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MIMMIのサーガあるいは年代記 ―65―

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         第 四 章
     ー戦場のプリマドンナ4ー  十分間の執行猶予

 

「なんとかしなきゃ。あと十分以内に……わたしたちも蒸発しちゃう!」
「ほんとうに核兵器なんかかくしていたの。源さんは館のことはなんでも知ってるでしょう?」
 桃子は、お婆さんの無条件降伏勧告の放送を聴いてゴンザレスたちと同様に驚愕し、声を必死に抑えて源さんにただしました。

「わからん。あのブッとんだファンキーな爺さんや婆さんのことだから、なにがあってもおかしくはないがな。……だが確かなことは、お嬢のいうとおりワシたちは死んでしまうことじゃ。地下防空壕を出たことを、婆さんは知らんからな。どうしたものかな?」

 十分間という時間は、カップヌードルに順番に熱湯を加えていくと三個が出来上がる時間ですが、行動し何かを解決するにはあまりに短い刹那です。特に、この切迫し、複雑な状況では……。秒針は刻々と過ぎます。彼女はしばらく沈思したのち、こう断言しました。
「防空壕へ戻れないなら、敵に無理にでも降伏させるしか生き残れない。源さんこの車に乗って。運転はできるでしょう。それと、倒した敵の武器を集めて。早く!」
「お嬢が武器を執ることは……」と、源さんは遮ろうとしましたが、口をつぐんでしまいました。彼女の意図がなんとなく読めたからです。そうして、それ以外に桃子が生き残る可能性はないのです。
「馬鹿なAIの自動車」と彼女は、セキュリティ・ロックがかかって運転者を認識せずエンジンがかからない車に怒り、制御部分を円匙の柄で破壊し、古典的な方法で始動させました。
「はやく! はやく!」
 残り時間八分四十二秒

 
 ベンジャミンは、無条件降伏勧告の放送が終わった直後、攻撃の様子と腕時計を交互に見比べました。(0Day+02h33m)
 作戦完了予定時刻を大幅に過ぎていました。敷地内で残敵掃討をして蛸薬師小路一族とその郎党ろうとうどもを根絶やしにするには、少なくともあと三十分は欲しいところです。道路封鎖をしている部隊もかき集めて投入して、十分以内に起爆を阻止することも頭の端によぎりましたが、すぐさま否定しました。
 十分以内に移動・集合できず、核兵器の起爆装置の解除など誰もしらないのです。それに、最前線の傭兵は動揺し戦線離脱していく者が増えている体たらくです。
 
「クソッタレ! 苦し紛れのハッタリだ! 戦術核なんかあるわけない。攻撃続行あるのみ」
「本当だったらどうする! やつらは年代物の山砲やツングースカまで隠していたんだぞ。あってもおかしくない」
「十分以内に核を無効化すればいいんだ。簡単なことだ」
「そのいい加減な見込みのせいで、作戦が頓挫しかけてるんだゾ。中止してさっさと引き上げっちまえ」
「ダメだ。交渉するしかない。わずか十分だけでは撤収できない。戦闘停止も無理だ」
 彼の参謀と副官たちは口々に言い争っています。
 
「黙れ! 冷静になれ。スーツケース型核兵器なんて半世紀以上前にとっくに廃止になった。あるわけない。もしに奴らが持っていても、半世紀のあいだまともにメンテナンスができたと思うか。あっても起爆できない。気にするな。さあ、勝利までもう一息だ。脅えるな。お前たちも攻撃に参加しろ! 最終総攻撃だ! 退却する奴は、このオレが撃ち殺す」
 彼はこう吠えて、部下たちの不毛な口論を断ち切りました。ただ、彼にはこう命令するしかない理由が隠されていました。賢明な貴姉貴兄もご存じのとおり、彼の老母と愛娘が『Y社』によって人質になっていることを……。蛸薬師小路一族と家子郎党を殲滅しないことには、家族を救い出すことできないのです。
 
 彼はゆるゆると火の点いていない煙草をくわえ、アサルト・ライフルのチャージング・ハンドルを音高く引き、最終攻撃の先頭には自分が立つ、と側近たちに形だけ示しました。
「さあ、進め! 栄光の中へ」
 残り時間七分四十秒

 
 かたや、お婆さんの方はどうなっていたのでしょうか。
「これで十分だけ寿命がのびたわ」と、自嘲とも諦めへの憐憫ともつかぬ小さな笑みを浮かべたあとで、橋本ナナミンに同じ質問を繰り返したあと、付け加えました。
「昔の同僚になんとか連絡して、核爆発が起きる、今の放送は嘘ではないと伝えて」
 
 生死のナイフの切っ先上で縮こまっているメキシコ人たちは、二人の会話の意味は分からないものの、母乳を求める嬰児みどりごのように眼差しをナナミンに注ぎました。
「わかりました。なんとかやってみます。……ゴンザレス。通信に使える携帯、パソコン、タブレットをすぐに持ってきて。電波出力を安定させて」
「これはまだつかえる」こう言って、メキシコ一人がノートパソコンとスマートホンを差し出しました。

  ナナミンは、のーとPCからWEBを立ち上げ、しばらく記憶を呼び戻し、あるHPを立ち上げ素速くIDとパスワードを入力しました。しかし拒まれました。さらに別のHPを開きます。
 メキシコ人はキーボードを叩くナナミンの手先とお婆さんの表情を、交互に見比べます。まだ、彼らは少し納得がいきません。なぜなら二人の会話のに自分の命を託す根拠が判然としないからです。
 
「ナナミンを正体不明とか国籍不明とか、みんなが言ってるのは知ってる。ほんとうのところはナナミンの前歴は、ある諜報機関のエージェントだったの。それも戦闘工作員も兼ねてた。だから昔のツテでその防諜機関と政府を動かそうというの。ナナミンの昔の連絡網がま生きていたら……という蜘蛛の糸に望みをたくしてるの」
 お婆さんは物静かに、サハラ砂漠の只中で氷のかけらを見つけ出すような希望を、ゴンザレスたちに説明しました。
 
 しかしナナミンは、額に流れ落ちる汗も拭かず、傍らの会話も時折着弾する流れ弾も気に留めず、PCの画面を注視しキーボードを叩きます。ただただ、チッという舌打ちをなんどか続けています。彼女のこの舌打ちが残酷にも、周りの人間の僅かな希望を削ぎ落としました。
 残り時間は六分五二十秒程度。カップ・ヌードル三個つくるには、短すぎる残り時間になってしまいました。

  (つづきますよ)

※ 冒頭の画像は、お絵かきAI (Image Creatorで)作成した『戦場の女神』の一つの部分です。せっかくですので全体画像を次に添付しておきます(Microsoftさま、感謝です)。

戦場の女神