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MIMMIのサーガあるいは年代記 ―59―

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         第 四 章
       -傭兵隊長のロンド-
 
 傭兵隊長の通称ベンジャミンの供述内容は更に続いています。そのままでは彼は無駄に饒舌なので、前回供述から後回しにされていた、肝心の作戦成功後の傭兵たちの国外脱出方法と作戦内容をとりまとめて触れておきます。 この部分も『稲生家日次記いなおけひつぎき』に基づいています。

              
 ベンジャミンと四人の参謀は、集めた傭兵を目的別に四つの部隊に分けた。

 一番目が桃子たちを攻撃、族滅を目的とした主攻撃部隊。この兵員数は百五十人程度。彼らを中隊として編成しその下に、小隊、分隊を設けた。ミリオタの人たちにとっては常識的な編成だろう。このうち一個小隊及び一個分隊、四十人あまりを予備として後置した。
 
 二番目は、国防軍や治安組織の介入阻止のため、蛸薬師小路たこやくしこうじ邸に通じる主要道路をあらかじめ封鎖する任務で、三~五人のグループを十七班つくった。また国防軍などが制圧部隊を空輸するのをさえぎるために関空、八尾、伊丹及び近江(注1)空港を一時的に制圧する四班を編成した。各班は目標の軽重に応じて七~十五人を充てている。

 三番目に、政府を混乱させ、他に注意を逸らせるためだけの目的で十班を設けた。全国各地で爆破テロを演出するのである。即席爆弾IED(注2)を爆発させ、その直後に有名な国際テロリスト集団の名前をかたって犯行声明を発表する計画だ。
 この偽装爆破テロの場所は、都心とその周辺、近畿、中部、九州北部の主要都市を設定した。一班あたり二~五人を配備した。
 
 この三番目の部隊が、蛸薬師小路家の族滅と傭兵たちの国外脱出作戦のキモになる。政府各機関が被害特定、犯行者捜索、警備などに手を取られて混乱の極致にあるなか、遠い奈良県下一カ所の戦闘を爆破テロの一環と誤認し、また緊要度を見誤って即応できないはずである。
 この偽装爆破テロに加え、もともと正体不明の彗星『A/2036 U1』が地球に接近し人工物的な動きをし、月の陰に潜んだような状態が続いているため、世界的に小規模な暴動が多発する不安定な世情だった。だから、これとの相乗効果が期待できた。
 爆破開始はおおよそ九十分前(00Day0h-90m)。爆破は時間差を設け、爆破規模も比較的小規模にしていた。個別標的は、人口密集地を避けた主要インフラの変電所、放送塔、通信基地、浄水場などに定めた。
 <この爆破規模を最低限にしたのは、作戦に伴う付随的被害、とりわけ人的被害を最小限にするという自身の人道主義と良心からでたものだ、ベンジャミン本人は主張していますが、それはちがうでしょう>
 
 この第三の部隊の作戦は図に当たった。
 政府各機関は混乱して誤情報が乱れ飛び、さまざまに矛盾する命令が連発され撤回が繰り返された。結局、蛸薬師小路邸周辺の状況が中隊規模の地上戦であると知ったのは翌朝だった。むろん、まともな統一的で組織的な対処など出来るはずがなく、現地各級組織が独断で動いた、というよりも空騒ぎをしただけに終始した。

 四番目は、攻撃発起後、大阪南港、同北港、和歌山港、それに名古屋港の貨物船に派出する部隊である。
 空路で急いで国外脱出するという常識の裏をかき、各地の擾乱にまぎれて陸路を和歌山築港へ移動し、あらかじめ手配した貨物船に乗船し領海外へ移動する。そこで待機しているより高速な船舶に乗り換えて第三国へ逃げ延びるのが、国外脱出の概要だった。なお、大阪北港は単なる囮で、大阪南港は一応、残余のグループが貨物船に乗船する計画であると、傭兵たちには説明していた。
 
 それでは全国各地で偽装爆破テロのグループ、道路封鎖をしたグループやほかの港と空港を一時占拠した傭兵たちはどうなるのだろうか? どのように国外脱出するのか?
 
