレタ島、ロドス島、キプロス島、マルタ島、そしてシチリア島などに代表される、さまざまな島の目線から地中海を捉え直していくことが求められるだろうと思われます。

 脇道に逸れてしまいました。さきほどのところでは、島の歴史学を構想するために、海の歴史学の代表例として金澤先生のイギリス史、そしてブローデルの地中海史を取り上げましたが、海の歴史がもっとも花開いたともいえる大西洋にかんする研究と重ね合わせて考えても面白いと思われます。太平洋に次ぐ大きさを持つ海である大西洋を、歴史の中心的なアクターとして捉えるアトランティック・ヒストリーという分野についても少し紹介してみましょう。
 さっそく先の分野において代表的な歴史家2人に言及しておきます。ひとりは、海賊や奴隷貿易の著作で知られるマーカス・レディカーであり、もうひとりは「アトランティック・ヒストリー」の提唱者であるバーナード・ベイリンです。前者のレディカーの海賊にかんする議論では、船上という特有の社会が形成されるうえでの特徴が書かれていて、後者のベイリンは思想史研究が専門であり、大西洋をつうじて思想が伝播する様子を描いています。

 アトランティック・ヒストリーの醍醐味は、両者の研究が明らかにするように、海を経由して、人、モノ、そして思想が繋がっていくようすに焦点を当てていることにあります。その意味ではグローバル・ヒストリーやトランスナショナル・ヒストリーなどとも距離が近いとも言えます。
 海を媒介としてさまざまなものが繋がるという考え方は、おそらく大西洋や地中海に限られたものではなく、さらにはそれ以外の海にも拡大可能でしょう。日本海であれば、倭寇などの存在によって人やモノが動くようすを描くことができるでしょうし、すこし南に下がって台湾を対象とすれば、それこそ⑥の文献で詳しく書かれているように、オランダ、中国、朝鮮、そして日本の連関を見ることができると思われます。
 アトランティック・ヒストリーは、これも当然かもしれませんが、島の歴史学とたいへん相性がいいと言えます。とくに、カリブ海の西インド諸島を研究する際には、重要なパースペクティブを与えてくれると思います。そういえば、この8月にはハイチがご専門の浜さんによる岩波新書が刊行されましたね。ハイチやキューバ、その他多数の島が連なる西インド諸島。ここの研究をフォローすると、アトランティック・ヒストリーを勉強しながら島の歴史学を構想することもできるという、一石二鳥なのかもしれません。

 さて、この節をまとめておくことにしましょう。この節では、「島」の歴史学を構想するため、それらを海の歴史学の系譜アトランティック・ヒストリーの系譜に位置付けてみることにしました。そして、両者の研究史からは、その地理的特性上発生する交易等をつうじたモノ、資本、そして思想のつながりを捉える視覚を獲得することができることを指摘しました。結果的には、海の歴史学を島の歴史学として再読解することによって、ブリテン島や地中海の島々(ロドス島、シチリア島、クレタ島、そしてキプロス島など)を捉えられるかもしれないこと、それからアトランティック・ヒストリーをフォローすることによって、西インド諸島に数えられるバハマ諸島やアンティル諸島についても分析するための道具を身につけることができるというわけです。


2.人類学の方法論について——歴史人類学や「新しい文化史」

 「島」を歴史学において研究対象に選ぶストロングポイントのふたつめは、「先駆的に島に注目してきた人類学における方法論を参照できること」にあると思います。とくに人類学者マーシャル・サーリンズのハワイ諸島にかんする研究は、本論を考えるうえでも重要です。

 まずそもそも、サーリンズとは誰か。ちなみにかれは、どうしても発生してしまう「クソどうでもいい仕事」を分析した『ブルシット・ジョブ』の著者デヴィッド・グレーバーの「師匠」にあたる人類学者です。それはそうと、かれの本業は進化論経済人類学の著作(邦訳されているものでいえば『進化と文化』や『石器時代の人類学』)であり、フィジーやハワイといった太平洋の島々でのフィールドワークをもとにした研究です。以下ではそのなかからひとつ、かれの仕事のなかでも後世に影響を与えることとなった、1980年代に精力的に取り組んでいたハワイ諸島にかんする研究について、ごく簡単に述べることにしましょう*1。

