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宿災備忘録 四季 対岸の君と逡巡の季節 春・弐1

「君に、友人はいるのか?」

 麗らかな春の午後。草花の香りをふくむ風の中、並んで小川沿いを歩きながら、深遠は維知香に問いを投げた。維知香は驚いた様子も見せず、軽やかな響きを風に乗せる。

「必要だとは思わないわ。無理に話しを合わせたり、笑ってみたり、悲しんでみたり……そういうの、めんどうだと思うの。ひとりで深遠のことを考えているほうが、よっぽどいい。あちら側で何をしてるんだろう、ちゃんとご飯食べているかしら、戻ってきたら何を話そうかなって。考えることがいっぱいあって、私、けっこう忙しいの。お友達を作ってるひまは、ないのよ……ねえ、深遠は、あちら側にいる時、私のことを考えたりする?」
「この先に茶店があったな。団子でも食べよう。少し腹が減った」
「食べ物でごまかそうなんてずるい!」
「歩いたから、君もお腹が空いただろう?」
「もう……でもいいわ。私もお腹空いてるし……行きましょう」

 維知香は深遠の手を取り、足を速めた。

 風は上機嫌で、維知香の足取りに呼応するように駆け抜ける。鼻をくすぐるような感触に、維知香はくすりと笑いかけ、その表情のまま、深遠を見上げた。

「深遠こそ、お友達いるの? 私、誰も紹介してもらったことないわ。さては、いないんでしょう?」
「友というより、同志と呼ぶほうが相応しいかもしれない」
「どうし?」
「同じ志を持つ者、そういう意味だ」
「すてき! 私、会ってみたい」
「いずれな」

 短い返事に微小の笑みを添え、深遠は維知香の速度に合わせて進んだ。

 深遠が【こちら側】に留まる間、維知香は側を離れたがらない。渋々学校へは行くが、授業が終われば一目散に自宅へ戻り、すぐに深遠のもとへ。何処かへ連れて行ってくれなどと面倒を言う性分ではない。ただともに過ごせれば良い。それだけ。

 一方の深遠は、維知香の真っ直ぐ過ぎる態度に、戸惑いを覚えている。友人がいるのかと問うたのは、自らの感情に従順過ぎるがゆえに、同年代の友ができず、学校で浮いた存在となっているのではと危惧してのこと。案の定、特に親しい友人はいないようだ。そしてそれを、維知香は全く気にかけていない様子。それが、深遠の新たな心配事となった。

「君は、ひとりでいることに恐怖を感じたりはしないのか?」

 茶屋で買った団子を川べりで食べる維知香に、深遠は再び問いを投げた。十歳の少女に投げるには、少々重みのある問いであると理解した上で。


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