 ベンジャミンとその参謀たちが彼らに説明した作戦計画では、大阪北港の貨物船に乗船するか、任務終了後さらに細かなグループにわかれ全国各地に散り、地下に潜るか、航空機をハイジャックして海外脱出するというものだった。しかしながら、参謀や副官たちが算出した損害予測では、ほとんどの傭兵が死亡ないし戦闘不能になるか武装解除され、無事に脱出ないしは長期潜伏できる者はほんの十パーセント以下という惨憺たるものだった。
 ベンジャミンたちはこの損害を必要不可欠なもの、受容可能な損害と考えた。彼らの犠牲によって、蛸薬師小路邸攻撃を行った主力部隊は安全に撤退できるからである。
 もちろんのこと、捨て石になる傭兵たちには、前記大阪南港ルートなどもっともらしい偽の撤収計画が与えられていた。

 そう、ベンジャミンは傭兵でありながら傭兵仲間を裏切るのに躊躇しなかった。過去に何度か雇傭主に裏切れた彼自身が同じことを企んだのだ。
 この部下への裏切りで彼の傭兵生命が完全に絶たれ、生き残りからの暗殺に怯えることになる。しかし彼には、人質になっている老母と障害をかかえた愛娘の命を救うに、他人のいかなる犠牲をはらってでも攻撃を成功させる必要があった。また作戦後は、容貌や刺青を美容整形して別人になり、単なる傭兵隊長から傭兵雇傭主に、グレードアップして再デビューをはたす下心も幾分あった。

 次は作戦手順だが、その前提として敵の基本戦術を、彼は次のように正確に喝破していた。

 塹壕などの配置状況から、メキシコ人たちの人数では機動防御をする兵力など皆無なので籠城策しかない。また防御のよりどころは、九二式歩兵砲と、対空自走砲ツングースカの30㎜連装機関砲による対地上射撃しかなく、これら重火器を無力化すれば、後は自分たちが圧倒的優勢である、と。

 これを踏まえて、最初に蛸薬師邸周辺の通信・電波妨害、電力遮断をして、桃子たちを情報・通信の真空地帯に封じ込める。次に周辺道路を完全に封鎖して蛸薬師小路邸を陸の孤島にする。その後、攻撃部隊が分進し同邸近くの丘陵裏に集合する。

 そうして、ようやく奇襲攻撃開始になる。
 具体的には、60㎜迫撃砲五門による集中射撃という圧倒的火力で、同邸に配置されている九二式歩兵砲一門と対空自走砲ツングースカを破壊。続いて主な地上建築物、掩蔽壕、銃座等を破壊してゆく。

 メキシコ人たちが迫撃砲の集中砲火で頭を上げられないうちに、主攻として正門正面に徒歩前進して攻撃。助攻として南西方面の門に前進しメキシコ人の防御兵力を分散させる。兵力は各一個小隊である。
 蛸薬師小路邸の強化された三重の外壁とあらたに設けられた鉄条網の重畳的防御すべてを、迫撃砲や携帯火器で破壊、突破できないのは承知である。だから、乗用車に即席爆薬を積載した有線遠隔操作の自爆攻撃で突破口を啓開する。当然、この状態になれば生き残りのメキシコ人たちは死に物狂いでRPGやグレネードランチャなどを乱射し、遠隔地雷を使用するに間違いない。これに対処するために、自爆攻撃と呼応して同邸東側の崖部から一個小隊弱が陽動攻撃を加える。

 このような圧倒的火力と三方面からの飽和攻撃ならば、攻撃が失敗する要素はないだろう。かりにも、北方向へ脱出する者には、正門攻撃の主攻部隊から二個分隊ほどを割いて迂回、片翼包囲をして殲滅できる。

 あとは敷地内に乱入した全部隊が、塹壕の隅や地下室で生き残ったメキシコ人ら私兵を各個に掃討する。もちろん蛸薬師小路一家や従業員もこの掃討途中に発見できる。
 作戦成功は間違いない、と確信していた。
 むしろ一番困難なのは、この敷地内掃討がもっとも時間がかかるという点だった。邸内建築物の間取りが不明なのと、地下施設の詳細不分明のために、部屋一室、蛸壺一つごとに確認して掃討しいかねばならない。彼は、この残敵掃討、蛸薬師小路族滅に作戦上いちばん時間を割き、約二時間を見積もった。
 国軍の大規模な不意の軍事介入を除けば、失敗する要素は皆無だった。しかし、慎重な彼はさらに奥の手を準備した。
 