 1985年、サーリンズは『歴史の島々』という著作を発表します。この著作は、「キャプテン・クック」の名で知られるイギリス人ジェームズ・クックが、1778年にハワイ島を訪れ、一度出航したのちにもういちどハワイへと帰港したさいに、現地の住民によって1779年に殺害された一連の出来事を分析するものです。
 サーリンズは、クックの殺害について以下のような説明をします。そもそもハワイ島では伝統的に、冬の終わりにはマカヒキ祭と呼ばれる新年祭を行ない、そこで豊饒をもたらすとされるロノ神を迎え入れる儀式を取りはからっていた。そして、偶然にもこの時期にクックはハワイ島に上陸した。ハワイの人びとは、そんなクックを「ロノ神」であると認識し、クックをロノ神であるかのように扱った。クックはその後ハワイを出発したが、約1週間後に偶然嵐によって遭遇し、ふたたびハワイに上陸することになった。ハワイの人びとは、クックの再登場に大変驚くこととなった。なぜならば、クックは一年に一回迎え入れる「ロノ神」であるにもかかわらず、短期間のあいだにふたたび姿を現したからである。この混乱をきっかけにして、ハワイ島の人びととクックの関係が悪化し、最終的には殺害へと至った。これがサーリンズの説明です。
 以上のようなサーリンズの説明は、誤解を恐れずに単純化すれば、構造(とそれがもつダイナミクス)が歴史を動かしていくというものでした。サーリンズの指摘は、人類学者にとっては「歴史」について再考させることになり、また歴史学者には「歴史叙述」について再考させることになりました。

 この分析は、人類学の周辺でいろいろと論争を巻き起こしたそうですが、ここでは深く立ち入らないようにしましょう。しかし、この研究が与えたインパクトは絶大なものがありました。歴史学関連で指摘できるのは、1980-90年代に注目された「新しい文化史(New Cultural History)」への影響関係です。「新しい文化史」とは、ポストモダンの理論や社会学・文化人類学・文学等の周辺諸分野などをふんだんに取り入れながら、80-90年代に華開いた歴史学の新動向なのですが、このマニフェストを謳いあげた論集として知られる『文化の新しい歴史学』において、サーリンズの研究がもつインパクトについて。丸々1章分の紙幅を割かれて論じられています*2。
 サーリンズの歴史叙述が新しかったポイントは、それは歴史学が「構造」を明らかにすることに躍起になっていた当時の歴史学(たとえば、マルクス主義歴史学においては「上部構造」や「下部構造」が問題の俎上に上げられ、またアナール派の歴史学では、第二世代の領袖であったブローデルが唱えた三層構造の歴史観が幅を利かせていました)とはまた別の語りによって、「構造」と「歴史」の関係を説明したからと言えると思います。

 ブローデルの歴史観について少し補足をしておきましょう。かれは歴史が駆動する要因を、日々起きる事件などの短期的なもの、市場の原理など中期的なスパンで推移するもの、気候や地理などの長期的にみてほとんど変わらないものものの三層の時間を捉えることが必要であると述べました。この考え方は大変な影響力をもったわけですが、その批判点として挙げられるのが、この三層構造に代表されるように、ブローデルが「構造」とするものは、あまりに静態的なものであったということです。
 もちろん当時のフランスの知的潮流をリードしていた構造主義との共鳴関係のなかでブローデルの考え方も支持されていたわけですが、ポスト構造主義のように、構造主義の静態性を批判して動態性を強調する考え方が登場すると、あまりに変わらない「構造」を捉えようとする方向性に意義を呈するべく、アナール学派内部でも、さまざまな歴史観が提出されていきました。その問題意識のなかから、第3世代が登場することとなります(アナール学派第3世代についてはまた別のnoteを書くことにします)。

