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【小説】日本の仔:第71話

 瑞希がコンタクトできるソマチットとは一体何なのだろう。
 彼から述べられる話から判断すると、我々よりも科学的には先に行っている存在のようだが、実態は単細胞生物のようにシンプルな構造らしい。
 普通に考えれば、生物は脳の重さに比例して複雑な思考が可能となるはずで、単細胞生物並みの微細構造では複雑な思考はできないと考えられているのだが。
 となると、思考しているのは別次元や別の宇宙の存在で、たまたま物質化して目に見えているのが、あの単細胞生物ということなのだろうか。

 そして瑞希を「王」と呼び、付き従っているのも謎だ。
 もしかしたらソマチットが静の能力にも関連しているのかもしれない。

 こうして、静と玲奈さんとで、ソマチットとダークエネルギーの研究を始めることになった。
 常温核融合の発明から、実に43年ぶりに再度タッグを組む二人ならば、何らかの成果を上げてくれると、確信にも似た期待をしてしまう。

【玲奈】(高エネルギー加速器研究機構KEK)
 さて、身体もほぼほぼ動かせるようになってきたことだし、久し振りに面白そうな研究ができそうだわ。
 でも、あまり時間がないから、超特急で成果を出さないと。
 ダークエネルギーと人の魂との関係、そしてソマチットの力と静ちゃんの能力開花。
 ゴールは静ちゃんの能力開花だけど、ダークエネルギーを感知する原理はソマチットを調べるのが近道な気がするのよね。
 静ちゃんには月へ行く宇宙機の製造の指揮を執ってもらいながら、実験に付き合ってもらうことになっている。
 まずは瑞希くんを通してソマチットから情報を引き出してみましょ。

 KEKで行われていた実験は全てキャンセルされ、ダークエネルギーを感知する方法を調べるためのシフトとなっていた。
 KEKの研究者には、まともな理由を説明できなくて、反発があるかと思われたが、すんなりと施設を明け渡してくれた。
 実は葉月玲奈の名前は徳永秀康と並んで、原子核物理学界では伝説となっており、喜んでダークエネルギーの研究のために研究施設を使わせてもらえることになったのだ。

 伝説って言うほど昔のことじゃないのにねぇ...

 ダークエネルギーは、万有引力とは逆に反発し合うことによって宇宙を膨張させていて、その量は増えているかもしれないと言われている。
 静ちゃんは精神エネルギーとの絡みを言っていたけど、魂が物質とエネルギーの2面性を持っているとすると、ダークエネルギーか精神エネルギーが物質としての姿を見えなくしているということかしら。
 ま、いいわ。
 この施設の検出装置にフル稼働してもらって、瑞希くんとソマチットのやり取りを観測してみましょ。

 早速、瑞希くんにKEKに来てもらって、ソマチットについて聞いてみることにした。

「瑞希くん、静ちゃんの能力を引き出すために、あなたの中にいるソマチットに色々聞いてみたいんだけど、いいかしら」
「もちろんいいんですけど、ソマチットはこちらから呼び出すことはできないんですよ」
「うん。その事は聞いてるわ。大体眠っているときにアクセスしてくるのね?」
「そう。何かピンチになった時とかが多いかな」
 ということは、ソマチットは瑞希くんの精神状態を常にモニタしているということね。

 うーん、ピンチかぁ。
「瑞希くんにとって、一番のピンチってどんなことかしら?」
「チンチンを...、あ、いや、そうだなぁ、子供の頃はいじめに遭ったことだと思うけど、今はどうだろう。アメリカで果歩や茉莉や武蔵が倒れた時は頭がおかしくなりそうだったけど」
「そっか、今は自分よりも周りの人が苦しむことが辛いということかしらね」
「うん、自分でも意外なんだけどね」
「ん?それはなぜ?」
「今まで人との関わりなんてどうでもいいと思ってたのに、いつの間にか一番大事なことになってるような気がしてて」
「なるほど、それが大人になるってことなんじゃない?」
「え?あ、そうなのかな」
「ま、いいわ。あなたの中のソマチットにコンタクトするために、ちょっとピンチになる夢を見てもらってもいいかしら?それで瑞希くんの心を通してソマチットにコンタクトしてみるわ」
「そんなことできるの?」
「ちょっと時子ちゃんの力を借りてあなたの脳にアクセスさせてもらえば、多分可能よ」
「分かった。皆を助ける手掛かりが掴めるんならお安いご用だよ」

