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【小説】日本の仔:第68話

 皆の身体の再構成には何日か掛かると言うことで、僕らは温泉の近くでキャンプをすることにした。
 そして、ジュリアにはこれまでの間のアメリカの状況を聞かせてもらった。
 アリスと徳永はその後、外惑星から資源を得る構想を立て、最初の中継基地となる月面基地の建設計画を立て、世界には公表しないまま既に月の裏側に基地を建設したらしい。
 それで今、正に月面にいるということか。

「静、聞いてた?」
 EPR通信で静に呼び掛けた。
「うん。多分そうかなと思って、月面まで行ける宇宙機を宇宙ステーションで製造中ナリよ」
「え?知ってたの?」
「9割方はソコかと思ってたけど、月に行ってみて、いませんでしたはマズイかと思って」
 食えないやつ...

「じゃ皆が元に戻ったら一旦日本に帰るんでいいのね?」
「うん。それまでに飛行計画を立てておくし、帰還用の大型ドローンをそっちに向かわせるよ」
 ということは、僕たちもこの後月に行くということかな?
 宇宙エレベータができて、宇宙が身近になったとは言え、月に行くなんてことは、普通にはあり得ない。
 すごい経験をしてるな。

 僕たちがここに来るまで、何度か骨董品とも言える兵器で攻撃されたが、その事についてジュリアに聞いてみると、
「あれは昔の兵器を徳永が再生して、AIによって自動化した兵器群です。廃棄するなら再利用しようとアメリカ軍から譲り受けたんです」
 とのこと。
 そんなものまでリサイクルした訳ね。

 3日ほどが経過して、そろそろ皆の再構成が済んでいるとのことで、埋めたところを掘り返すことになった。
 みんな、頼むから生き返って...

 まず果歩を埋めた場所を身体を傷付けないように優しく掘り進めると、手が出てきた。
 握ってみると温かい。
 急いで全身を掘り返して、時子さんと一緒に温泉に運んだ。
 驚いたのは髪の毛がなくなっていたこと。
「髪の毛の再構成は、すぐに生えてくるので省略しました」
 身体の再構成は、損傷を受けた場所だけではなくて、全身に対して行ったらしい。

 蝶の幼虫が蛹の中でどろどろに溶けて、蝶の形に再構成されるのと同じらしいけど、かなり恐い話だな。
 首から下を温泉に漬けて、ジュリアに泥を落としてもらう。
 その間に茉莉と武蔵、エマとイーサンも掘り起こした。
 エマとイーサンの傍らには、小さな黒いチップと細かい金ダワシのようなものがあった。
 これが例のチップだな。
 皆、体温が上がり、心拍もあって生き返っていた。

 でも、いくら呼び掛けても意識は戻らなかった。
 生きてはいるけど、誰も返事をしてくれなかった。

 日本に連れて帰れば何とかなるかもしれない。
 その後に到着した日本からの大型ドローンに皆を乗せて、祈りながら日本に向かった。
 ドローンは全速力で日本に向かったけど、半日掛かるということで、途中ウトウトしかけていると、
『王』
「お、ソマチットか」
『左様にございます』
「皆の意識が戻らないんだ」
『存じ上げております』
「何でだろう」
『皆様の魂が身体から抜け出てしまったからでございます』
「え?魂って本当にあるの?」
『はい。胸骨の内部に魂を格納する空間がありますが、魂が抜けてしまうと記憶や意識も消失してしまいます』
「そんなこと、誰も知らないって。じゃ、どうすれば魂を元に戻せるの?」
『身体から離れた魂は、次の生を受けるまでの間、月で待機します』
「月で?」
『左様。皆、月で地球のどの親から産まれるのかを選択して産まれてくるのです』
「だから、そんなこと知ってる人なんていないよ」
『ですから、月に行って、皆様にまだ死んでいないことを理解していただき、地球に戻っていただければ或いは』
「それ、ちょうどいいよ。僕ら、父さんに会いに月に行こうとしてるんだ」
『ただ、普通のお方は魂にコンタクトできませんから、その能力を持っている者を探さねばなりません』
「どうやって?」
『...』
「肝心なところはいつもノープランだよね!」
 と、目が覚めた。
 えーと、皆の魂が月に行っちゃってるから、魂とコンタクトできる人を連れて、月に行って探し出す。で合ってるかな?
 なかなか大変そうだな。だけど、皆を生き返らせる方法がそれしかないなら、やってやろうじゃないですか!