 動態的な「構造」から歴史を捉えるにはどうしたら良いのか。この問いにひとつの回答を用意したのが、サーリンズだったのです。サーリンズが想定する歴史の駆動要因は、かっちり作られて動かない文化や伝統といった「構造」がある社会に、日々刻々と変化する「事件」が差し込まれることによって、つまり構造と事件の重なり合いに求められました。
 さきほどのハワイの例に当てはめて考えてみましょう。ハワイにはもともとの伝統文化があって、そこには「構造」があった。そこにクック到来という「事件」が起こった。ハワイの人びとは、自分たちが作り上げてきた物語のなかでクックを理解し、結局殺すに至ったというわけです。
 2023年現在、なぜ歴史学がこんなにも「構造」に拘っていたのか、ピンとこない部分もあると思いますが、この歴史叙述は当時にしてみれば新しかったのです。この新しさは、やはり史学史という歴史叙述の論争史の中に位置付けられてこそ理解できるものです。サーリンズの議論の細かい部分は近年の研究によって乗り越えられているだろうと思われますが、その些細な間違いの部分だけを見て「古い」と切り捨てていいわけではないということではないということですね。

 また近年では、人類学の内部からもサーリンズの研究を再評価する動きがあるようです。南太平洋に浮かぶソロモン諸島をフィールドワークする人類学者の里見龍樹さんは『不穏な熱帯——人間〈以前〉と〈以後〉の人類学』において、サーリンズの研究を、最新の人類学研究から読み直す試みをしています。

 人類学はいまや人文系の最先端の理論を提供する学問分野となっています。2000年代以降の人類学では、いままで客観的対象としてしか描かれてこなかった自然動物といった存在を人間から切り離す思考法——つまり「自然/文化」という二項対立的な発想——を乗り越えることを目指す「存在論的転回」という動きが出てきました。近年の人文学はそれといった流行が以前ほどはありませんが、エドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ・カストロ、ティム・インゴルド、ブリュノ・ラトゥール、フィリップ・デスコラ等が至る所で特集されていたり言及されていたりして、ご存知の方も多いかもしれません。
 本論に関わってくる「存在論的転回」の特徴をひとつ挙げるとするならば、それは人間中心主義的な考え方の傲慢さを徹底的に否定していくことだと思います。少し説明しましょう。通常人間はコミュニケーションが取れないもの、つまり動物といったものに対峙するときには、それらをあくまで人間の都合に沿ったかたちでとらえます。化石燃料は、人間にとって使えるから使用可能なのであり、ペットは人間を癒すから必要であると理屈が作られます。しかし、自然は自然で、動物は動物で、人間が理解可能な文脈に置くことができないような——人間にとっては不気味で不穏な——特性を持っています。この特性に、しばしば人間は否応なく直面させられることは直感的に理解していただけることでしょう。

 『不穏な熱帯』のなかで里見さんは、「存在論的転回」のなかで言及される人類学者マリリン・ストラザーンの歴史観に着目し、それをサーリンズとなぞらえることによって、あらたな歴史叙述を構想しようとしています。里見さんによれば、ストラザーンは、人間にとって理解可能な文脈に落とし込まれるようなものではない、さきほど言及したような「不穏な」歴史を捉えることが重要であると指摘します。
 では、この不穏な歴史を記述するにはどうすれば良いか。ストラザーンがいうには、それを捉えるためには「驚き」「予期されざるもの」に着目する必要があるようです。ストラザーン自身は、サーリンズの歴史叙述に対しては上記の要素がないとして批判していますが、里見さんが指摘しているのは、サーリンズは少なくとも読者にたいして「驚き」や「予期されざるもの」を提供するに至っていたのではないかということです。
 やや話がややこしくなってきたので、間違っている可能性を大いに含み込んだ大雑把なまとめ方をすると、里見さんの見解によれば、いまの「存在論的転回」の考え方を活かす歴史叙述として、サーリンズのものがけっこう参照できるのではないかということだと思います。もう少し踏み込んで言うと、里見さんが表現したい歴史とは、「「これこれの出来事があったかもしれないが、また別の出来事であったかもしれないし……」という潜在的かつ偶有的な歴史」(同書245頁)であり、これを達成するためにはサーリンズたちが作り上げてきた歴史人類学の叙述法を参照するべきだということです。

