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『映画に学ぶ』シリーズ/柳原孝敦著『映画に学ぶスペイン語』試し読み

2024年5月24日に川口裕司著『映画に学ぶフランス語』が配本になりました。
試し読みは下のリンクよりご覧いただけます。


■好評既刊『映画に学ぶスペイン語』


今回は『映画に学ぶ』シリーズの記念すべき第一弾となった、
『映画に学ぶスペイン語』(柳原孝敦著)の試し読みです。

著者の柳原さんは、ビクトル・エリセ監督が『マルメロの陽光』のPRで来日した際、通訳を務められ数日同行したのだとか。
エリセ監督は31年ぶりの長編新作『瞳をとじて』を発表し、話題になっていましたね(あのアナも!)。

本書では、『ミツバチのささやき』『エル・スール』も取り上げています。
それでは、試し読みをどうぞ!


■試し読み

はじめに

 映画というのは不思議なメディアだ.文学と親和性が高い(つまり,小説などを原作としているものが多い)はずなのに,往々にして文学のメディアたる本を焼くシーンを見せ場とする.視覚に訴えるメディアだから,スペクタクルを要するのだ.スペクタクルには火はうってつけだ.本が焼かれても,不思議と作家たちは魅了される.一方,映画は視覚に訴えるメディアなのに,観客には見えていないものがある.逆に人の目には見えないはずのものを見せてくれる.視覚を欺くのだ.フレーミング(画面構成),モンタージュ(編集),SFX(特殊効果),それにCG(コンピュータ・グラフィックス)らの成果だ.
 欺くのは視覚だけではない.映画は聴覚をも欺く.音楽が聞こえているはずなのに(BGM)観客はそのことを忘れる.逆に,音楽など鳴っていないはずなのに,BGMが流れているように思うことがある.セリフが発されているはずなのに,そんなものなくても話はわかる.だからセリフは忘れてもいい.映画は本質的にサイレント映画だと言った批評家もいた.そのくせ映画にはいつまでも耳にこびりついて離れないセリフがある.
 映画は視覚と聴覚を欺くメディアだ.だから夢を見るように映画は見られる(暗いところで).映画は夢のメディアだ.夢を表現するのにふさわしいメディアだ.映画が夢を表現するのにふさわしいと言ったのはルイス・ブニュエルだ.ブニュエルの映画は実際,デビュー作以来,多くは夢の表現としてある.ブニュエルの映画は,だから究極の映画だ.
 そんなブニュエルを草創期に輩出し,父として仰ぐことになったスペイン映画が,すぐれていないはずがない.そんなブニュエルが多くの足跡を残したメキシコ映画が,すぐれていないはずがない.それがスペイン語圏の映画にアプローチする際の第一の前提だ.事実,スペインだけに話を絞っても,カルロス・サウラやビクトル・エリセ,ペドロ・アルモドバル,アレハンドロ・アメナーバルらにはブニュエルの息子としての特徴が見て取れる.本書ではこれらの監督のものを複数作品扱っている.参照されたい.
 映画はセリフなんかなくても理解できるもののはずなのに,そこには忘れられないセリフがある.それが外国語ならば学習に役立つはずだ.この信念が『映画に学ぶ○○語』のシリーズの共通前提だろう.実際私も,映画で英語を学び,フランス語やイタリア語に親しみ,スペイン語を習得したはずだった.スペイン語を学び始めて間もないころにビクトル・エリセの日本への紹介がなされたという巡り合わせは,したがって,私にとっては決定的なものだった.そうした巡り合わせを読者の方に経験していただくきっかけとなれるのなら,著者としては幸いだ.
 でも一方で,言語の習得だけを目的とされても,なんだかもったいないという思いもある.映画は夢のメディアだ.夢は多くを教えてくれる.夢が示唆しているものをたどっていけば,文化の総体のようなものが,ぼんやりとではあっても,見えてくるはずだ.それを見せたかったというのも,本書の執筆動機のひとつ.
 本書は2010年に東洋書店から刊行された同名の書の増補復刻版だ.前年までに日本でDVDソフト化されていたものの中から選んだ38本の映画を扱っている.旧版では諸般の事情から34本のみを掲載したが、そこで割愛された4本をこの版では復活させた.時間の経過に合わせて一部文章を訂正したほかにも,旧版出版時に指摘された文法解説の問題点なども訂正してある.しかしながら,さすがに2010年以後の作品を組み込むことまではできなかった.
日本に紹介されDVDやブルーレイでソフト化されたり,近年ではネット配信での鑑賞が可能になったりしているスペイン語圏の映画は決して少なくない(充分とは言えないけれども).読者が本書を足がかりにスペイン語圏の映画の世界へと分け入っていただくことを願う.
 入手困難になっていた本書に新たな生を与えようと尽力くださったのは教育評論社の小山香里さんだ.とりわけ煩雑を極めるはずのこの種の本の編集の労をとってくださったことに対し,感謝する次第.

   2021年8月                    著者

(本文の【目次】につづく)


本の目次

*収載作品を一部抜粋して掲載しています

皆殺しの天使
ミツバチのささやき
テシス 次に私が殺される
苺とチョコレート
チェ 28歳の革命
蝶の舌
海を飛ぶ夢
オール・アバウト・マイ・マザー
オープン・ユア・アイズ
トーク・トゥ・ハー……

著者略歴

柳原 孝敦(やなぎはら たかあつ)
1963年、鹿児島県名瀬市(現・奄美市)生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科教授。
東京外国語大学外国語学部スペイン語学科卒業。同大学大学院博士後期課程満期退学。博士(文学)、専攻はスペイン語圏の文学、文化研究。
著書に、『ラテンアメリカ主義のレトリック』(エディマン/新宿書房,2007)、『テクストとしての都市 メキシコDF』(東京外国語大学出版会、2019)、翻訳書に,アレホ・カルペンティエール『春の祭典』(国書刊行会、2001)、ロベルト・ボラーニョ『野生の探偵たち』共訳(白水社、2010)、セサル・アイラ『文学会議』(新潮社、2015)、フアン・ガブリエル・バスケス『物が落ちる音』(松籟社、2016)、他に『ビクトル・エリセDVD-BOX』各巻の解説リーフレット(紀伊國屋書店,2008)など多数。

■『映画に学ぶ』シリーズ


・新刊!!川口裕司著『映画に学ぶフランス語』

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・川口恵子・川口裕司著『映画に学ぶ英語』

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・山口裕之著『映画に学ぶドイツ語』

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次回は『映画に学ぶ英語」をご紹介します。


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