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宿災備忘録 四季 対岸の君と逡巡の季節 秋・壱4

「なあ、深遠。鷹丸家のお嬢さんは、脱厄術師の任を理解した上で、思いを寄せてくれているんだろう?」
「……そんな話をした覚えはないが」
「前に灯馬に聞いたんだ」
「余計なことを……」
「心配してるんだろ、主があまりに奥手でさ。俺には新しい相手なんて見つかりそうもないし、このままじゃあ新しい脱厄術師は生まれてこないかもしれないしな。宿災と脱厄術師の間に生まれるのは、どっちなんだろうな?」
「勝手な想像をするな。そういう間柄にはなっていない」
「なりたいとは、思わないのか? 本当に余計なお世話だけどさ、そういう気持ちがあるとないとでは、だいぶ違うと思うんだよな」

 言葉を切った道行を、深遠は鋭く見据えた。道行の顔には、からかいの色は一切ない。ごく真面目な話をしているといった面持ち。それが深遠を戸惑わせる。

 軽口を叩いて場を誤魔化せる性分ではない。道行の真剣さに向き合わず、黙って場を切り抜けることもできない。深遠は、流れに視線を飛ばし、加速し始めた拍動をなだめながら言葉を紡ぐ。

「彼女に会うたび、己のさだめを思い知る……初めて会ったのは、彼女が生まれて間もなくだ。空間を往来しながらも、できる限り彼女の成長を見守ってきた。だが戻るたびに背は伸び、気持ちは大人びて、この前会った時にはもう、女学生だ……俺も確かに年を重ねているが、彼女の経た年月とは違う。これからも、彼女だけが先へ先へと進む。そしていずれ……俺は、それに耐えて生きていけるほど、強くはない」

 深遠の音が途切れ、川の流れが空間の主役となる。道行は顔を緩め、続いて小さな頷きを見せた。

「口下手のくせに、なかなか上手く心の内を語るじゃないか」
「上手く?」
「ああ。深遠が、どれほど彼女を大切に思っているのか、良くわかったよ」

 道行は、またひとつ、石で放物線を描いた。

「お嬢さんだって、怖いのかもしれないぜ。自分だけが年老いていくっていうのは、俺達とは逆の立場だけど、恐怖は同じなのかもしれない……年の重ね方なんて気にせず、一緒にいられる時は寄り添っていればいいんじゃないか? 数か月でも数日でも数時間でも、一緒にいたって事実が喜びになるんだったら、もうそれでいいんだよ。俺らみたいなさだめの人間には、充分な贅沢だと思うぜ。鷹丸のお嬢さんだって、言い方は悪いけど、普通の人間じゃないんだ。色々と窮屈な思いもしているんだろうしな。だから深遠の立場にも理解があるんだろ? 俺からしたら、羨ましい話だ」

 音を止めた道行は、じっと深遠の横顔を見据えた。その気配を受け取り、深遠は沈黙ののちに、口を開いた。


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