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MIMMIのサーガあるいは年代記 ―37―

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       第 三 章


         血まみれの桃子(10)
        地獄の妖精 オフィーリア
 
 二度後退した敵は部隊を再編し、なお進んできました。最初の攻撃のように一輌だけ残ったランクルを盾に、その周りを歩兵が散開してゆっくりと平押しに出て来ました。
 
「敵も最後の攻撃をかけるつもりね。弾も個人携行分だけだともう尽きるはず」と、エリカが言うと、
「でも、まだRPGが残ってる。ヤバイよ。いつ撃ってきてもおかしくない」とナナミンが言い返しました。
「狙撃できない? ナナミンの腕なら……」
「射手ならともかく、RPGの破壊は無理よ」と、ナナミンが匙を投げました。
「わたしがやる。そこのマチェテ(注1)を貸して。誰か一人ついてきて」と、オフィーリアが横から言い、鉈一本を抜き身で持ち、手榴弾二発だけを下げて東横の壁の割れ目からから屋外へでました。
 ガルシアが、マチェテを鞘ごとベルトに差し、手榴弾と小銃を持って黙って続きました。
 
 ……
「バカ! 勝手なことをして。なにしてんのよ。しかたない……最後の煙幕を張って! スモーク! スモーク!」と命じると、桃子はオフィーリアの進行方向を予想して、その前方を猛烈に撃ち始めました。
「ナナミン。左側から援護してやって」
 ナナミンは銃一挺だけを持って屋外へ飛び出ました。 
 
 ……
 オフィーリアは草むらを這ってじりじりと進みながら、後続のガルシアを待っています。
「あの樹を目標に匍匐ほふく前進、到達後、西に方向転換。RPGランチャーを見つけて破壊する。静謐攻撃。最初に出会った敵にはマチェテでを使う。発砲はなし」と小声で指示します。
 彼はマチェテを引き抜いて了解の合図に代えました。
 煙幕が拡がるのを待って目標のに匍匐します。目標は痩せこけた三メートルばかりの百日紅さるすべりで、貧素ながらも赤い花房で樹頂を飾り、低く垂れ込める煙幕の層からそこだけが突き抜けていたので、彼女がこの前の突撃の時から気に掛けていたものでした。
 
 百日紅のにいたりました。樹の周囲は煙幕が薄くなっているので二人はすぐさま西に方向転換し、煙幕の層に潜り込みます。しかし、敵の気配がしません。ランクルの車列から横へ二十メートルあたりと目算し、このあたりに前衛の散兵が潜んでいるものと推測していたのですが……。短距離無線通信の雑音も聞こえません。敵は俘虜とともに一セットが奪われ命令を傍受されると危惧して使用を中止したのでしょうか。
 
 待ちます。
 しかし煙幕の展張の時間も限られています。オフィーリアは奇襲のチャンスがなければそのまま引き返す算段でした。うら若い命をこんな泥と草芥の中で無駄に捨てるのはまっぴらでした。せめて、密かに恋する桃子の眼前で、見守られながら逝きたいと念じました。
 何事もないように彼女は装っているものの、先の一斉突撃の際に負ったふくらはぎの貫通銃創や肋骨のひびの激痛は少しも治まりそうになく、密かに自分で縫合した傷口もここまで匍匐して再び開いていました。張りつめた精神力だけで負傷を隠し、この攻撃に出かけたものの、まもなく精神力も朽ち落ちる、と自覚しました。
『……時間は余り残されていない……』

 ガルシアが、彼女の肘をつつき注意を引くと、指三本を立て、方向を示します。敵兵です三名。こちらへ警戒しながら移動してきます。二人は間隔を開け、左右から不意打ちするつもりです。ですが、敵は一人多いのです。
 敵はオフィーリアたちに気がつかず、五、六歩の距離になりました。
 
 このまま三人をやり過ごすことも、チラリと考えたのですが、彼女は、横っ飛びに飛び上がりました。敵が銃口を向ける前にマチェテを両腕に振り下ろします。右腕は肘の先で見事に両断、左腕もちぎれかかっています。ガルシアも隣の敵の悲鳴を聞くと、正面の敵兵の右脚を薙ぎ払います。両断できませんが、彼はすぐに銃を構えた右腕を切り上げました。刃先が銃身で止まったものの、手首を切り落とせました。それを確認すると、首を横薙ぎにしましす。彼は倒れかるこの敵兵を盾に、三人目にむかいます。
 
 ……ですが、オフィーリアの方が早かったのです。彼女が三人目の右首根に袈裟懸けで打ち込んでいました。
 しかし、防弾のプレートやさまざまな装備に阻まれ致命傷を与えるどころか、鉈が抜けなくなってしまいます。彼女はマチェテを手放し、敵の銃を払いのけ、同時に、片足を絡ませ首を抱え込み敵と共に後ろへ倒れ込みました。河津掛かわずがけです。それもバックドロップ気味に、敵の首が折れるような角度をつけて。
 それからす速く、さきほど桃子がしたように、敵の胸に下げたナイフを抜き取ると、喉仏のどぼとけを突きました。敵の体に上乗りになると、何度もノドを突き、相手が確実に動かなくなるまでつづけました。
 
 ガルシアは、彼女の優勢を見届けると、両腕を切り落とされ大声で喚いている一人目にとどめをしました。
 彼はオフィーリアがよろよろと立ち上がるのを手助け、敵の首から引き抜いたマチェテを手渡しながら言いました。
「『地獄の妖精 オフィーリア』ってのがよく分かった」と。
 今回は返り血を避ける余裕がなかったので、彼女の上半身は血まみれでした。
 両手を落とされた男の悲鳴が響いたはずですが、敵の反応は鈍いものでした。低く呼びかけ会う声だけです。
 
 二人は、薄れかけた煙幕の中をさらに進みます。
 ……いました。
 草むらの後ろで両膝立ちで、RPGランチャーを杖のようにして、その中程を握っていました。背中に予備弾頭を入れた袋を背負っています。少なくとも二発あります。
 周りに援護はいません。彼一人です。
 二人は慎重に背後に回り込み、一度に襲いかかりました。ガルシアは腕の付け根を、オフィーリアは頸筋くびすじを狙います。
 気配に気づいた敵が振り返ります。そのため彼女の一撃は逸れ、ヘルメットにあたりました。
 ガルシアの一撃もずれて肘のあたりを叩きました。敵は茫然として、腕が落ちそうになっているのも気づかずに、その前腕で防御しようとします。
 
 オフィーリアは、ヘルメットごと頭を両断する勢いで再度鉈を叩きつけました。ガルシアはマチェテを放り出すと、敵の胴にタックルして押し倒しました。オフィーリアも曲がった得物を捨て、敵に覆い被さりましす。三人が複雑にもつれ合いますが、そのなかでオフィーリアは巧妙に敵の背後をとり、一気に首をへし折りました。
 RPGの機関部をマチェテで叩き壊し、使用不能にしました。
 
「引き上げるよ。あの樹まで全力疾走」とだけ言い放ちます。
 百日紅の樹のあたりで、草むらに隠れ様子をみます。敵兵は、悲鳴の聞こえたあたりを集中的に射撃し始め、流れ弾がこちらへも届きます。
 銃声が止みます。倒された三人を確認したのでしょう。
「来たわよ」と言って、手榴弾の安全ピンを抜き安全レバーを跳ね飛ばしました。

  (つづけます)



(注)

画像は、米コールドスチール社のHPから


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