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質感ノート《身近な素材を用いて質感を視覚化する試み》

はじめに

質感は、色やかたちと同様に、モノの存在感を示す重要な要素と言えます。

私たちが美しいと感じるモノ、コト、それらを愛でる理由は、目の前に見える色や形の好みだけではなく、無意識のうちに働いている、いわば第三の目 👀、質感への感性があるからではないでしょうか。

買い物に入った店では、店員さんはいちはやく客の心を見抜いて、「どうぞ 手にとってごらんください、手触りは最高です」とおすすめしますし、「どうぞ ご試食を」と味の確認を求めます。

客は「甘言」に負けそうになりながらも、その場で瞬時に五感を働かせ、買うか見送るかを冷静に判断しようとするのですが‥「お客さま、これが最後のひとつですよ!」と心を見透かされ‥

そんなわけで今回のテーマは、「いろいろな角度から質感をできるだけ視覚化し、その本質に迫った」レポートです。


Part 1.  具体的なモノの質感について

見て、聴いて、においをかぎ、味わって、触れてみて‥
プチプチ ギザギザ ザラザラ スベスベ ゴワゴワ シャリシャリ‥

具体的実体を持つ身近な素材をとりあげて、その質感を検証します。
キーワードは、「五感」と「オノマトペ」です。

An attempt to visualize texture using familiar materials.

Texture, like color and shape, is an important element that indicates the presence of an object.

Now invite to see, hear, smell, taste, touch...
Crunchy, rough, smooth, stiff...

I would like to try to visualize texture from as many different angles as possible to get to its essence. The key words are "five senses" and "onomatopoeia".


Ⅰ. 骨まで愛して Love Me to the Bone

植物をイメージしたコラージュ作品。
ヘチマの繊維と和紙とのコラボ。和紙は、コウゾ三椏ミツマタを原料とする。有機的な素材の組み合わせと言えよう。

Plant inspired collage work.
Loofah fiber and Japanese paper (washi) are used. Washi is made from kozo or mitsumata. Organic Materials


Ⅱ. パンチの効いた自画像  Punchy Self-Portrait

壁に映る影が金属の質感を強調するだろうか。

Shadows on the metal wall emphasize the texture of the wall.

Ⅲ. 『硝子戸の外』 Outside the Glass Door

ガラス戸に映る洗濯物の影。質感を際立たせているかもしれない。

The shadow of the laundry on the glass door could accentuate the texture of the door.


Ⅳ. 食べられないさくらんぼ Inedible Cherries

ポリエチレン製のタレビン (たれ瓶:お弁当箱用の小さな醤油入れ) とグラスの質感。

A small soy sauce container for bento lunches. Made of polyethylene.


Ⅴ. やさしさに包まれて Embraced by Gentleness


壊れやすいもの、貴重品、折り紙作品などはプチプチに包んで!

Please wrap fragile items, valuables, and Curved Fold Origami works in bubble wrap.

Ⅵ. 太陽の恵み Blessings of the Sun

プロヴァンスの布とくしゃくしゃになった新聞紙の多重露光。

この布は実はエプロン。汚れよけのためにビニールコーティングが施されているので、好みからすると手触りは布そのものより劣る。くしゃくしゃの新聞紙を重ねた映像なので、布自体は紙とビニールにサンドイッチされた状態。

このテキスタイルの質感描写は成功しているだろうか? 成否の判断は、見る者に委ねられる映像である。

Multiple exposures of Provence cloth and crumpled newspaper.

The cloth is actually an apron, which has a vinyl coating to protect it from dirt, so the feel is inferior to the cloth itself, for preference. The image is a layer of crumpled newspaper, so the cloth itself is sandwiched between the paper and the vinyl.

It is up to the viewer to judge the success of the textile texture depiction!


Part 2. 少し抽象的な概念の質感について

このあと第二部では、少し抽象的な概念、「空気(雰囲気/atmospheres)と質感」を追ってみたい。建物(ハコ)の内と外、薄い透明な膜(幕?)の裏と表、本の行間、光など‥目にはっきり見えないモノの手触りを視覚化できるだろうか?

キーワードは、「交差する時間と空間」

An attempt to visualize textures using familiar materials.

In the second half I will try to follow the more abstract "atmosphere and texture". The inside and outside of a building, the back and front of a thin transparent membrane (curtain?), the space between the lines of a book, light, and so on. Can you visualize the texture of things that are not clearly visible to the eye?

The key words are "intersection of time and space".


I. 交差点、冬の庭 Crossroads, winter garden

銀座4丁目、2013年。クリスマスを迎える季節。ショーウィンドウの向こうに見えるもの、見たいものは何? 厚いガラスの向こうからオブジェ(ウマ、バッグなど)が見るものは何だろう?