 こうして、僕らは日本に帰還し、果歩たちを助ける方法について話し合い、宇宙機の製造と魂にコンタクトできる人間の捜索を進めることになった。
 宇宙機の製造は静が指揮を執り、着々と進んでいたけど、問題の魂にコンタクトできる人間はなかなか見つからなかった。
 そういうことを謳った占い師はたくさん見つかったけど、信憑性が限りなくゼロだった。
 そもそも魂が身体に格納されているなんて事を知ってる人がどれだけいるんだ?

 そんな中、ある新聞記事が世間を賑わせていた。
 それは、地球が氷河期化しているというものだった。
 海外の情報は時子さんの下位AIが操作を行って、何も問題が起きてないように見せかけていたけど、誰かが感づいたらしい。
 日本は雪こそ降っていないものの、平均気温が10度近く下がっていれば、誰かがおかしいと言い出すのは時間の問題だよね。
 でも、実際には感づいた人間は、すぐに例の記憶操作を施されて何も覚えてない状態にされるらしい。
 AICGlassesを使っている人は、言動や行動をモニターされているから、見つからずにあんな記事を上げることはできないはずだった。
 政府は発行元である日本経産新聞社に出頭命令を出して、ネタ元を特定しようとした。

【毛利 紳助】(元日本経産新聞記者)
 ひき逃げに遭って搬送された病院を退院して家に帰ると、ドアの鍵が開いていた。
 なんや、不用心やな。
 わいが鍵を掛けんと外に出ることがあるやろか...
 昔から用心深かった毛利は、自分の行動に疑問を感じた。
 一昨日の夜にひき逃げに遭ってそのまま入院したらしいが、その前の記憶がすっぽり抜けていた。

 そう言えば、AICGlassesの履歴を見れば、この間何をしていたのか判るはずや。と思い、AICGlassesにこの間の履歴を表示するように命令した。
 すると、年金を受給してからの行動履歴が出てきた。

 10/15 年金受給(2ヶ月分)
 10/16 競馬(エリザベス女王杯)
 10/17 海外通話(シンガポール 田村氏)
 10/18 図書館(新聞記事を検索)
 10/19 家から出ず
 10/20 家から出ず
 10/21 病院へ搬送

 10/16~10/21までの記憶が全くあらへん。
 確かに頭ぶつけると記憶がトブとは言うけどなぁ。
 この間の行動は、一応普段からよくやる行動ではあるな。

 田村って、昔の後輩やな、何で連絡したんやろ。
 もっかい連絡してみよかな。

トゥルー

「あ、毛利さん、こんにちは。どうしました?」
「おう、田村か。久しぶりやな」
「久しぶりて、先週お話ししたばかりじゃないですか」
「そうらしいんやけどな。実は記憶が飛んでしもたらしくて」
「え?何かあったんですか?」
「ひき逃げに遭ったらしいんやけど、その前の1週間くらい記憶がのうなってしもてん」
「それは大変でしたね」
「それで、どないな会話したんか教えてもらお思て」
「あの時は、うちのおかんの話でしたよ」
「おかんて誰や?」
「え?僕が子どもの頃にお世話になった人に、ちゃんと逢ってやれって言ってたんですよ」
「そやったか、やっぱ覚えてへんな」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫や。おおきにな」

 なんや?おかんて。
 あいつにそんなおかんはおらんやろ。
 何でわし、そんな話したんやろ?
 鎌掛けたちゅうことか?何のためや?
 もしかして!

 毛利は机の下に置いてある古いPCを起動した。
 PC-9901VM2と書かれたクリーム色のPCは、60年前に発売された骨董品だった。
 CPUの動作周波数は8MHz、メモリは384KBという今では信じられない単位だが、当時はビジネス最強PCの称号を与えられていた。
 フロッピーディスクという薄い磁気ディスクをドライブに挿入して、DOSを読み込ませる。
 その後で日本語FEPのディスクとワープロソフトのディスクを入れて、ワープロを立ち上げるという、恐ろしい手間を掛けてやっと文章を入力できるようになるのだ。

 毛利は秘密の文書をフロッピーディスクに保存して管理していた。
 今の世の中、何もかもネットに繋がっているため、骨董品を使って残すのが一番安全だったりするのだ。
 文書ファイルから一番新しいものを読み込ませると、「なんやおかしいこと」から始まる、日本と海外の疑問点が書き連ねられていた。
 さっきの田村の言動とこの文書、ほんで記憶喪失、これは特ダネや、間違いない!

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