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MIMMIのサーガあるいは年代記 ―27―

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         いま明かされる桃子のこっ恥ずかしい謎
   -どうして尻尾(!)が生えたのか-  
       Don't get your dick caught in the zipper!
 
 女性である桃子に幼少期から男性特有のチ〇ポが突然生えて、蛸薬師小路たこやくしこうじ邸内の更に奥深いプライベートな空間で大騒ぎになったことは、これまで時々読んでくださった賢明な諸姉諸兄はご承知のことと思います。また、チソポが突然消失することも。
 邸内では、尻尾しっぽと言い換えてこのおぞましい現象を糊塗ことしようと無駄な努力をしていることもご存じでしょう。いくら尻尾と言い換えても、所詮しょせんDick、陰茎、男根、ちソこなのです。

 ただ、桃子本人はこの異様な生理的現象をごくごく天然なものと考えていて、誰もがそうなるのだと信じています。ですから尻尾が生えて邸内が大騒ぎになるのが、不思議でならないのです。邸内の誰もが、尻尾が生えることを口にすれば、すぐにでも生えてきそうに忌んでおり、敢えて口にしなのですから、なおさら桃子には一般常識が伝わらないのでした。かわいそうですね。

 一番こころを痛めているのは、育ての親であるお爺さんとお婆さんです。お爺さんなどは初めて尻尾がはえたことを知った際、数ある孫悟空伝説の一つのように桃子が凶暴な大猿に変身して、自分を踏み潰してくれたらどんなに幸せだったか、と考えたくらいですからその心痛は察せられるでしょう。
 お婆さんも同様です。チ〇ポを尻尾と言い出したのは彼女ですから。ですが残念ながら現実は変化してくれません。

 桃子の家庭教師兼護衛役のエリカ、オフィーリアとナナミンの三人は、突然おとずれるこの怪異には、ひたすら治癒を神に祈るばかりでした。
 もちろん育ての親たちが、ただ慌てふためき、この異常な事態を世間から隠そうとしただけではありません。既出のように原因を解明し対処しようと、有り余る財力を使って関東の有名医科大学とその付属病院をM&Aし、さらに西淀川・摂津工科大学(NIT)で絶えず本人の検査と研究が続けられていることも諸賢な方々はご存じですね。

 桃子に五人の求婚者が名乗り出て、お婆さんやエリカたちが彼らに実現不可能な難題を課し、五人が世界のあちこちを騒がせている一方で、彼らとその取り巻き、それに騒ぎをあおり立てるマスコミを遠ざけることができて邸内は比較的平穏になってきました。桃子本人はなにか難しい量子力学の分野へ頭をつっこんでいて、他に関心がないようですし。

 ……
 お婆さんは、酒浸りで部屋に閉じこもってしまったお爺さんのことがふと心配になり、唐突に部屋を訪れました。草木も寝静まる丑三つ時のことです。旧暦水無月の上旬のこととて、まもなく東の空はあかね色に染まっていく頃です。
 眠っているもものとばかり信じきっていましたから、ノックをすることもなく入ります。

 お爺さんは、煌々とと明かりをともし、アイリッシュウイスキーのブッシュミルズをグラスに充たしながら、何か書類を覗き込んでいました。お婆さんに驚いて見上げた目は赤く充血し、お肌は荒れすさんでいます。髪の毛は超低予算SF映画に出てくるマッド・サイエンティストのように伸び放題でヤマアラシ同様に立っていました。しかし、エゲレスのジョンソン元首相のようにわざと髪の毛を乱しているのではないことは誰がみてもあきらかです。
 
「まあ」とお婆さんは思わず口を手で覆いましたが、それは外貌に驚いたからではありません。驚いたのは彼が酔っ払っていなかったからです。机の上にはワイングラスになみなみとブッシュミルズが注がれていましたが、明らかに泥酔はしていませんでした。素面のような爺さんを見るのは久しぶりだったのです。

