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【小説】日本の仔:第67話

 すぐに例の温泉が見えてきて、畔に着陸した。
「時子さん、それでどうすればいいの?」
「この辺りの土を掘って、皆を埋めてください」

 え?まだ助けられるって言ったよね?
「大丈夫です。損傷したところを修復するだけです」
 よく分からないけど、それで皆が助かるならばと、人が入れる程の穴を3つ掘り、武蔵、茉莉、果歩をその中に横たわらせた。

「瑞希さん、皆さんの外骨格と服は脱がせてください」
 えー?!
 後で果歩と茉莉に知られたら、絶対シバかれる...
 でも生きるか死ぬかだから、仕方ないよね。
 時子さんが皆の外骨格にパージコマンドを送ると、外骨格が脱がせるようになった。
 なるべく身体を見ないように、果歩の外骨格を脱がすと、首に変な形のペンダントをしていた。何だろうコレ?
 ペンダントを外して、インナーも脱がせた。
 身体に触ると、かなり冷たくなっていてゾッとする。

「細胞の劣化を防ぐため、故意に冷やしてあります。心配しないでください」
 時子さんが僕の心配を察して説明してくれた。
 もう一度穴の中に横たわらせて上から土をかける。
 死体を埋めているようで、複雑な気持ちになった。
 茉莉と武蔵も同じように穴に埋めた。

「昨日も説明したように、この辺りは私の意識が表出しています。少し荒療治ですが、皆さんの構成物質を一旦分解して再構成させてみます」
 え?そんなことができるの?
「恐らく、物理的には元通りにできるはずです。ただ、精神が元通りになるかは分かりません」
 精神...
 これまでの記憶や人格がなくなってしまうかもしれないってこと?
 うう、どうにかならないのか...
 でも確かにまずは蘇生が第一だよね。
 ここは時子さんに任せよう。

 さて、エマとイーサンの方だけど、これは間違いなく僕のソマチットに対する力のせいだろう。
 となると、彼らの身体からソマチットが出てしまったということになる。
 彼らを助けるには、ソマチットを体内に戻す必要があるけど、そのためには「愛情」を持って彼らに働きかける必要がある。
 今の僕には、彼らに「愛情」を持つことはできない。
 どうしても憎しみが先に立ってしまう。
 全世界の3分の2の人間を殺し、僕の兄弟を傷付けた彼らは、実のところ、僕の兄弟でもある。
 彼らを助ければ、また人間を滅ぼす行動に出るだろう。
 判断の付かない僕は、ジュリアと話をしてみることにした。

「ジュリアさん、なぜあなたはこの子たちを助けたいの?」
「私は、この子たちが生まれた時からずっと一緒に生きてきました。元々私は、この子たちの母親であるAliceの面倒を見ていたのです」
 ジュリアはアリスとエマ、イーサンの生い立ちを話し始めた。

 母親であるアリスは、ワシントンD.C.のとある孤児院に捨てられた女児だった。
 捨てられたのは生まれてから3週間くらい。
 普通の子であれば自分では何もできないか弱い存在のはずだが、彼女は既に話すことができた。

「私は地球をキレイにする、何がなんでも」
 口癖のようにその言葉を繰り返していたと言う。
 恐らく両親はそんな彼女を悪魔の子だと思い込み、恐ろしくなって捨てたのだろうと思われた。
 その後、アリスは孤児院で育てられたが、2歳になる頃、既に大人以上の知性を持つに至り、特別にアメリカ政府の機関で育てられることになった。
 3歳になる頃にはダントツの最低年齢でメンサ会員になった。
 メンサとは、人口上位2%の知能指数(IQ)を有する者の交流を主たる目的とした非営利団体である。本来、15歳未満は会員になるためのテストを受けることができないが、アリスは特別に受験を許された。

 その後、情報工学の研究を進め、弱冠5歳で量子コンピュータの設計とその上に構築するためのAIシステムを開発した。
 脳科学にも精通していたアリスは、人間の脳を模したニューロモーフィックチップを開発し、それまで限定的な利用に留まっていた量子コンピュータを汎用的に使えるレベルに押し上げたと言われる。
 その後、日本で宇宙エレベータの建設が発表され、アメリカ政府により、それらを含めた日本の発展を秘密裏に妨害する機関として、対日特務機関CJP(Counter Japan)が組織された。アリスはこの組織に協力を依頼され、量子コンピュータによるハッキングや荷電粒子砲の開発に協力するようになった。
 というのも、日本の徳永秀康という科学者に非常に興味を持ち、対抗心を燃やしたからとも聞いている。
 しかしながら、宇宙エレベータ建設の妨害は見事に防がれてしまった。
 その後もアリスは、AI開発とそのAIを搭載したアンドロイドの開発を続け、ほとんどの面で人間を凌駕する性能を有するアンドロイドを作り上げた。
 今から思えば、それは人間を滅ぼすための取り組みだった訳だ。

 そして彼女は運命の出会いを果たす。
 カリフォルニアに視察に来ていた徳永秀康に出会ったのだ。
 その時、アリスは15歳。
 出会った時から同じ使命を持っている人間だと分かった。
 話をすると、最初はふざけた口調だったが、途中から人間に対する絶望を話し始め、自分と全く同じ考えを持っている人間であることが分かった。
 であれば一緒に人間を滅ぼそうと意気投合し、CJPに招き入れることにした。
 ジュリアは、まさか日本の宝でもあった徳永秀康が協力するとは信じられなかったが、日本の発展を止めるための最善の策として、徳永を受け入れることにした。

 それから二人はアメリカの軍事力と宇宙開発を飛躍的に高めて行ったが、その目的が人類を滅ぼすためとは誰も気づいてはいなかった。
 アリスは16歳になるとすぐに徳永と結婚をした。
 そして、すぐに子どもができたが、流産となってしまった。
 何度か流産を繰り返し、やっと産まれたのがエマとイーサンだった。
 アリスが幼児の頃から面倒を見てきたジュリアは、エマとイーサンを孫のように思い、世話をしてきた。
 アリスが乳児だった二人に脳外科手術を施すと聞いたとき、ジュリアは猛反対をしたのだが、聞き入れられず、謎のチップを脳に埋め込まれてしまった。
 ジュリアはエマとイーサンが笑ったところを見たことがなかった。そして眠るところも。
 年老いたジュリアは、エマとイーサンの面倒を見続け、本来の子どもとしての姿を取り戻して欲しいと願っていた。

 ソマチットが前に言っていたように、今のエマとイーサンは本当の彼らではないのかもしれない。
 でもこのまま助けても、僕らを倒そうとする可能性は高い。
「時子さん、エマとイーサンもここの土に埋めたら、脳の中のチップを取り出すことができる?」
「はい。再構成する際に生体以外は排除できます」
「じゃ、彼らも一緒に生き返らせてもらえるかな」
「分かりました」
 こうして、エマとイーサンも土に埋めて生き返らせることにした。

 その前に、ソマチット、エマとイーサンの中に戻ってくれるかな。
 エマとイーサンの身体に触りながら、皆と同じ兄弟なんだと、きっと本来の子どもに戻ると信じて、愛情を感じてみた。
 二人をよく見ると、目元が静によく似てて、普通の中学生に見えてきた。

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