 この節で書いてきたことも長くなってきましたが、ここで言いたかったのは、島の歴史学は、ハワイを取り上げたサーリンズの議論を参照でき、それから派生して「新しい歴史学」や、近年の存在論的転回等に代表される人類学の先端理論と接続することもできるということでした。これらを参照すれば、自動的に新しい歴史叙述を可能にするきっかけを掴める可能性が高まるっていくのです。


3.西洋文化における想像力について——カルチュラル・スタディーズやポストコロニアル理論

 さてさて、ようやく終わりが見えてきました。「島」を歴史学において研究対象に選ぶストロングポイントのみっつめです。それは、「西洋文化において島が喚起してきた豊かな想像力の歴史がある」ということでした。その代表的な例として、有名どころで言えばダニエル・デフォー『ロビンソン・クルーソー』、アレクサンドル・デュマ『モンテ・クリスト伯爵』、さらにはアガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』など、ほかにも無数に上げることができます。島は、それ自体が想像力をかきたてるのか、物語の舞台になりやすいのです。

 このように西洋世界は、ある意味で好き勝手に島を描いていたわけですが、当然そこには問題点も指摘することができます。それは、西洋人が勝手に、アメリカ大陸やほかの「未開の島々」の歴史を一方的に搾取してきたということです。最近、人気歌手のある作品が炎上していましたが、その例を見るといまだにこの問題は指摘され続けるべきものなのかもしれません。

 この政治的な問題を指摘してきた学問分野が、日本では90年代ころから盛んに議論されることとなったポストコロニアル理論文化研究(カルチュラル・スタディーズ)です。この知見をふんだんに取り入れながら、「ユートピア」として島を描いてきた西洋人の文学・著作を批評していく研究書も刊行されており、その代表例として、2020年に邦訳が刊行されたレベッカ・ウィーバー=ハイタワー『帝国の島々』という本が挙げられると思います。


 また、おそらくもっとも「島」についての論点を提供してくれると思われるのが、今福龍太『群島-世界論』という著作です。今福さんは以下の図のように、「島」という視点がたくさんの論点を提示することを指摘しています。

今福龍太『群島-世界論』水声社、2017年、冒頭にある「群島認識地図」を列挙。(用語や表現等はそのまま引用しています)

 最後、著者の力も尽きてきたせいもあってやや失速していった感もありますが、この章で言いたかったことはとてもシンプルで、「島」という視点に立った近年の研究は、その多くがポストコロニアル理論やカルチュラル・スタディーズの影響を受けていて、島の歴史について触れるのであればそこを無視するのはもはや難しいということです。


おわりに

 これまでみてきたように、「島」の歴史学的研究をしようとした場合、以上3つの論点をはじめとして、さまざまな先行研究を参照することができることを確認してきました。結果として、「島」の歴史学は、強力な史学史的・理論的バックボーンを背景として構想できるのではないかということがお伝えできたかと思います。「島」に代表されるように、一見意外な対象が、歴史研究を豊饒にしてくれることもあるのではないでしょうか?

*1:サーリンズの議論とその影響については以下の文献を参考にしています。アレッタ・ビアサック「ローカル・ノレッジ、ローカル・ヒストリー——ギアーツとその後」リン・ハント編『文化の新しい歴史学』岩波書店、2015年[原著1989年]、109-147頁;里見龍樹『不穏な熱帯——人間〈以前〉と〈以後〉の人類学』河出書房新社、2022年、第2部。

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