世界が終わったその後に① ~ショートショート~
――昨日、世界が終わった。
「あーん。もう、そっちの取ってよう!」
ネイラはもう言って、持っている棒で水面をつついた。その棒は僕の背ほどもあって、ぐわんぐわんと弛んで上下する。瓦の上を進んでいたロイが、無表情でその棒をぐいっと押さえた。
「ノア。それよりもロープ」
言われて、あ、と僕は思い出す。ごわごわとした太いロープは、もうすぐ手が届きそうなところにある。
「ご、ごめん。ちょっと待って」
左手を水面から飛び出た電柱に掛けて身体のバランスを取りながら、水の下で揺れるそれに右手を伸ばす。
「やだー! そっちのー!」
ネイラが欲しがっているのは、ロープよりちょっと僕に近い位置に浮いている、くまのぬいぐるみ。喚くネイラの頭を、ロイが手で押さえる。わがまま言うな、の合図かな。
それを横目で見ながら、必死にロープに手を伸ばす。なんのためって? 決まってる。濡れた全部を干すために。
「あ……っ」
やっと手に掴んだそれは、不完全だった。というか、完全だったのだろうけれど、壊れていた。
呆然とする僕に、ロイが声をかける。
「大丈夫。そのまま持ってきて」
長いロープはたぶん、僕ら全員の背を足したよりも長いけれど、その三分の一くらいが、ほどけてばらばらになっていた。
僕はその壊れたロープをくるくると腕に巻き付け、そこら中から突き出ている瓦を足掛かりに、ひょいひょいとネイラたちのところに戻った。戻ってから気づいた。あ、ぬいぐるみ忘れてた。
ネイラはぷいっと僕から顔を背けて、また水面で遊んでいる。ごめんね、と言いたかったけれど、ロイにロープを渡す方が先だよね。
「うん。これくらいならなんとかなる」
そう言って、ロイはかつて煙突だった部分に腰かけた。ばらばらになった部分を器用に編み込んでいく。その手つきが鮮やかで、僕は思わず見惚れた。
「うあー! おにーちゃ!」
ネイラがロイの足元にじゃれつく。
「はいはい、後でな」
その姿を見もせずに返事するロイは、きっとネイラの欲しいものを分かっている。あ、そうだ、ぬいぐるみ。僕は思い出して、ぬいぐるみがあった方を見る。まだあった。流れがなくなった水の中では、物はあまり移動しないみたいだ。
「のーあ?」
気づくと、ネイラは僕の足元にいた。けれど僕は、それがどんな意味なのか分からない。
ロイとネイラは兄妹だ。僕だけが、この中で他人。
――世界は昨日終わった。
――僕たちは今、水浸しの世界で3人きりだ。
ーーー
②に続きます。
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