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【小説】日本の仔:第69話

【鍊】(東京都内某病院)
 徳永チルドレンの内、瑞希だけが無事で、果歩、茉莉、武蔵は意識不明で戻ってきた。
 更に、エマとイーサンというアメリカの徳永アリスチルドレンまでもが意識不明で日本に運ばれ、全員がこの病院に秘密裏に入院して生命を維持している。
 皆、深く眠っているだけの様に見えるが、瑞希がソマチットに聞いたところによると、魂が抜けてしまっていて、魂を月に迎えに行かなければならないという。

 お伽話のようだが、あながち冗談とも思えない。

 今、徳永秀康氏が月にいるのは偶然か?
 地球人類を完全に滅亡させるために、肉体が滅びて月に向かった人間の魂を残らず滅殺することを考えたのではないか?
 もしそうなら、地球氷河期化を止め、ウイルスを根絶しても子どもが生まれて来ないことになる。
 月に何があるのか分からないが、徳永氏を止めないと我々の代で人類は滅びてしまうのかもしれない。

「私と入れ替わりに秀くんの子どもたちがこの病院に入院することになるとは...」
 彼女は葉月玲奈、徳永氏が幼少の頃、共に常温核融合の理論構築をしたという、控えめに言って天才科学者だ。
 この病院で彼女は、2週間前まで40年以上コールドスリープをしていた。
 今はリハビリに取り組んでいて、やっと補助具を用いて歩けるようになってきたところだが、逆に今は徳永チルドレンたちがこの病院で眠っている。

 それから、瑞希がアメリカから持ち帰ったコロナウイルスのワクチンは、現在国立感染症研究所で分析していて、有効性と安全性が確認できれば、すぐに培養を始めるように、国内の製薬会社に準備を進めさせている。

 月に行くメンバーは、瑞希、時子、私までは確定したが、魂とコンタクトできる能力者を見つけなければ話は始まらない。
「秀くんが何を考えてるのか解らないけど、このまま人類を滅ぼすなんてことはさせないわ」
 葉月さんが、何か使命感に燃えている...
 そう言えば、徳永氏の弱点を知っていると言っていたが。

 この後、環境省に戻って、例の地球氷河期化の記事を書いたとされる元新聞記者に事情聴取をすることになっている。
 今まで、多くの科学者が地球氷河期化が起きていることに気づいてきたが、政府機関に悉く察知され、記憶を操作して対処してきた。
 聞くところによると、一旦は記憶を操作されていたにも関わらず、再度こちらに気づかれずに新聞発行までこぎ着けたらしい。
 優秀な諜報員並みの能力だが、事情聴取に応じるということは、民間人なのか?

 環境省に戻ると、早速時子と一緒にその人物と話をすることになったが、AICGlassesを通して現れたのは、毛利という名の70歳過ぎと思われる、お世辞にも優秀な諜報員という感じには見えない人物だった。

「あなたが書いたという、地球氷河期化が始まっているという記事ですが、何を根拠に書かれたんですか?」
「別に根拠はないんやけどな。平均気温が10℃も下がりゃ、誰だっておかしいと思うやろ?それを代弁してるだけや」
「地球学者や気象学者は、誰もそんな事を言ってないですよね?」
「そんなこと関係あるかい。わしの直感や。これはただ事じゃあらへん。26年前、常温核融合炉を発明した徳永秀康の記者会見の時も、おんなし様に感じたんや。ただ事じゃあらへんてな」

 徳永秀康の記者会見?
 父が徳永氏にコテンパンにされた記者会見会場にいたのか。
 しかし、直感だけとは...

「こんなゴシップ記事みたいなもんに、環境省から呼び出しとは、わしの直感も大したもんやな」
「あなたの経歴は調べさせていただきました。日本経産新聞社で40年に亘って記者をされていたようですね」
「そうや。何度もスクープを書いてきたんやが、徳永秀康に関しては誰にも負けんほど調べて来たんやで」

 さっきからやけに徳永氏のことを持ち出してくるな。我々のことを何か知っているのか?

「では徳永氏の弱点は何だと思いますか?」
 急に時子が割り込んできた。
「そら、母親と小っさい頃に一緒におった葉月言う女性やろな。二人にはかなり負い目を感じてるはずや」
「なぜそう思われるんですか?」
「二人を見捨てたと思ってるからな。途中で人格が変わったようになってしもたが、今でも心ん中では懺悔の念があると思うんよ」
 確かに徳永氏の人格は3つに分裂している。そこまで分析できているのか。

「鍊さん、ちょっとよろしいですか?」
 時子が一旦二人で会話したいと促した。
「毛利さん、少し待っていていただけますか?」
「ああ、ええよ」
 一旦毛利氏との通話を保留にして、時子と話をする。
「あの人は嘘は言っていません。ふざけた口調に反して核心を突いています。仲間に引き入れられるなら、その方が得策かと」
「確かに、徳永秀康に関しては本当に詳しそうだ」
「私の方からさりげなく提案してみましょう」
「ああ、頼む」
 再び毛利氏に回線を繋ぐ。

「お待たせしました。徳永秀康氏にお詳しいようですが、なぜそこまで調べられたのですか?」
 時子が質問する。
「ま、アレやな、惚れちまったってとこやな。常温核融合を皮切りにあないな発明バンバン出せるなんざ、天才通り越して神やで神!」
「では、今、徳永秀康氏がどこにいるかご存知ですか?」
「む。さすがのわしでもこの13年、どんなに探しても見つけられなんだ。例のサービスもお手上げやし」
「例のサービス?」
「おっと、口が滑ってしもた。堪忍や。政府関係者には知られてはあかんのや」

「もし、あなたが言っている地球氷河期化が徳永秀康氏によるものだったらどうしますか?」
「おい!やっぱりそうなんか?!そりゃ地球環境改善の最終手段やからな」
「ただし、人間もただでは済みません」
「そら、少しは犠牲になる部分はあるやろな」
「既に世界人口は3分の1にまで減少しました」
「なんやて!」
 時子、さりげなく行くんじゃなかったのか?

「それで、ここんとこ海外のニュースがおかしかったんやな」
 海外の異変にも気づいていたか。やはりただ者ではないな。

 その後、時子は毛利にこれまでに地球に起きた変化と世界の現状を説明した。それが必要で、話しても心配はないと判断したということだろう。
「そこで毛利さんにご相談があります。徳永秀康氏を止めるのを手伝っていただけませんか?」
「これまでスクープを追う側やったが、今度はスクープされる側になるちゅうことやな。やったろやないかい!」
 お、すんなり受けてくれたな。さすが時子。世界最強のAIの名はだてじゃないな。

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