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病歴50:薬剤性肺炎5週目

ついに、50個目となった自分の闘病についての記事。
こうして言葉にしていく作業が、自分の気持ちの整理や維持に役立っている。
と同時に、心理職というのは自分自身を振り返って内省する訓練を受けており、その内省を言葉にすることが特技であると考えるので、その心理職だから伝えられることもあるかもしれないと思いながら書き続けている。

さて。
月曜日の朝は忙しい。
朝食は8時であるが、その1時間前に血液検査の採血をして、ついでに血糖値を測る。ステロイドの副作用で骨粗鬆症が起きやすくなるため、それを予防するための週に1度の服薬もある。
食後には、同じくステロイドで感染症のリスクが高くなるため、月水金の週3日だけに服薬する薬も忘れずに飲んでおかないと。
そして、朝食後にはまっさきにレントゲンに呼ばれ、胸写を撮る。
血液検査の結果と胸写の結果をふまえて、今週から主治医となった医師の診察。

「今週からステロイドを減量して、錠剤にしましょう。それで、今週末に退院にしましょう。木曜日と金曜日、どちらがいいですか?」

ちょっと待て。
木曜日って週末か!?
間に2日間しかなくて、もろもろが間にあうのか!?
リハビリ担当のお二人やソーシャルワーカーの顔が、脳裏に順番に浮かんでは消える。
特に、私の心の準備、間にあうのか!?
焦ってしまい、とりあえず、1日でも日にちを稼いでおこうと思い、金曜日と返答した。
後でカレンダーを見ると、金曜日は9月1日。
入院したのは7月31日だったので、ぎりぎり足掛け3ヶ月。
本当に長い入院だった。

退院が決まると、そこから退院に向けてぐいぐいと話が進んでいったような気がする。
翌日の火曜日は、たまたま作業療法士さんのリハビリはお休みになったのであるが、そうでなくとも、呼吸器内科の主治医の診察でダメ元でもう一度血中のガス濃度を測ってもらい、精神科医とお薬の調整について話し合い、婦人科医とも今後の受診の予定について話し合った。緩和ケア看護師ともお話しした後に、病棟看護師長が様子を見に来てくれた。薬剤師とお薬の調整について確認し、社会福祉士と利用可能な制度について確認し、理学療法士さんのリハビリでいい汗をかき、公認心理師とは話す時間があまり取れなくて、在宅酸素の業者さんとの打ち合わせはしっかりと。
こうなってくると、のんびりしているどころではない。入院生活って、もっと静かでゆっくりできるものじゃなかったっけ。

そんな調子で、水曜日も、朝に作業療法士さんのリハビリで適切な酸素吸入量を話し合い、午後に理学療法士さんによい汗をかかせてもらう合間に、医師の診察やらなんやらで人と話す、会う機会が多く、消灯を前にして寝落ちするほど、疲れてしまった。
ステロイドの服薬の影響もあるのだろうし、落ち着かなくていけない。空腹というわけではないのに、口が物足りなくて寂しくて、なにかを口に入れ続けるというのを続けた結果、この一ヶ月の入院で、ねこさん一匹を腹回りに飼う事態。
それを考えると更にイライラしてくるから、悪循環もいいところだ。

木曜日も千客万来ではあったが、理学療法士のリハビリがなく、ゆっくりするように言われたことが非常にありがたかった。
疲れてくると注意散漫がひどくなるのだ。
なにかとものを取り落とすことが増えるし、忘れ物も増えてしまう。
頭がしーんとして眠いのかと思ったら、低酸素状態になっていることもあった。
あくまでも素人考えではあるが、スマートウォッチを購入して、日頃のデータチェックはそちらでして、スマートウォッチが異常値を出したらオキシパルスメーターで確認するような二重チェックをしてみたらどうだろうか?と、作業療法士さんと話し合った。
スマートウォッチの精度は医療レベルではないとは言われると、いつも指に起きしパルスメーターをぶら下げているわけにはいかないのである。シンプルに痛いし。逆剥けがあると、もっと痛いし。
作業療法士さんには、そういう試みをした人がいないので、データがスタックされたらほしいと言われた。そうだよね。そういう人だよね。
研究熱心な人と出会えたことは、私にとってラッキーだったのだと思う。なにしろ、工夫することが楽しかった。

とても素敵な声で、注射がうまくて、気配りがとても素敵な看護師さん。
元気が一杯で、話は何でも聞くからといつも励まそうと気にかけていてくれた看護師さん。
半年間、ケモ室にも、病棟にも縁がなくなりそうなのは、少し寂しい。そこは外界から切り離された私の避難場所に相違ないから。
最初の入院の時からいらした病棟師長さん。軽々と頭を下げて回るその姿勢を、上司として参考にさせていただきたい。
おっとりとして、心もとなそうに仕事をしている事務員さん。この先のお仕事が長続きできるだろうか。ちょっと気にかかる。
年配の女性が多い、看護助手というのだろうか、配膳やシーツ交換を手伝っている職種の皆さん。おそらく私の母よりも年上の人がいるが、皆さん、可愛がるような笑顔を投げてくださり、退院時にも喜んでくださった。ありがたい人たち。
室内清掃の人は途中からフィリピンの方が多く入った。名前は聞かず仕舞いだったが、カタコトの英語で手を振りあった。彼女が辛い思いをすることが少ないことを祈りたい。
そして、闘病中のたくさんの女性たち。聞いていれば、卵巣摘出の話があちらこちらから聞こえてきた。皆さん、えらい。腹膜播種なんかしたら大変だからね。私みたいになったらいけないよ。

心のなかで、様々な人にご挨拶しながら、部屋を出る。
今回、ステロイドの点滴のせいもあって、過食の衝動がおさえられず、腹回りに猫を一匹飼う勢いで体重が増えた。
幸い、入院時には長いTシャツといった感じのワンピースを来ていたので、着る服がない悲劇は免れたが、帰宅してからその悲劇が待っている。
ともあれ、看護師さんが荷物を運ぶのを手伝ってくれて、精算を終え、タクシーを待つ。
これまで、窓から見ているだけだった外の景色の中に、自分が立つ不思議。
いつもよりはやわらかな日差しの中、サルスベリが咲いていた。
赤い、赤い、サルスベリが咲いていた。

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