 それはゴンザレスも予想していたヘリボーン急襲である。
 三方向からの攻撃でも敷地内へ容易に攻撃侵入できず、予想外の時間を要したならば、ヘリコプターで敷地内へ空中機動して兵力を投入する予備作戦だった。
 
 もっとも軍用大型ヘリなど急に調達できないから、民間ヘリを架空法人名義でリース契約し、あるいは空港駐機場で強奪する調達方法を計画した。なんとか作戦開始直前に五機が用意でき、搭乗歩兵数が合計二十七人と、ほぼ小隊規模となった。この人数でも蛸薬師小路の私兵戦闘員と同数か上回っている。
 このエアボーン作戦は、戦況推移を見ながらベンジャミンが別途発動を命ずることとした。

            

 以上が、彼の作戦概要でした。重ねて言いますが、ベンジャミンは作戦の失敗は微塵も予想していませんでした。よしんば部下の傭兵たちに集合訓練を行う時間的余裕がなかったことに起因して、攻撃調整の不備、友軍相撃フレンドリー・ファイアーなどさまざまな小問題が発生しても、自身の前線指揮官としての能力と傭兵業界最高の参謀と副官たちによって解決不能なことなど無い、と自信をもっていました。
 それではここで、時刻を攻撃開始の時刻と場所に巻き戻しましょう。

 ……
 彼は蛸薬師小路邸を遠くに望む丘陵上に降り立ちました。後に続いた二台の大型バンに分乗した参謀、副官や野戦司令部要員が、素速く彼の四周を取り囲みました。副官の一人がベンジャミンのヘルメットと防弾ベスト、アサルトライフルを差し出しましたが、彼は黙って軽く首を振りました。腕時計で時刻を確かめます。
(0Day -01h13m)攻撃発起まで一時間あまりになりました。

 副官たちが分散進撃してくる各部隊からの通信を受信して、口頭で彼に報告します。すべてが順調でした。
 三人一組四チームの偵察斥候の派出、偵察用小型ドローンの発射、妨害電波出力の増大、到着部隊の再編成と配置などは、彼の参謀と副官たちが作戦計画に従って機械的手順で処理しましたから、彼自身はその様子を耳にしながら予定戦場を眺めるくらいしか今はすることがありません。指揮官としての出番はもっとあと、戦況が膠着するか想定外の事態発生、それと終末の敷地内掃討のときくらいしかないのです。

 彼は間近にいた副官の胸ポケットから煙草の箱とジッポライターを抜き取ると、煙草に火をつけます。
 五年前から禁煙してしていたので、煙が目にしみ、のどはいがらっぽく痛くて煙を肺まで吸い込むことはできないのですが、この局面では必要でした。戦闘中に指揮官が平静沈着を演出し、部下を安心させる昔から必須アイテムですから……。
 彼は半袖黒Tシャツのすそを生熱い微風にはためかせ煙草をくわえたまま、大和平野の真ん中に夕闇が下り、おちこちの人家の窓に灯りが増えてゆくさまを眺めました。不意にある古い映画のセリフが浮かびました。
朝のナパームは格別だ。……それは、勝利のかおりだった』(注3)
  (くどくどと続きますよ)

冒頭画像は、米海兵隊サンディエゴ新兵訓練所のマスコット、ブルーノ兵長
      出典:https://www.marines.mil/

(注1) 近江空港:
    現時点では存在しません。滋賀県民の切願であった琵琶湖上
   埋立地方空港が2035年までに開港したという、ありえない設定で   す。
(注2) 即席爆弾(IED):
     https://ja.wikipedia.org/wiki/即席爆発装置
(注3) 映画『地獄の黙示録』ギルゴア少佐が
     ベトコンの村を攻撃する際の、有名なセリフ


参考1:ヘリボーン
   

参考2:対空自走砲ツングースカ


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