「何をしていらっしゃるの? こんな時間に」と、かつてお爺さんが酒浸りになる前に、仕事で夜更かしをしていた時のように、尋ねました。
「いや。どうにもならん」と、お爺さんは首を振り、手にしていた書類の束を目の前に腰かけた彼女に手渡します。そうしてから、ワイングラスに充たしたアイリッシュウイスキーをお婆さんの前に置きました。
「これはどういうこと?」

 手渡された書類には、西淀川・摂津工科大学(NIT)R教授の報告書概要と表題があり、極秘の赤スタンプがいくつも捺されていました。
「まだまだあるぞ」と、お爺さんはよろよろと立ち上がり隠し金庫-映画などでよく見る壁の一隅に設置したものでなく壁面すべてが隠し金庫であるウオークイン隠し金庫-から両手で抱ええるほどの書類を持ち出しました。
「これもそうだ。これも桃子にチ〇ポが生える理由だ。医科大のもたくさんある。医学的、生物学的、分子学的、遺伝的、……神話学的……分析結果の報告書だ。……どうしようもない結果ばかりだ。Bull Shitなものばかりだ」
「わたしもいただくわ。素面では最後まで読めそうにないもの」
「いままでどうして隠しておいたの?」
「認めるのがこわかったからさ」
 
 お婆さんが、声を出して読み始めた報告書概要をさらに手短にまとめると、こうなります。

『桃子お嬢さまに男性性器らしきものが突然出現し、消失する現象については当該男性性器様を観察する機会とお嬢さまに触診する機会が与えられなかったので、それがいかなるものか明確に判断することは出来なかった。従って、消失後の血液検査、遺伝子分析、レントゲン撮影、MRI画像等のみ結論を導くという極めて不完全な条件下でこの報告書を作成したことを予め明記しておく』

「あらあら、冒頭からさっそく言い訳と責任逃れって! 桃子の裸をこんなエロ爺にさらせませんよ!」
 
『生物学上、無性生殖生物以外は有性生殖を基本的に行い、生殖器を有し……』
「中学校の授業をまじめに受けていたら、分かる常識なのよね」
 
『有性生殖を行う生物においても雌雄同体しゆうどうたいのもの、外的環境により性が転換するものがいくつか存在し、後者はとりわけ魚類ではまま観察されているが、ほ乳類においては確乎たる根拠が……』
「これもある意味常識なんだから、高い研究費を払ってこの程度のことしか書けないのかしら」
「婆さんや、ちょっとはそのコメント癖を止めたらどうなんだ。R教授も一般人向けに分かりやすく書いているんだから、そうなるだろう」
「……」
 
『桃子お嬢さまの身体構造は、ほぼ現世人類のそれとほぼ同一であり、男性性器の痕跡こんせきらしきものは顕現されなかった……』
「だから、唐突に”尻尾”が生えたことを問題にしてるのよ。この教授って莫迦かしら」

『ただ桃子お嬢さまの染色体を分析した結果、人類はX及びYの一対の染色体を有し、それら染色体の本数が雌雄で異なるが、桃子お嬢さまは、X及びY染色体の他に三種の染色体らしきもの(注1)が発見された。これを仮にZ、α及びβ染色体と名付け……』
「桃子が普通の人間ではないことぐらい、あの子を大和川で見つけた時に分かってましたよ」
「ワシも知ってた。高知能異星人だと思ってる。頭が良すぎるし、身体能力が人間を超えてるからな。だけど目に入れても痛くない儂らの娘じゃ」
「どんな結果がこのさき書いてあっても、あの子は絶対に手放しませんからね。全世界を相手に核戦争をしても護るつもりです」
 
『またX、Y染色体は現世人類が二十三対ところ、桃子お嬢さまは六十四対存在し、しかもZ、α及びβ染色体の機能は桃子お嬢さま以外に比較対照できる生体が存在しないためいくらか推測の余地が残り……』
「素人のわたしだって、この程度の結論は出せますよ」
「まあまあ、そういきり立たずに……、婆さんや」
 