Ginza 4-chome, 2013. The season of Christmas. What do you see beyond the show windows, and what do you want to see? What do the objects see from behind the thick glass?


Ⅱ. 壁の向こう Beyond the Wall

ビルの一室は展示場になっていて、ガラスの壁から中の様子が見える。入館者が反対側の石の壁に映り込んで不思議な映像になった。
「交差する空間」の一例。

One room of the building was used as an exhibition hall, and the inside could be seen through a glass wall. Visitors entering the building were reflected in the stone wall on the opposite side, creating a mysterious image.
This is an example of Intersecting Spaces.


Ⅲ. 交差する柱 Intersecting footers

『セザンヌの犬』 古谷利裕 著


この本は内容も風変わりなのだが(*参照)、体裁にもこだわりがあるようで、とにかく"普通"ではない。

特に驚いたのは、いわゆる「柱」の位置である (この本の場合は、ページ下部にある)。これはミスプリントなのでは? と、思ったほどに変則的。小口側ではなく、ノド側に、本の背の糊付けからゾロッと這い出したかのように、自分の存在をさりげなく、否、むしろしっかりと主張している‥

The book is eccentric in its content, but it also seems to be special in its design , which is anything but "normal".

What particularly surprised me was the position of the footers. It is so irregular that I thought it might be a misprint. It is not at the small end of the book, but at the throat of the book, as if it had crawled out of the glue on the spine of the book, casually or rather firmly asserting its presence.


 *ちょっと道草 その1
 小説集『セザンヌの犬』

小説集『セザンヌの犬』 古谷利裕 著 いぬのせなか座 発行


表題作「セザンヌの犬」を読みすすむうちに、上記のⅢで述べた柱デザインは、わざわざこのようにしたのだという確信を得た。なぜならこの小説の特徴は‥

時間が伸び縮みし、空間が歪み、色が交叉する世界が舞台であること(**参照)、そのような世界の隙間に入り込んだヒトとモノ (りんご) が鞄の中で逆転した立場に置かれたり、テーブルの上に置き忘れられた白いハンカチが子どもの頃の風景の夢を見たりと、 現実を超えた世界を描いていること‥

この小説は好みが分かれるかもしれない。多少リアリティに欠けるせいか、無機的な感じがする。

赤い栞(しおり)は私の手製

柱のデザインは、この本の普通ではない内容にマッチしているようだ。


ページを開く角度によって、柱の文字の交差する角度が変わり、生き物のように伸び縮みしているような不気味な錯覚さえ起こす。まさに時間と空間の交差の象徴に見えてきた。


 **ちょっと道草 その2
 ポール・セザンヌ Paul Cézanne, 1839-1906

«りんごとオレンジ Pommes et oranges»


ずり落ちそうなりんご、存在感のある白いナプキン。空間が歪み、視点が交差する世界‥

それにもかかわらずリアリティが失われていないところがスキ! 色や形のリズム感がスキ! 「自然」と「人工」のせめぎ合いのありようがスキです。 

《テーブルとナプキンと果物 Table, Napkin, and Fruit /Un coin de table》 1895-1900 年 油彩、カンヴァス/47cm×56cm
バーンズコレクション




Ⅳ. 栞を辿れば If you follow the bookmark...

ーすべてが現れる、くっきりとした濃い影とともに。
スケッチは鮮明になってゆくーPaul Valéry

厚みのある小さなスケッチブック、絵の具で汚す勇気がないままの真っ白なページ、赤いしおり。多重露光でレモンを忍び込ませた。

檸檬レモン と書物は相性が良い。長年所有している本は古い友人のようなもの。再読また楽しかりき。

A thick little sketchbook, a red bookmark, and blank pages without the courage to color them. Multiple exposures let the lemon sneak in.

Lemons and books go together. Books I have owned for many years are like old friends. Rereading them is also a pleasure.

Ⅴ. ヨメナイプリント Unreadable print

活字の氾濫、反乱! 読める? 読めない? ベタっとしたデジタル空間。

A flood of print, a revolt! Can you read? Unreadable? Sticky digital space.


Ⅵ. 活版の質感 Letterpress Texture

『ゼラニウム』 扉
2002年2月1日第一刷発行
著者 堀江敏幸
発行者 矢坂美紀子
発行所 朝日新聞社
印刷所 凸版印刷

奥行きのある活字(印刷)が恋しい。活版印刷をページの裏側から撮影してみた。

I miss type (printing) with depth. I photographed the letterpress from the back of the page.

