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MIMMIのサーガあるいは年代記 ―33―

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     第 三 章


      血まみれの桃子(6)
      いまどきの白兵突撃

 桃子が突然、白兵突撃による逆襲を言い出したで他の者は、驚くよりも馬鹿にしました。まったくの素人で十六歳になったばかりの少女の発言ですから。
 しかし、桃子の説明を詳しく聴いてみんなは、無謀ではあるがそれしかない、という気がしてきていました。とにかく敵のこの総攻撃を撃退しなくてはならないのです。
 人数で大幅に劣る彼らには、正攻法では太刀打ちできないことを知っていましたから。桃子の奇想天外の突撃もありかもしれない、と考え直したのでした。
 ですが、厳密な軍事用語では、白兵突撃ではなくて単なる逆襲になるでしょう。
 実戦経験ゼロ、それどころか軍事知識も皆無な、何処にでもいそうな十六歳美少女に自分の命を託すことに、まだ大きな不安はありましたが、桃子には不思議なカリスマがありました。
 
「イギリス人の白兵突撃を見せてやる」と、エリカが言い放ち、M4カービンにつけたM320に発煙擲弾を装填しました。ゴンザレスも手榴弾を胸に吊します。
 先ほどのRPG攻撃で負傷したホセも、「俺も行く」と、言って立ち上がりました。
 
 ロドリゴを除いた六名は黙って、桃子の突撃発起を待ちます。
「銃剣はないの? あれが無いと白兵戦できない」
「そんなもの初めから用意してません」と、オフィーリアはそっけなく答えました。
 
「発煙弾発射よーい。六発! てー撃てー!」
 煙幕が雨に交じり、二十メートル先からは視界がまったくなくなると、桃子を中央にして、横一列で這うように、小走りに進みます。右手には安全ピンを外した手榴弾を握りしめて……。激しい雨音が跫音を消します。
「突撃にー、前へ!」と桃子が低く命令し、両手で左右の仲間の肩を叩きます。手榴弾とMP-8の銃身を握ったまま。
 
 手榴弾が投擲されます。敵が見えませんから、前方の思い思いの方角へ投げ放ちました。
 
 手榴弾の最後の爆発が終わる寸前「やっつけろー! 死ねー!」と桃子が叫び、敵の発砲炎に見当をつけて銃弾をばらまきました。あとの六人も続きます。
 敵もめくら撃ちに反撃します。あちらこちらで叫び声が上がります。七人は、ゆっくりと腹ばいに前進し、死の銃弾をばらまきました。
 
「よーし! 白兵戦は終了! 撤収、撤収!」と、桃子が叫びました。ですが、視界がまったく効かないのですから、方向を誤り隣同士でぶつかり合いました。この混乱を桃子は織り込んでいませんでしたが、「坂の上へ駆けろ!」と、代わりに分かりやすい方位を指示しました。
 彼女は大きく舌打ちして、新しい弾倉を装填し、坂を下っていきます。一人で撤退を援護するつもりです。
 
 突然、背の高い敵と鉢合わせしました。
 彼女は引き金を引くことなく、体当たりにでました。敵と近すぎる上に、銃口が横を向いていたからです。体重の軽い桃子の体当たりでは、相手はほとんどふらつきもしません。彼女は下顎をめがけて銃床を振り上げましたが、これもかすっただけでした。
 
 敵は態勢を立て直すと、銃床を横に振り桃子の側頭部をたたき割ろうとし、彼女は素速く頭を下げて避けます。
 彼女は銃を捨てると、同時に半歩前に出て組み付きました。相手の胸に装着した大型ナイフの柄を逆手に握り、喉元に突き刺します。ですがこの攻撃も喉の皮一枚をかすっただけでれてしまいました。
 
 長身の敵は何か罵声を上げます。そして桃子をつかむでもなく、足払いをかけました。強烈です。桃子は簡単に宙に浮き、地面で背中と後頭部を強打しました。
 敵は小銃をボディーアーマーにつなげたパラコードが短距離無線通信用喉頭マイク、受信機、バッテリー、胸元の暗視装置など雑多な装備に絡まったので、銃から手を離して右太股のホルスターからピストルを抜こうとしています。
 桃子は即座に避けることも、防御姿勢もとれません。意識も少し朦朧としています。
 
 彼女はしかたなく、手に持った大型ナイフで目の前にある、男の足の甲を思いっきり刺し貫きました。
 この反撃は効果がありました。敵は不意の反撃と激痛に叫び声をあげ、ピストルから手を離しましたが、かわりに彼女の側頭部を殴ります。二度、三度と。彼女は辛うじて、ヘルメットで殴打をしのぎますが、脳はシェイクされて意識を失いそうです。

