ルポ若者流出

経営学の巨匠ピータードラッカーは、「仕事とは誰が何を行うかを決めることである」と述べています。

巨匠の格言にならい、SOLOでも誰が何をするかを決めるべく、今週も共同創業者の潤平さんとお話をしました。潤平さんとは、週に一度は話をするようにしています。

ここが経営の難しいところですが、仕事はかっこたるタスクのはずなのに、タスクばかりをしていては、それはそれでうまくいかない。

「タスクに逃げるな…」

とは、皆さんもどこかで言われたか、聞いたことがあるのではないでしょうか。決められたタスク以外のこと、すなわち、現状の事業のみならず、将来の新しい事業の可能性の模索にも時間を使わないといけないのです。

頭では分かってはいる。分かってはいるけれど、具体的にやることを決めると、どうしてもタスクに忙殺されてしまいます。しかも、タスクはやってる感が出てしまうので、なおさら危険です. . .

とはいえ、コーヒーを片手に部屋をうろちょろしても、何も良いアイデアは生まれません。良いアイデアは、新しい知識をインプットしたり、普段おこわない体験をすることから生まれることが多いです。

前回の潤平さんとのミーティングでは、「我々、最近は本を読んでないよね。(新しい知識をインプットしていないね。)ちゃんと我々をアップデートしていこう」という提言がありました。心が痛くなったので、確信をついています。

そして、お互いに本を読むことが「タスク」となった。

タスクなので、さっそく本屋へ向かいました。「読みたい本を選ぶの大変なんだよなー、ビジネス書はなんとなく中身が想像できるし…」などと道中では考えていました。それは、杞憂となりました。

本屋の入り口の「ルポ若者流出」という本が私の目を引いたのです。仕事に関係があるからでしょう。

SOLOで教えている英語資格試験は、海外に行く人たちの多くが受験をするものです。そういった背景もあり、本の題名をみるやいなや、関わってきた人の顔が脳裏に浮かびました。

手に取ってパラパラめくってみると、なんとXでやり取りをした人も登場しているではないですか。帰宅し、さっそく読んでみました。海外移住をされた、10代から40代の人たちのストーリーが、淡々と紹介をされている本です。

登場する人物の、ほとんど全員に共通しているのが「日本の労働環境に関する不満」です。不満は大まかに、以下の3つに分類されるようです。

  • 長時間労働

  • 個の否定

  • キャリアの不透明

1つ目の長時間労働。そのままですね。仕事をする時間が長すぎて、家族との時間が持てないというものです。

以下、本文抜粋:
「残業で遅くなった、ある日の夜。閉園時間だった午後7時30分を過ぎて保育園に駆け込むと、ポツンと明かりがついた職員室で保育士と一緒に母親の迎えを待つ息子たちの姿が目に飛び込んできた。このままじゃいけない」

疲れ切ったある瞬間に、ふと自分を客観視する。そして、自分の生活が理想からはかけ離れていることに気づく、というパターンが多いようです。

2つ目は個の否定。具体的には、自分の価値を認めてもらえない、意見を聞き入れてもらえないというものです。

以下、本文抜粋:
「意見を言ってくださいと言われて、本当に意見を言うと、あの子立てついてくる、と言われてしまう 」
「上の命令だから黙ってやれ」

働いていて、自分の価値が感じられないのはつらいですね。個人の価値よりも、全体の一部としての機能が強い職場文化で、こういったことが特に起こりやすいのかもしれません。

3つ目のキャリアの不透明感。オブラートに包まれた文脈になっていましたが、直接的な表現を使えば、お金に関する不満です。

以下、本文抜粋
「給料は増えないし、ボーナスは年々減っていくで、おかしいなと思っていました」
「先輩社員といい日々一緒に働く中で、キャリアの限界がなんとなく想像できてしまった。自分の将来に希望を感じられず、退職を決めた」

日本はだんだん良くなっているという実感が持てないまま過ごしてしまうと、自分の将来はどうなってしまうんだろう、と感じるのも無理はないでしょう。

このような形で、仕事から生じる将来に対する不安が、延々と書かれていました。特出すべきことは、彼らの移住先の生活もバラ色ではない点です。むしろハードなようにさえ思えました。苦労をしながら、何とか生計を立てている様子が紹介されています。

私自身を振り返ってみると、2011年に日本の大学を卒業しました。卒業してすぐにオーストラリアで就活をしました。なぜ日本で就職をしなかったのか?