同上『ゼラニウム』 本文
著者 堀江敏幸
発行所 朝日新聞社
印刷所 凸版印刷

美しい活字の例。「圧」があり奥行きが生まれ、読みやすい。

An example of beautiful typography. The pressure stays on the paper, creating depth and making it easy to read.

Ⅶ. 割れた小皿と 焼物のふりをした折り紙 Broken small plate and origami works pretending to be pottery

大切な小皿を割ってしまった! 破片を捨てられない‥
ユニット折り紙による正八面体はもちろん紙製。落としても割れない。これは「素材の交換」のささやかな例、と言ってもいいだろうか。(***参照)

I broke my precious little plate!  I
can't throw the shards away...
The Unit Origami regular octahedron is made of paper, of course. Even if I drop it, it will not break. This is a small example of "material exchange".

親切な娘夫婦が教えてくれた。接着剤と陶器用絵具を使った「なんちゃって金継ぎ」なるものがあるそうだ。便利!

A kind daughter and her husband taught me how to do this. They told me that there is a "fake kintsugi" that uses glue and ceramic paints. It is very practical!


 ***ちょっと道草 その3
 ルネ・マグリット 
 René François Ghislain Magritte, 1898-1967

ブルーノ・ムナーリ『ファンタジア』から、「素材の交換」の例を一点あげてみます。

ルネ・マグリット《旅の思い出》1951年

そら恐ろしい素材の交換の例。ここでは、テーブル、テーブル掛け、果物の入った脚つき鉢、瓶、コップ、本、床、窓、風景、すべてが石でできている。このタブローの作者は語る。幼い頃、小さな少女とベルギーの片田舎にある人気のない墓場によく遊びに行った。そこで、重い鉄の上げ戸を持ち上げ、ぼろぼろに欠けた石の円柱と枯れ葉に埋もれた地下祭壇の中を探検したものだ、と。

『ファンタジア』
ブルーノ・ムナーリ 著
萱野有美 訳
2006年5月18日第1刷発行
株式会社 みすず書房



Ⅷ. 液体と固体のあいだ Between liquid and solid

甘くてプリプリっとした食感がたまらないゼリー。友人の科学者から、「固体と液体の間はガラスのような非結晶質では実在しています。また、液体と気体の間のような超臨界状態も存在します」というコメントをいただいた。私はこのような "あいだの味" (ゲル) は、けっこう好みなのかもしれない。

The jelly has a sweet, plump texture that is irresistible. A scientist friend of mine said to me, "The space between solid and liquid is real in non-crystalline materials like glass. There is also a supercritical state between a liquid and a gas," he said. I might like that kind of "in-between" (gel) very much.

Ⅸ. 植物のことば Words of Plants

ベゴニアの葉の質感、白い水玉模様、葉の裏は艶やかな赤のよそおい 。補色が印象的。

Texture of begonia leaves, with white polka dots and glossy red underside of leaves. The complementary colors are striking.

Ⅹ. 聖堂 朝の光 Cathedral : Morning Light

La cathédrale Saint-Lazare d'Autun, en Bourgogne


以前訪れたフランスのロマネスク様式の大聖堂のひとつ、ブルゴーニュ地方オータンのサン・ラザール大聖堂。光あふれる聖堂の空気・雰囲気に息を呑む。
1998年撮影

One of the French Romanesque cathedrals I visited some time ago.

Extra!  (おまけ)  
イルミネーション・ガーデン In the illuminated garden

わが街の港の広場に設置された華やかな空間 (2020年12月撮影)

イルミネーション装置の壁で区切られているが、内も外も辺り一帯は人工の光で満たされ、冬の楽しみを演出している。

A gorgeous space set up in the harbor square, photographed in December 2020.

Although separated by a wall of illumination devices, the entire area, both inside and out, is filled with artificial light, making it a wintertime delight.


*以上の写真はすべて、1998〜2020年に、RICOH GRⅢ、Contax ARIA、スマートフォンなどでAoi Ringoにより撮影されたものです。

©︎All photos above were taken by Aoi Ringo between 1998 and 2020 with Ricoh GR III, Contax ARIA, and smartphones.

未完のおわりに



日常の風景やモノから質感を抽出し視覚化する試み、前半と後半あわせて25点の写真と17シーン(8500文字)の長きにわたり、おつきあいくださり、どうもありがとうございました。お楽しみいただけたでしょうか。

「植物のことば」1点を除き、人工的風景に偏っているせいか自然が恋しくなります。「自然観察を通してのアプローチ」が、完成に向けての次の課題なのかもしれません。

クラシック音楽と本と📷と♥️さえあれば! またお会いいたしましょう。ごきげんよう。

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