ほろ苦い初恋
わたしの初恋相手。
ありきたりだけど、それは幼なじみだった。
いつ好きになったかなんて覚えてない。
気づいた時には隣にいて、好きだった。
その恋が当たり前すぎて、
アイデンティティの一部になっていたくらい。
その恋を終わらせてしまったら、
自分じゃなくなっちゃうような。
そのくらい、当たり前に恋に落ちて、
当たり前にそばにいた。
でも初恋は実らないという言葉通り、
もちろん実っていない。
***
幼少期のわたしはまだ怖いもの知らず。
可愛がられて育った、ちょっとわがままな女の子。
ほしいものはなんでも手に入れたかったし、なんでも手に入ると思っていた。
めちゃくちゃ好きアピールして、付きまとって、人生で一番積極的だった。
その男の子を連れ回して、鬱陶しがられていた。
嫌々ながらも結局付き合ってくれるその子が好きだった。
***
エピソードとして思い出すのは、バレンタインデー。それはまだ年長さんの頃。
プラスチックのハートの型に、チョコレートを溶かし込んで。カラフルなスプリンクルやチョコペンで、かわいく仕上げた。
ベタだけど、キラキラした思い出。
「あの人と両思いになれますように」
なんて願いを込めながら、雑誌に載っている恋のおまじないなんかをこっそり実行していた。
今思えばかわいいなあ。
「その恋は叶うことなんてないんだよ」
未来のわたしでも、そんな残酷なメッセージは送れない。
***
けれどある日、ちょっとした事件が起きた。
気が強かったわたしは、好きな人とちゃんばらごっこをしていた。
そこで、手が滑って思ったよりも強くその子の頭を叩いてしまった。
するとその子は本気で怒って、「ごめんね」という間もないくらいの速さで、わたしの顔面を殴り返してきた。
「痛っ」
すごく痛かったけど、泣くほどではなかった。
その時、ちょうどその子のお姉ちゃんが家に帰ってきた。
「え!? 血が出てるよ!?」
わたしの顔を見るなり、驚いた表情のお姉さん。
鏡を見せてもらうと、確かに涙袋あたりにつーっと赤い横線が入って、血が滲んでいた。
お姉さんが両親に電話をして、そのことを伝えると、その子のお父さんお母さんも時期に帰ってきた。
その男の子はこっぴどく叱られた。
最後にはわたしの母も来て、大事になった。
「本当にごめんね」
その子の家族は何度も謝ってくれた。
ほらあんたも謝りなさい、と言われて
言葉だけの「ごめんね」をもらったけど、
その子はどこか不満気に見えた。
でもわたしは「わたしが悪いの」なんて言えなかった。
今でも時々、そのことを思い出す。
胸が苦しくなる記憶。
***
懲りないわたしはその後の数年間も、男の子のことが変わらず好きだった。
けどそれ以来、恋をしてもアタックすることはなくなった。
自信のなさから、好き避けするタイプに変わった。
もちろん年齢もあるだろうけど、今思えばあの事件が無意識にトラウマになっていたのかもしれない。
バレンタインが来ても、父親以外にチョコレートをあげたことはない。
(恋なんかしても意味ないし、好きな人が好きになってくれることなんてない。)
いつしかそんな風に卑屈になって、悲観的になった。
***
こんな感じで、バレンタインの起源みたいに、わたしの初恋はほろ苦い。
温かい場所では簡単に溶けてしまう黒い塊みたいに、いつかこの記憶も形を変えられたなら。
その時はまた、カラフルでキラキラのスプリンクルで彩って。
あなたにハッピーバレンタインを伝えられますように。
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