 瑞希くんには、あらゆる物理現象を測定できる検出器群を設置した部屋に入ってもらい、時子ちゃんにAICGlassesと複数チャネルの脳スキャナから瑞希くんの思考をモニタ、逆にヘッドホンと記憶操作装置を使って潜在意識へのアクセスを試みることにした。

「それじゃ早速始めるわね。何か危険なことが起きそうになったらすぐに中止するから安心して」
「それは全然心配してません。よろしくお願いします。時子さんもよろしく」
 EPR通信で繋がっている時子ちゃんの映像が頷く。

 瑞希くんが着けているヘッドホンから睡眠導入音声を流し、脳波を測定しながら、睡眠度を予測する。
 すぐにθ波が出始め、ウトウトしていることが分かる。
 スゴい。のび太くん並みの寝入りの早さだわ。
 前頭野の思考を音声と映像に変換、音声の精度は高いけど、まだ言ってることには意味が見当たらない。
 映像は精度が低くて、ほぼ雑音的なものしか見えない。
 すぐにδ波が出始めて、深いノンレム睡眠に入った。
 この子、緊張するとかないのかしら。ある意味才能ね。
 多分このまま、思考の行われないノンレム睡眠が1時間弱続いた後、レム睡眠に入って脳が動き出すから、その時にまた音声と記憶操作装置で、ちょっとピンチな夢を見てもらって様子をみるという段取りだった、んだけど。

 脳波の周波数が底打ちした時だった。
『何か私に訊きたいことがおありのようですね』
 唐突にスピーカーから音声が聞こえてきた。
 これがソマチットの声なのかしら。
「あなたが瑞希くんの中にいるソマチット?」
 直接瑞希くんのいる部屋のスピーカーから話しかけてみる。
『左様』
 聞こえているみたい。
「瑞希くんがあなたから、徳永チルドレンたちの魂が月に向かったと聞いて、魂とコンタクトを取れる能力者を探し出しました」
『はい。その事はお聞きしています』
「でも本人に自覚がなく、魂を感知するにはダークエネルギーを利用する必要があるのではと考えています」
『その通りです。この宇宙で魂を感知する唯一の手段は、人間の精神エネルギーとダークエネルギーとの干渉を捉えることだけです』
「ということは、静ちゃんがダークエネルギーを感知する能力を持っているということなのね」
『そうだと思われます。ただし、我が王もそうでしたが、愛情を感じられないとダークエネルギーを感知もしくは干渉することはできません』
「静ちゃんは愛情を知らないってこと?」
『恐らく、人格が分かれた際に愛情を切り捨てたのかと。王は知らなかっただけですが、静様は完全に欠落されていると思われます』
「なるほど」
 ということは、このままでは静ちゃんが魂を感知することはできないということね。

「瑞希くんはダークエネルギーを感知することはできないの?」
『王は、愛情を感じることでダークエネルギーに干渉して、我々の宿主の生命エネルギーに波動を合わせることによって、我々を増殖させることができますが、感知することはできません』
「なるほどねぇ」
 瑞希くんの力を使えば、何か手がありそうな気がするんだけどなぁ。

「静ちゃん聞いてた?」
「俺っちって、愛情が欠落してたんだね。道理で何が起きても心が騒ぎ立てない訳だす」
 お、自覚はあったのね。
「ならば、月にいる俺っちに愛情を分けてもらえば何とかなるかも」
 そういう発想に行くのね。確かにそうするしか今は手がないかも。

 今のところKEKの誇る検出器群で検知できたのは、瑞希くんのいびきくらい。やはりダークエネルギーは、人間の造ったものでは観測できないってことのようね。
 ま、いいわ。
「ソマチットさん、色々聞かせてもらってありがとう。もっと色々話したいところだけど、また今度ね」
『少しでもお役に立てたら幸いです』
 よし、こうなったら私と静ちゃんも月に一緒に行きましょ。

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