これはアートか犯罪か「バンクシーを盗んだ男」
アマプラにある「バンクシーを盗んだ男」を観た。
バンクシーが目の前に「世界一眺めの悪いホテル」を建設したことでも知られる、パレスチナとイスラエルの居住区を分ける壁。そこにバンクシーが描いたとされる「ロバと兵士」があったが、このロバがパレスチナ人を指すとされたことから物議を醸し、ついには住民の1人であったタクシー運転手のワリドが分厚い壁画を切り取りオークションに出した。
ロバはパレスチナでは愚か者をさし、侮辱したとみなされたのだった。
今やバンクシーの作品はオークションに出せばたちまち高値がつく美術市場では価値の高いアーティストの1人。
今作では果たして作品は、誰のものなのかという観点から、この壁画にまつわる人々とグラフィティやアートについての現状に迫る。
現代アート市場はいつからか、投資目的で一部のセレブたちの手によって収集される「商品」の側面を持つようになった。
バンクシーはこういった現状に疑問を呈しているアーティストの1人である。オークションにかかった絵を落札された瞬間にシュレッダーに掛かるよう細工するなど、その批判的な態度がさらに価値を上げるという皮肉な結果となっているのだけれど。
こういった美術市場やオークションの話題になるとふっと疑問に思う。
絵画の価値というのは一体何だろう。
素晴らしい才能に感嘆する、人の心を動かす作品は高い評価を得る、アートにはそれだけではない「何か」が常に蠢いている。そう考えなければ、何千万、何億という価値が一枚の絵に支払われ、やりとりされる現状は凡人にはなかなか理解しづらい。
以前現代アートが置かれている状況を本で読んだときには、一部のコレクターと呼ばれる人たちが自分たちだけの閉じられた美術館で、限られた人たちのみで楽しむように絵を収集していることもある、と書いてあり、それではアーティストは何のために作品を生み出し続けるのか、と疑問に感じた。
もちろん絵を売り、それがお金となり、自分のところに入ってくるようになれば初めて一人前の「画家」になったと自負できるだろう。ただしそれが自分の意図しないところで販売、購入、転売されて行き、その間にどんどん値がつり上がり、絵そのものの価値が不透明になっていったとしたら。果たしてアートの価値はどこにあるのか、アーティストは何のために描くのか迷うだろう。
そもそもグラフィティは、ゲリラ的に街角や壁にアート作品を残すことが主で、それ自体は犯罪だ。ゆえにバンクシーの作品も初期の頃は特に、清掃により消されたり、風化したり、ときにはその上にさらなる落書きを重ねられたり、と今は消失しているものも多い。
価値を持った時から、いつの間にかどこに描かれていようが保護する運動が始まり、今回のように盗んでオークションにかけようというものまで現れる。
壁の所有者が所有を主張したらその人のものになり、もし公共の場だったらそれは公共物となり、そもそもが犯罪であるから撤去しただけだと主張すればそうとも言える。グレーなところを行き来している「価値あるアート作品」であるロバと兵士の切り取られた壁画は、結果的に今はどこにあるのかわからないという話で締め括られていた。
彼がいつから評価されるようになったのかはわからない。ただ彼は批判的な作品をゲリラ的に非合法な場所で発信し続ける。これは商業化したアート界への抵抗であるとも言える。
彼の作品は、彼が設立した独自の認証機関に問い合わせることによって本物かどうかを確認できることになっている。また彼はインスタグラムも活用し、作品を完成させると写真をUPして自分ものであると公開する。彼の関与しないところでそれをオークションにかけるために本物か否か、その価値はいかほどかを議論することが愚かであることを示したいのかもしれない。
ひとたび正式出品されれば高値がつくことになってしまった彼のアート作品。それは内容というよりも「誰が描いたか」に重きを置かれていて、かつてデュシャンが試みたように偽名で出品すれば落選してしまうような矛盾に満ちたものになってはいないか。
絵画は誰がどんな方法で、何を持って評価するのか。この疑問に歯切れよく答えられる人は一体どのくらいいるだろうか。
バンクシーは「ロバと兵士」を持ち去られる前提で描いたのではないか、と想像するものがいた。壁を建設したことへの反発、それは彼の作品が価値あるものだとわかっているからこそ、彼がそこに描けば持ち去るために非合法な方法で撤去されることを想定していたのではと言う推測だ。
ただ、こんなふうにグラフィティ界のスターが出てくると「どうぞ自由に描いてください」と言う壁が出現するのも事実。ただし自由に描いて良いとされている壁に歓迎されて描くものはどんな形を取ろうとも、グラフィティに分類されるべきではない、という人もいる。
複雑な構造で成立するアート。価値ある現代アート人が出揃ってもなお、その異質な存在に一定数の人が熱狂するのも当然と言えば当然かもしれない。
バンクシー展は現在名古屋にて巡回中。日本での展覧会は「自分は関与していない」とバンクシー自身は批判的な立場をとっているそうだけれど、やはり彼の作品を間近で観られるのであればぜひ足を運びたい。(名古屋の次は福岡へ巡回)
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