あとづけの思い込みな気がしなくもないですが、当時は以下のようなことを考えていたように思います。

  • みんなと一斉に就職活動をしたくない

  • 満員電車に乗りたくない

  • 新卒の給与が低すぎる

  • 残業とかは本当に無理です

日本で働くことがどれだけきついかは、いろんな人から聞かされていました。就職してから、うつ病になった先輩が身近にいたり、自然と日本で働くことに臆病になっていたのかもしれません。

本の内容のとおり「日本の労働市場には希望がない!」という結論になりそうです。しかし、私はここ1年で、日本の労働市場が大きく変化をしているように感じています。

私が大学を卒業したのは2011年のことですし、こちらの本で移住をされた方々も、ほとんどが2010年代のお話です。コロナを終えて、いよいよ日本の労働市場にも、良い意味での大きな変化が起こっています。

  • インフレによる"やっと"始まった賃金の上昇

  • 働き方改革による労働時間の見直し

  • 売り手市場による労働市場の回転率の上昇

  • コロナによるリモートワークへの理解

その程度が十分ではないにしろ、本で紹介をされた移住をした人たちの理由を打ち消すものが並んでいます。海外から日本に帰国をされた方から、「あれ、日本、前より働きやすくなった?」といった声まで私の耳に入るようになりました。

「もう絶対に日本では働きたくねえ...」と労働者に言わしめた、かつての日本は急激に薄れているように思います。

私は会社を経営してるので、一緒に働いてくれる仲間を探さないといけません。優秀な人を雇用し、長期的に働いてもらうためには、

  • 業界の水準より給与が高い

  • 仕事の時間と場所の融通が利く

  • コミュニケーションが取りやすい

このあたりは最低限に担保をしないと、だれも振り向いてくれません。当たり前すぎて、書くのも躊躇するほどです。でも、そんな当たり前のことを、過去30年間は守られていなかったのかもしれません。

カウンセリングでお話しをする方との会話を思い返しても、日本で仕事をしたくないから移住をする、という方は急激に減っているように思います。

人によっては、日本での高待遇を捨てて、移住をすることも珍しくありません。働かれている業界に大きく依存するところではありますが、労働環境を理由にした移住はかつてと比べて減っています。(本当のブラック企業で働いてる人は、移住というところに目を向ける余裕もないという問題は以前からあるかもしれませんけども…)

いま移住を試みている人たちは、特に日本に対して大きな不満があるわけではない。けれど、漠然としたイメージをもって、海外へ行かれる人が多いです。

  • ライフスタイルに"憧れ"ている

  • 海外に住むのは、昔からの"夢"

  • 子供を海外の教育環境で育てて"みたい"

  • 海外で働いてみて、"良さそう"だったら長期で働きたい

なかには、「日本の未来が明るいと思えない」といった、ネガティブなことをおっしゃる方もいます。そういった方でも、一方的に日本の未来に暗澹としているのではなく、主要国のどこもが深刻な問題を抱えていいることは、理解をされています。

数年前まで流行っていた「子供に生きる力を養ってほしい」「子供には主体性をもって生きてほしい」といった、大人都合での移住理由をあげる人なども、あまりおみ受けしなくなりました。

日本において、先ほど述べたような労働市場の変化が続くようであれば、2024年は30年間の長い夏休みから目覚めた日本として記憶されるのではないでしょうか。

あえてそんな日本を離れるのは、どういった人でしょうか。

それらしい聞き手が納得をするような、確固たる不満や目的意識を持った人ではないように思います。ふんわりとした理由だけれど、気軽な移住。もし、生活が合わなかったり、飽きたら日本に帰ればいいよね、ぐらいでしょうか。しばらくは、この流れが加速するのではないかなーと感じています。

日本の人、日本が大好きですしね。(当たり前か...)

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