 ですがナイフの柄から桃子は手を離しません。逆により力を入れて刃先で抉ります。
 なんとか片膝立ちになりました。敵の執拗な殴打は左腕でブロックしてしのぐと、敵のがら空きの股間に思いっきり頭突きを見舞いました。
 ヘルメットを被った頭突きですから、威力が倍増し、敵も崩れ落ちて片膝立ちになるものの、動きが緩慢になるだけでした。ピストルを既に手にしています。
 
 ほんの三分の一秒で桃子は決断し、ナイフで地面に縫い付けた敵の膝へ飛び乗り、ピストルを持った手を蹴り払うでもなく、顎に回し膝蹴りを一閃させました。あの得意のプロレス技、シャイニング・ウィザードの炸裂です。幼女の時ヒロコーに見舞った一撃が敵の顎をくだきました。もちろん敵は昏睡です。
 倒れ込んだ男の腕を踏みつけ、ピストルをはじき飛ばします。
 
「お嬢さま、大丈夫ですか?」二メートルほど離れたところから、オフィーリアらしき人影が狼狽うろたえた声で聞きました。
「大丈夫じゃなーい。どうして助けてくれなかった?」
「それより早く引き上げましょう」言いながら、残りの発煙手榴弾を遠くへ投げました。
「さっ、早く」

 桃子はオフィーリアの警告を無視して、自分のピストルを抜き、昏睡した男に近づき、ナイフで刺した箇所を踏みつけます。男は大きな悲鳴をあげて覚醒しました。
「オフィーリア、こいつを縛って。早く。猿ぐつわも。捕虜がぜったい必要なのよ」
 オフィーリアは意識が朦朧もうろうとしたまま反撃しようとする男の鳩尾みぞおちを蹴り、隠し武器がないかボディチェックしたあとで、自分のベルトで後ろ手に素速く縛ります。続いて男の顎を(桃子が蹴った反対側)殴り、怯んだすきに、男のベルトを抜いて猿ぐつわをしました。
「Тише, ублюдок. Я перережу тебе горло. Давай, вставай(静かにしやがれ。ノドを切り裂くぞ。さあ、立ちやがれ)」
 彼女は男がロシア人と見当をつけてロシア語で脅しました。
 
「Ты мой пленник. Если вы будете сопротивляться, вы умрете. Ваша семья и близкие будут скорбеть. Я позабочусь о твоих ранах. Теперь следуйте за мной(お前は、俺の捕虜。抵抗すると死ぬ。家族や恋人が悲しむぞ。傷の手当てもしてやる。さあついて来い)」
 桃子がオフィーリアから習っている途中の片言のロシア語で、身を寄せて、優しく包むような語調で喋りました。

 桃子は男の左足の甲からナイフを引き抜くと、尻を蹴り上げました。男はよろよろと歩き、オフィーリアが銃口で背中を何度も突いて急がします。周りは銃弾の通過音が音を引いています。
 ちなみに、自分に命中する銃弾の音は聞こえない、近くに着弾する音は、ピシッパッシと短い音、遠くに外れた銃声は長く伸びたもの、とある戦記で元兵士が実戦体験を語っています。
 桃子は重い銃を捨てました。反撃すればこの視界不良のなかでも、居場所が分かってしまいます。反撃せずに素速く逃げることが助かる方法だと、瞬時に判断したのでした。
 
 近くで短距離無線の受信機から雑音の混じった会話が響きますが、人影は見えません。
 桃子は捕虜の喉にナイフを当てて、騒ぐなと脅しました。
 一方、オフィーリアは銃を背中に廻し、ナイフを引き抜きました。身を低くして音源に忍び寄ります。不用心な敵の背後に忍び寄ると、ボディーアーマーの下端、右腰骨の少し上を刺し貫きました。声が出せないよう、背伸びして男の口元は塞いであります。敵は左手で口元のオフィーリアの手を剥がそうと、右手で胸のナイフを逆手で抜き背後へ振ろうとしました。

 オフィーリアはナイフを持つ手に力を込めて、さらに深く刺し、引き抜くと敵の喉を横に深く切り裂きました。頸椎にナイフの刃が当たる感触を確かめると、いかにも慣れた仕草で彼女は勢いよく噴出する返り血を避けました。彼女の左手を握る力が弱まり、体重が彼女に掛かると身を離しました。
 乱れた呼吸を整えるまもなく、ナイフの血を男のズボンの裾で拭い。桃子の方へ這い戻りました。殺戮の現場を桃子に見せなかった自信はありました。
「終わりました。さあ急ぎましょう、お嬢さま」
  (つづく)


ロシア語の部分は、Deeplによる翻訳です。


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