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小説「左近の桜」彼岸と此岸のあわいへ

長野まゆみ氏の小説「左近の桜」には
桜が満開の墓園が登場します。
主人公の青年・桜蔵さくらが朝のジョギングのさなか、
美しい、けれどひどい二日酔いの男をそこで拾います。

小説の舞台は、武蔵野と記されるばかり。
京王線と中央線の中間地に位置する「多磨霊園」が
そのモデルでしょうか。

桜の季節にその墓園をおとずれてみれば、
大ぶりの桜が道沿いに並ぶばかり。
遠くの樹間から一組の男女が見え隠れするよりほか
人の気配はありません。
燦々と日は降りそそぐのに、声も足音も吸い込まれそうに
閑か。
やはり小説の舞台はここだと、確信します。

桜蔵さくらが赤子の時に拾われたのも、その墓園でした。
命のさんざめきを吸い込むような場処で
生まれたての命が放り置かれていた、なんて。
生まれながらに漂泊を
さだめづけられた青年なのでしょうか。

ジョギングと称し、墓園を周回する桜蔵さくらの姿。
それはまるで、無意識の裡に
おのれをこの世に繋ぎとめる杭のようなものを
探していたのではないか、とさえ思えてくるのです。


   墓園出で花冷のゆび絡めあふ      梨鱗






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