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海の近くに引っ越し

海と空の美しい、見晴らしの良い場所に引っ越した。

自分が狭く小さくなっているのがわかって、とても憂鬱な日々が続いていた。
何にも心が動かず、どんどん熱が低くなって、冷たく固くなっている私自身が本当にイヤで、思い切って引っ越した。
めちゃめちゃ金がかかった。
貯金通帳を見て、鼻血出た。
体力も消耗した。
でも、家電や家具を買い、食器をそろえ、カーテンをあつらえて、わたしの部屋が出来上がると、気分が良くなった。
この気分の上がりと、わたしが払った金額は、見合っていると感じた。
わたしがわたしの機嫌を取るのには、100万では足らないこともわかった。
他にもいろいろ買い、さらに金がかかった。

狭く縮こまったわたしが少しだけ、手足を伸ばすことが出来ている。
肺の膨らみも、少しだけ戻っている。

海は輝き、鳥がV時飛行で青い空を行く。毎日気持ちが良いのだ。
わたしの周りは、嫌いなモノだらけだったのに、信じられない。
大きく息を吸う。
と、立ち上がったわたしの目に、海と空と、ビルの端がうつる。
そのビルの窓は、全てわたしの部屋に向いている。
24時間稼働しているそのオフィスビルには、常に誰か、いる。
早朝には、夜勤交代なのだろうか、チラチラと人影が見える。あの窓の向こうは、多分更衣室なのだろう。
隣の窓の部屋は、喫煙所のようだ。
さっきから大柄な影が揺らめいている。
ひんやりとした窓を開ける。そして目を凝らす。
柔らかな日差し、青く晴れ渡った空、輝く海、窓の向こうからの視線――。
最高だ。
ああ、気持ちいい。

夜景も抜群だ。
黒い海を、燈火の美しい船が行く。揺れる海に、灯が映える。
海を挟んだ反対側の、都心の煌めきも良い。
カーテンを一杯開けて、わたしは服を脱ぐ。
ビルの窓から視線が集まる。わたしを見ている、絶対に見ている。
だからわたしは裸になる。
「見てもいいんだよ」
ああ、気持ちいい。

今日も寒い。裸だから。
でも気持ちいいから、いい。










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