『雌雄別体、雌雄同体という性別とは別に、桃子お嬢さまが属する”種族”(こういう非科学的表現しか適切な用語が思いつかなかった)は、三十ないし八十九の性別が存在する可能性があると推測される。この性別の数字の幅が大きいのは、Z、α及びβ染色体の機能を完全に究明しておらず、Z染色体の亜種又は変異である可能性も残存し、加えて、桃子お嬢さま自体が変異の可能性が残るからである。すなわち、お嬢さまと同じ種族に属する比較対照の個体が存在しない以上……』
「素人に分かりやすく書いてあるって、この文章はなんなの? まともな文章じゃないわ」
「いちいち文句を言わずに黙って最後まで読めないものかね」
 
『つまるところ、お嬢さまは雌雄同体しゆうどうたいもしくは性転換が出現している可能性が残る。但し、性転換が生ずる既知の生物、とりわけ魚類の例では外的環境の変化によりそれが生じるものであるが、桃子お嬢さまに男性性器が生じた同時の自然現象、つまり外気温、湿度、照度、大気圧、天然放射線量等を精査したところ相関関係は皆無であった。他にトリガーとなる外的条件の存在を完全に払拭できないのも、また事実である。
『他方、雌雄同体(お嬢さまの種族に数多くの性が存在するなら雌雄の単純な二区分は妥当でないが、敢えてこの用語を用いる)を、かの種族において何が常態なのか判定する資料が欠如している以上……早急な結論を出すことができずさらなる研究が必要である。ついては……』
「手っ取り早く言うと、桃子は”ふたなり”か性転換をしてるっていうことなの? この薄っぺらな報告書に何百億つぎ込んだの?」
「”ついては……”てって、さらに研究費をよこせって言っているだろう。これでも素人向けのやさしい文章なんだぞ。専門的な研究結果は、別にちゃんとある。専門的でワシにも分からん」
 
 お爺さんはこう言うと、テーブルの下からミカン箱二つ分の書類の山を引き出して、パラパラとめくった。そこにはたくさんの図表や画像が垣間見られた。
「これからどうすればいいの? 桃子にいつ突然尻尾が生えると心配しながら、これからも生きていかなくちゃならないの? あんまりだわ。治す方法はないの? 桃子が可哀想すぎる」
 こう叫ぶと、お婆さんはブッシュミルズ入りのワイングラスを一気にあおって、咳き込んでしまいました。

「大丈夫か? まあ落ち着きなさい」お爺さんは静かにお婆さんを諭し、語を継ぎました。
「桃子が雌雄同体、両性具有。まあ八十幾つの性別があるから適切な表現ではないにしても、複数の性を持っている可能性はワシも考えた。性転換もな。この報告書では性転換の可能性は低いように仮定している。だがワシは第三者の意見を求めた。この資料の山を第三者に見せた」

「で、どうだったの?」
「ワシにも専門的でよく分からんのじゃが、その専門家が言うには、両性具有は両方の性器を常態として持っているが、画像からはそれが見当たらない。尻尾の痕跡も見つけられない。だから性転換の可能性が高いと、彼は考えていた。それも地球上で観察された既知の性転換ではなく、頻繁に随時しかも容易に性転換するのではないかと、言っていた。また、性転換のトリガーも環境などの外的条件ばかりでなく、内面的な要因も考えうる、ということだった。ワシは、この仮説の方を信じる」

「どうして信じるの?」
「ワシの幼稚園からの幼なじみだ。旧帝大の医学部を出て生物学の教授をしておった。まことに根拠にならない理由だけどね。高校時代はあいつがあんな大学へ進学するとは夢にも思わなかった。なにしろ英単語がわからなくて授業中によくワシに聞いていたからな……それは関係ないか」
「それにもう一つ、やつは驚いた発見をしてくれた」
「いったい何なの。桃子にとってこれ以上悪いことが起きるの?」
 
