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東京と地元のギャップ 

とにかく子供たちがうるさかった。
地元とこれほどまでに違うのかと驚いていた。

私が急に採用されたのは、
1クラスが2クラスになるということからだった。
おそらく急に転入生が入ってきて、
2クラスになることになり、
そこで誰かいないかということになったらしい。

だから元々は1つのクラスであったわけだ。
だから基本的に元々もっていた先生が指揮を取る。
1年目のペーペーの私が出る幕はない。

元々1クラスで1年間きた集団である。
急に2クラスになりました。
新しい先生はこの人です。
となっても子供たちも困るであろう。

というか、困っていたのかどうかは今となっては定かではない。

私が初めて受けもったのは2年生の子たちであった。
そして、人数も20人だったか21人でクラス構成では最低限の人数である。
今考えると初めての先生からしたらこれ程に好条件なことはないのである。
別に初めての先生でなくてもこれは今年は楽だな、と思える人数構成であった。

しかし私はこの1年でとても苦しむこととなる。

とにかく勝手が違った。
地元とは全く違うのだ。

まず先生の言うことを聞かない。
これはこの学年、学級ではなく、
学校全体がこんな感じだった。
それでも後からのことを考えればこの学校は荒れていたわけではない。
おそらく普通か、どちらかというとやりやすい方の部類にあたると思う。

別に外に飛び出していく子がいるわけではないし、
授業を妨害するわけでもない。

至って普通の学級であり学校であったと思う。

それでも自分はこの1年間でとても苦しい思いをした。

地元での先生と、
東京での先生では、
まるで子供たちの反応が違っていた。

自分は去年1年間の補助員としてのキャリアはある。
それがどうしても先生としてのベースとなっていた。
それを元にしてクラスを作り、先生をやろうとしていた。
それが間違いだったのかもしれない。
ただ、経験はその1年と、自分が小学生だった頃のことしかもっていなかった。
今になればそういうこともあるだろう、
普通のことだろう、
何故そんなに悩んだのだろう、
とも思えるが、
当時は毎日悩んでいた。


本当に悩んでいた。

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