ないものねだり。
この男はどこか変だ。掴みどころがないが、決定的に他の人とは異なる。
だがしかし、困ったことには、その違和感の正体が分からない。
今日こそ、この男の真実を突き止めてやる。
予鈴がなった。クラスのみんなが席に着き始める。
彼の名前はT。
おおらかで悪いやつではないが、天然なのか、時たまにみんなを呆れさせる。
今朝だって、チャイムがなる寸前に教室へ入ってきた。クラスメイトがそわそわ心配する様子なんて知らぬ顔で、急いで駆け込んでくる様子もなく、汗水一つかくこともなく、当たり前のように入ってきて着席した。
先生「T、またか。遅刻ギリギリじゃないか。もっと余裕を持って登校しなさい。」
T「はい、先生。でも僕は遅刻しません。するはずがないんです。」
何を根拠にそんなことが言えるのか。いつか痛い目を見るに決まってる。
・ ・ ・ ・ ・
先生「さあ、今日は修学旅行の班行動について決めますよ。グループで話し合って、先生に提出してください。」
学校生活の一大イベント、修学旅行。幸か不幸か、僕はTと同じ班になった。
「みんな、どこか行きたい場所はある?1人ずつ挙げていこうよ。」
班長の女の子が提案する。
T「僕は特に無いかな。みんなで決めてよ。」
僕「おいおい、T。そんな無責任な態度はよせよ。みんなで考えようって言ってるのに。」
思わず咎めてしまった。僕はTを注意深く観察する。
T「ごめん、そんなつもりはないんだ。勝手にやってくれと言ってるわけじゃない。ただ、行きたい場所とか、もう本当にそういうの無くて。」
Tはいつもこうだ。悪気は無さそうだが、学校の行事などには興味を示さない。
大人ぶって、自分は子どもじみたお前らとは違う、とでも思っているんじゃないのか。
たった3年間しかない学校生活、楽しまないなんて勿体無い。
修学旅行なんて一生に一度しかやってこないのに。
部活に、勉強に、恋に、思い出に。
今しかない青春を謳歌する僕たちとは、まるで違う世界にいるかのように、ただただ平凡な日常を繰り返すだけのTが、僕はなんだか腹立たしい。
ああ、今がずっと続けばいいのに。
・ ・ ・ ・ ・
昼休みになると、Tが屋上へ向かう姿を見かけた。
後を追いかけてみれば、ぼーっと空を眺めるTがいる。
こうやって毎日空虚な昼休みを過ごしているのか。
僕に気づいたTが口を開いた。
T「ないからこそ、ある。あるからこそ、ない。
僕はみんなが羨ましいよ。自由じゃないみんなが。」
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