見出し画像

宿災備忘録 四季 対岸の君と逡巡の季節 秋・参2

「灯馬に、聞いた?」
「君と友人になったと……とても喜んでいた。ありがとう」
「感謝しているのは私。貴方以外の相手に、あんなに心を開けたの初めて。友達でもあるし、先生みたいな感じもする。宿災のことや脱厄術師のこと、私が知らない、この世の理みたいなことまで、色々知っている。それに、貴方のことも」
「俺のこと?」
「貴方は、あちら側に行っていても、私を気にかけてくれていたんだって……私が危険な目に遭ったら救ってくれと、灯馬に頼んでいたんでしょう?」
「君の行動は全く読めないからな。信頼はしているが、実際とんでもない事態も招いた」
「そうね……あの時以外にも、もしかしたらっていうできごとがあってね。ほら、小屋の窓が割れた時とか……全く自覚はなかったけれど、随分とおてんばで破天荒な子どもだったのかしらって、反省したわ。視点が変わった、っていえばいいのかしら。いろんなところで、いろんな人に守られて生きている……それってとっても、幸せなことなんだと思う。例え相手が、目に映っていなくても」
「そうか………」
「あら、褒めてくれるかと思ったのに。周りに目を向けるなんて君も変わったな、成長したようだ、って」
「勿論そう感じている……ただ言葉にすると、本心に反する気がしてな」
「本心?」
「変化も成長も喜ばしい。だが……不思議なことに、どこか淋しいんだ……可笑しいな」

 言葉終わりに笑みを添え、深遠は維知香に視線を落とす。それを受け取り、維知香はひとつ息を吐く。

「少し、昔の話をしてもいい?」
「昔の?……ああ、構わない」
「私、深遠と会ったのは、赤ちゃんの時よね。貴方が、私に宿りがあることを判断して、私の守護になってくれた……赤ちゃんの頃のことは覚えてないけど、貴方を初めて、深遠っていう人間だって認識した時、黒いなって思ったの」
「黒い?」
「黒い髪の毛に、黒の作務衣。見た目だけじゃなく、気配がなんとなく、夜みたいなだって……なんでそう思ったのかわからなくて、どうしてかなって考えたわ、何度も、何度も……いつの間にかいなくなることも多かったし、もしかして、いつでも闇に紛れて姿を消せるようにかしら、なんて考えたわ……貴方が、鉢植えを残してあちら側に行ってしまった時も、貴方の色は黒だった。だけど、今回戻ってきて、うちに顔を出してくれた時、初めて、違う色が見えたの」
「違う色?」
「おかしいでしょ、色が見えるなんて……なんていうか、雰囲気の例え、みたいなものなんだけど、貴方が少し……変わった気がした」

 深遠は鼓動の高鳴りを覚えた。彼女には隠せない。自分自身にもやはり、隠し通せない。この思いの強さを、闇の中に紛れ込ませることはできない。

「俺は…………」
「なに?」
「……俺は、何色に見えた?」
「赤」
「赤?」
「そう。楓、山茶花、焚火、夕陽……風に揺れる葉のように素直で、冬を彩る花のように鮮やか。静かに燃える火のように温かく、西の空を染める太陽のように力強い……いろんな赤。真っ黒な夜は、どこかにいってしまったみたい。なんだか、びっくりしちゃって」
「そうか……」

 維知香が、自分のことを黒と感じていたことに、深遠は驚きを隠せなかった。闇のように、ひっそりと生きようとしてきたのは確か。それを維知香は、幼い頃に感じとっていた。そして今は、赤だという。胸の内にある思いが、彼女には見えているのだろうか。

「深遠。見て!」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?