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【小説】日本の仔:第79話

 玲奈さんは手に持っていた金属製の箱を掲げて、床に置いた。

「この箱の中に入っているのは...」
 気密性のありそうな蓋を開けると、え?、何これ?
 カラフルな花みたいな形のわたあめ?
 綿飴アートらしきものが出てきた。

「あーっ!!それは!ブーゲンビリア1号。あれ?玲奈さん?」
 部屋中にさっきの父さんの声が響き渡った。
「秀くん。やっぱり気づいたね」
「わー!玲奈さん死んじゃったのかと思ってたんだよー」
「実際、ずいぶん長い間眠ってたらしいんだけどね」
「今そっちに行くから待ってて!」
 何だ何だ?

「あのね、秀くん、わたあめに目がなくて、いつも作ってあげてたんだけど、ただ作ってもつまらないからアートを始めたら、私がハマっちゃって」
 さっき着陸船で作ってたのは、このわたあめだったのね。
 これが父さんの弱点?
 ということは、今しゃべっていたのは、復活した父さんの第一人格ってこと?

 程なくして、エアロック内に人が入ってきた警告が出てから加圧され、扉が開くと、そこから宇宙服を着た優しそうな顔の男性が入ってきた。
「玲奈さん!」
「秀くん、なのよね?」
 玲奈さんが父さんに最後に会ったのは40年以上前で、まだ3歳の頃だから、分からないのは当然だろう。
 さて、玲奈さんのおかげで取り敢えず父さんに会うことができた。

「ちょっとHideyasu!何顔出してんのよ!私も今からそっちに行くから待ってなさい!」
 ちょっと忘れかけてたアリスの怒った声が聞こえてきた。

 そしてすぐに父さんと同じようにエアロックを通って、アリスがやって来た。
 アリスは宇宙服を脱ぐと、ちょっときつめの顔だけど金髪のモデルのような姿を現した。
「これで姿を見せないというadvantageは消えたわ。じっくり話し合おうじゃない」

 一旦状況を整理しよう。

 父さんたちの目的は地球をキレイにすることだけど、さっきの話だと、今から対処するのはもう手遅れと判断して、地球を一旦破壊して再構成されるのを数億年も待つという結論に至っている。
 一方、僕らの目的は、果歩たちを助けることと、父さんたちが地球を破壊するのを止めること。
 それと成り行きで、地球の環境を改善して、人間や他の生物が生き延びられる環境を作り出すことが追加された感じだ。
 ただし、既に地球環境は不可逆的に破滅的な方向に動いてしまっていて、何をしても止められないというのもある意味真実のようだ。けど、今ここには恐らく地球でトップクラスの頭脳が4人(父さん、静、アリス、玲奈さん)と地球自身、そして僕の中のソマチットが揃ってる。
 皆の知恵と力を使いきれば、何とかなっちゃうんじゃないかという楽観的な見方をしてもいい気もしている。

 恐らく、父さんたちには、数千年という期間で地球を破壊せずにキレイと認められるレベルに回復させる確実なプランを提示できれば、考えを変えてもらえる可能性がある。
 ただし、僕らとしては地球上の人類もこのままでという条件もクリアしなければならない。

 今の地球環境の課題について、玲奈さんがまとめた内容を整理してみる。

 ・地球全体で氷河期化が進行中。地球全体の平均気温はマイナス10℃。
 ・二酸化炭素濃度は0.1%まで上昇。
 ・メタン濃度は2,500ppbまで上昇。メタンは二酸化炭素の25倍の温室効果がある。
 ・人口は全世界で約25億人まで減少し、尚も新型コロナウイルス感染による減少が続いている。特に熱帯地域と人口が集中している先進国の都市の減少率が高い。各国の機能は日本以外はほぼ停止中。
 ・オゾン層破壊の拡大により、通年で南北極上空にオゾンホールがとどまり、高緯度に生息する鳥や哺乳類が減少中。
 ・マイクロプラスチックの海洋流出により、珊瑚やいそぎんちゃく、貝類など浅い海底に棲む生物の死滅が進行中。
 ・生物多様性の減少に伴い、生態系のバランスが崩れ、多くの生物種が絶滅。そのことによって地球環境への影響及び浄化機能が低下。

 ・大気汚染、海洋汚染については、各国の生産施設の稼働停止に伴って減少中。
 ・核廃棄物についても、宇宙エレベータによる地球外廃棄により減少中。
 ・人工光合成により、食料の生産の大部分が工場で行われるようになり、畜産、漁業規模は縮小し、環境負荷が減少。
 ・ゴミとなる廃棄物の量が世界の食料、工業製品の生産量の増加により増えてしまったが、現在は人口減少によってかなり減少している。

 とまあ、確かに地球を壊してやり直した方が楽なんじゃないかと思えるほどの課題の質と多さだが、皮肉にも新型コロナウイルス感染症による人口の減少によってよい方向に進んだ面もある。
 そういう意味では、確かに人間がいない方が地球環境は改善されるのだろうが、人の死は大きな悲しみを生む。

 人口減少と生物の絶滅を避けつつ、地球環境を劇的に改善するには、確かに一旦コールドスリープによって、人間のいない環境を作り出すこと、もしくは他の星に一旦移住するくらいの処置が必要かもしれない。

 そんなことができたとして、その間に地球環境を改善するにはどうしたらいいのだろう。
 オゾンホールやメタンガス濃度の課題は地球自体の浄化機能では数万年掛かってしまう。

 しかし、25億人もの人間をコールドスリープもしくは他星に移住させるなんて現実的ではない。

「なら、日本人だけ残せばいいんじゃない?であれば8,000万人。ずっと現実的な数字よね?」
 アリスが事も無げに言う。

「あなたたち、ジュリアからワクチンを入手したようだけど、それを諸外国に使わなければ、どのみちほとんど死に絶えるはずよ。それに、そもそも日本の子は日本人以外を滅ぼすために作られたんでしょ?」

 は?
 なに言ってんのこの人?

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