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「ピエロ」 谷川俊太郎

「ピエロ」
ピエロの素顔を見たことのあるのは
ピエロのもとの奥さんだけです
泣き笑いの化粧の下にあったのは
しわだらけのふつうのおじいさんの顔でした
素顔のピエロは泣きも笑いもせず
〈貯金はいくらたまったかね〉ときくのです
ピエロのもとの奥さんはその貯金を引出して
十段変速の自転車を買って家出しました
ふつうの顔をしたおじいさんピエロは
あくる日月賦でトランペットを買いました
 (p.348)


ファンデーションで隠したいものを全て隠し、アイラインを強く濃く引き、マスカラで睫毛を太くする。
私の素顔を見たことのある元彼は、数えるほどしかいない。
義姉にも見せていない。身内なのに。

自分の弱さ、脆さを見せないように、仮面をかぶる。
数年前までずっと茶髪だったのも、自身を強く見せるためだったのかもしれない。
化粧が、もうひとりの自分をつくってくれる。

ばっちりメイクで、今日も仕事に出た。
営業成績が良く、本日のMVPに輝いた。
ある男性に真っ先に報告したくなって、「あぁ……」と思った。
彼の本当の顔を、私は知らない気がしている。

帰宅すると、アイラインが取れていた。

全てが私らしくて、ちょっと泣いて、ちょっと笑った。

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「ピエロ」 谷川俊太郎 『朝のかたち 谷川俊太郎詩集Ⅱ』(角川文庫、1985)より

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