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宿災備忘録 四季 対岸の君と逡巡の季節 秋・参3
唐突に。維知香は両手を川面に向けた。穏やかな流れの一部に変化。
水は細い筋となって天を目指す
宙に描かれる螺旋
高く高く 天上にいる月を目指すが如く
水は白い雪片となり 月を抱く円となる
しばし月を抱いたのち
雪は風に乗り 桜の花びらの如く散り注ぐ
美 冷 散
刹那夜空に描かれた絵画に、深遠は圧倒された。呼吸を忘るほどに。何の音も聞こえぬほどに見入り、やっと川の流れと自らの鼓動が聞こえ、そこに維知香の音が加わる。
「驚いた?」
「ああ、とても……なにが、起きたのか……」
「灯馬に教わったの」
「灯馬に?」
「災厄は、祓いを行う同志であるけれど、時には友として、誰かの目を楽しませることにも力を貸してくれるって……ああ、そういうふうに、このこたちと仲良くしていいんだって、一緒に楽しんでもいいんだって……すごく、嬉しかった。宿災であることを、疎んじたりしたことはないの。だけど、楽しいって思ったことも、なかった。でも今は、楽しいの。この気持ちの変化は、私自身、とても嬉しいわ」
深遠が維知香の響きに視線を移すと同時、唇に最後の雪片が触れた。それは確かに雪の温度。それなのに、温かい。
「維知香……ありがとう」
「え?」
「これまで見た景色に、同じものはない。この世の景色とは思えないほど、美しかった……ありがとう」
「どういたしまして。褒めてくれたということは、淋しい成長は、災厄に関するものじゃないのね?」
維知香の紡ぐ、軽やかな響き。馴染みある、少し悪戯な、維知香の笑顔。深遠は今までにないほど、それに目を奪われた。
懐かしい
愛おしい
触れたい
今すぐに
深遠の手は、維知香の頬に伸びていた。白く滑らかなその肌は、唇に触れた雪片の温度に似ている。
「……あれは、君のものだったのか?」
「あれ? あれって、なに?」
目を瞬かせた維知香。深遠は問いに答えず、維知香の唇に己の体温を重ねた。
柔らかな温もり
これまで触れたことのない
維知香の温度
離れ難い
重なる唇に刹那力を込め、静かに離れる。
維知香の体は深遠の胸元へ。その腕は、深遠の背中に回る。華奢な体に似合わぬ、きつい抱擁。それに負けじと、深遠も維知香の体を包み込む。高鳴る拍動を隠さず、愛おしさを隠さず、ただ己の衝動に従い、正直に。
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