「いやいやそうじゃない。桃子の天才ぶりの原因が分かったんだ。桃子の前頭葉の奥に微少な人工物を見つけたのさ。それは脳と完全に一体になっているが、脳波などの分析から、極小のデータ-ベースみたいなものではではないかと言ってた」

「データーベースって、どういうこと?」
「人間も含めて脳の記憶量には限界があるが、一度見聞きして触れた知識のすべてをその生体データ-ベースにすべてプールし、桃子の思考領域と頻繁に情報交換をしてサポートしているらしい。思考の論理的間違いも修正しているから、データ-ベースと言うより思考ブースターという方が適切だとも言ってたな」

「よく分からないわ」
「簡単に言うと、桃子の脳が、超高機能人工知能と巨大データーベスに直接繋がっているようなものだな。だから、並の天才では桃子に足元にも及ばない」
「脳にそんなの埋め込んでて大丈夫なの?」
「やつが言うには、その極小人工物は完全に脳と一体化しているそうだ。どうして可能なのかは現在の技術では不可能だとも言ってた」
「……」
 
「これで桃子の天才ぶりの訳が分かったということだ。あの子には現世人類では誰も及ばない。そのうちアインシュタインのことを、あのウスノロと言い出すだろうな」
 こう言うと、お爺さんは何ヶ月ぶりに小さな笑みをもらしましたが、何故か少し寂しそうでした。

「それはそれでいいけど。尻尾が急に生えるのを止める方法は分からないままだわ」
「研究が進むのを待つしかないな。……ところで桃子はどうしてる」
 
 お婆さんはこの質問にドキリとしました。桃子に五人の求婚者が現れたことをお爺さんに告げておらず、邸内で厳重な箝口令を敷き、マスコミなどの外部情報もお爺さんから遮断してまいましたから、ありのままの答えることがができなかったのです。
「なんか難しい理系の学会からゲストで招待されてるから、その準備をしてますよ」と、当たり障りのない事実だけを口にしました。
「桃子に学会では手加減するように注意しなくちゃならんなぁ」と、お爺さんは先ほどの笑みより大きな笑いを無精髭の口元にうかべました。

 この時です。間の悪いことに、邸内に「メリーさんの羊の曲が流れたのです。
「お爺さん、お爺さん、しっかりして! 誰か、誰か、早く来て!」
 お爺さんは泡を吹いて倒れました。まあお爺さんの身体には別状はなかったのですが、桃子に尻尾が生えた騒動とかさなり、邸内は、帝国海軍の奇襲を受けた真珠湾の米海軍艦艇上の騒ぎのようになってしまいました。
(つづく)


画像はお爺さんのように髪の乱れたリア王(出典は忘れた!)

雌雄同体及び性転換に関する部分の記述は、正確でない。生物学的に正確に正確に記述すると文書が長くなるのと、この話がいまでもつまらないのに一層つまらなくなるので、大幅にはしょったためであることを明記しておきます。

科学的かつ判りやすく説明したものは、次に掲げるアットホーム株式会社のブログです。関心のある方は是非参照してください。

 https://www.athome-academy.jp/archive/biology/0000001047_all.html




補 記
 昨年作成したプロットでは、この次は5人の求婚者のオチ噺に戻るところですが、皇帝陛下が「血塗れの聖少女(!)」になられたという臨時ニュースがはいりましたので、それを悼ん(死んでない)で急遽変更し「桃子 襲撃される!」に変更します。襲撃するのは、ロシア国家親衛隊スペツナズ出身の傭兵部隊です。
 ハリウッド映画の3分に一度のアクション、主人公危機一髪のノリです。
「全米が泣いた 「桃子 襲撃される!」 乞うご期待!




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