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MIMMIのサーガあるいは年代記 ―38―

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        第 三 章

           血まみれの桃子(11)
          オフィーリアの最期

 一方、工場跡のなかでも、敵の悲鳴と銃声からオフィーリアらの動きを推し量っていましたから、援護射撃を再開します。工場の外壁に身を寄せたナナミンも煙幕の間に敵影を認めると、確実に一人一発で倒しました。百メートルの距離を切っていましたから、顔面を容易に照準できたのです。
 このすきに、二人は仲間の元に這い戻ることができました。

「勝手な行動はもう止してよ。弾の無駄使いなんだから」
 桃子が、戻って来たオフィーリアに刺々しく当たります。

 押し寄せる敵と距離が百メートルを切り、射撃の照準は極めて正確になってきました。ただし、桃子たちに頭を上げさせないための射撃ですから、散発的でした。
 敵味方とも、RPGは使えなくなりましたが、敵の装甲車代わりのランクルは健在です。

「このまま来ちゃうじゃないの。まったくぅ。そこのケースは何がはいってるの」と、桃子が合成樹脂製の長いケースを顎で示しました。
「スティンガーですが」とホセ。
「使えるわね。弾は何発あるの」と、桃子はちょっと考えこんだ後に言いました。
「二発だけ」と、答がありました。
「早く用意して。桃子が撃ったら、すぐに再装填して」と、彼女はランチャーを取り出して、操作方法を聞きました。かたわらの者は、どうしたいのか見当がつきません。敵機なんかどこにも見えないのに。
 
 彼女は工場の開口部に近寄り、スティンガーを構えて物陰に隠れます。正面は装甲ランクルです。敵が射撃を桃子に集中させ、彼女の周りに着弾しますが、身を逸らしませんでした。
 赤外線シーカーを作動させます。ランクルのエンジンの熱源を探知するとロックオンし引き金を引きました。
 スティンガーはコールドランチですから、発射された弾頭は十メートルほど先でロケットエンジンに点火し、ロックされた熱源へ向かいます。
 
 熱源手前五メートル位で近接信管が作動し、断片を円錐形にまき散らしました。
 装甲ランクルを破壊できなくても、周囲の敵兵を殺傷できるのです。しかし、とても割高な榴弾代わりですね。
 
「次!」
 次弾は右端のランクルを狙います。同様に灼熱のとがった弾片が、周りの敵兵をなぎ倒しました。
 このスティンガーによる反撃は、敵にとっては予想外の被害ですが、動揺はありませんでした。彼らももう後がないのですが、同時に勝利を確信していました。
 
 敵との距離が約五十メートルになりました。
「次は手榴弾が来るぞ! 全員奥へ下がれ」と、ゴンザレスが言い、桃子が同じことを繰り返します。七人は遮蔽物に身を隠し、手榴弾の爆発と、それに続く一斉射撃と突入に備えました。一斉射撃のあと七人のうち何人が生き残っているのでしょうか。その生き残りのうちに桃子ははいっているのでしょうか。
 
 桃子らは廃材やら大型バンの防弾仕様のスライドドアやハッチを引き剥がして、防御拠点として潜み、敵の最終攻撃を待っています。もう降伏かやけっぱちの逆襲突撃しか残っていあません。
 エリカとナナミンは、工場事務所にバリケードを築き、銃をMP-8に持ち替えて近接戦闘に備えています。オフィーリアは、桃子の横で青い目を光らせていました。

「手榴弾! 後ろ!」と、エリカが慌てて警告しました。
 桃子らが振り向くと、着火した手榴弾が二つコンクリートの床に転がっていました。一番遠くの一発が爆発します。
 
 桃子の近くに転がった手榴弾は……オフィーリアが飛び込んで体で覆いました。
 爆風が走り、爆発音がとどろきます。
 
「オフィーリア! オフィーリア!」駆け寄った桃子が泣き叫びました。
 彼女はオフィーリアが生きていることを確かめようと、うつ伏せの彼女を仰向けにしました。
 が、目を逸らせました。正視できない無惨な傷口で胴体が半ばちぎれています。セラミックプレート入りのボディーアーマーもまったく役に立っていません。
 彼女はオフィーリアが自分を犠牲にして仲間を、いや桃子を護ったことを知りました。
 
 胴体や手足の損傷に比べて顔はきれいなままでした。泥と返り血を浴びていましたが傷ひとつありません。両目は大きく見開いたままで、苦悶の表情はあらわれていませんでした。覆い被さる寸前の歯を食いしばった表情だけです。その死顔はとても安らかで、満足そうにも見えます。
 桃子は泥と血を拭ってやり、金髪の前髪を整え、瞼をそっと閉じてやりました。そうして、オフィーリアのまだ血の気の残る唇に、静かに唇を重ねました。

「亡くなったものは捨てておけ! 涙はあとにとっとけ」と、ゴンザレスが桃子の肩を押さえます。「生き延びろ」と重ねて叫びます。
 桃子は中腰になり、彼の腹部に重いボディーブローをかましますが、もう正気に立ち戻っていました。「ありがとう」と、ゴンザレスに言いましたが、銃声のなかできこえたのでしょうか。
 
「後ろの敵はどうした? どこから入ってきたの?」
 エリカが、事務室の遮蔽物の陰から答えます。
「背後の崖を登ってきたみたい。三名射殺! 敵の総攻撃と同調してる」
 桃子が登れないと断言した南端の崖を登ってきたのです。元スペツナズのことですから、何らかの登攀技術があったものか、民家の梯子をつないで登ったのでしょう。桃子ももはや詮索しませんでした。
 その代わりに片膝立ちになり、大声で仲間へこう叫びました。
 
「泥ネズミになってこの汚らしいゴミのなかでみじめに死ぬか、誉れ高い戦士として、雄々しく眉間に銃弾を受けて倒れるか。どっちを選ぶ?」
 ここで一拍あいだをおきます。
「銃を執って敵に向かえ!弾薬の尽きた者は、ナイフで、ナイフのない者はそこら辺の鉄パイプを持て! 続け! 敵は正面のみ!」
 だれ一人反応しません。
 
「やれやれ、きつい指揮官だわ。きょう俺はもう三度は死んだはずなのに」と、ゴンザレスが高笑いしました。
 これを切っ掛けに、他の者もよろよろと動き出し銃を執ります。彼らの目には狂気が宿り、生死を超えた者のように見えたということです。
 
「あの俘虜は解放してください。せめてロドリゴは俘虜に任せて生き延びさせてやってください。いくら非道の俺たちでも、最期を語り継ぐ者がいなんて悲し過ぎる」と、ゴンザレスが頼み、桃子は微笑みました。

「また手榴弾が来るぞ、身を隠せ! 最後の突出までは簡単に死ぬな!」
「桃子お嬢さまは、またまた無理なことをおっしゃる」と、エリカが引きつるような笑い声を立てました。

 と、笑い声が終わらないうちに、手榴弾の一発が戸口に放り込まれました。
 
(つづく)


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