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夢見たのはどっち?


近未来。仕事はほぼAIに置き換わり、人間の仕事はほぼ無くなった。
残っているのは技術系とクリエーターくらいか。
では一般の人々はどうやって暮らしているかというと、別に普通に暮らしていた。働きたい者は申請すれば、マッチングすれば雇って貰えるし、働きたくない者は働かずにのんべんだらりと日々を消化していた。何故なら<国民保護法>という法律が出来たからだ。
その内容はこうだ
<我が国の国民である限り、最低限度の生活を保障する>。生活保護などとは異なり、<国民全員>が貰えるのだ。貯金するも良し。パーッと使うも良し。申請すれば、追加で貰えるからだ。
そんな訳で人々は安寧の中で暮らしていた。

ここにいる男―楠見勝(くすみまさる)もそのひとりだ。
彼は日がな一日アパートでゴロゴロしている。
VRゴーグルを使えば、一歩も外に出ずとも、買い物も映画鑑賞もゲームも…ありとあらゆる娯楽が満喫出来るからだ。
彼は思っていた。『折角、生活が保証されているのに、こせこせ働くのはみっともない』。また『労働は典雅な趣味のひとつ。俺にそんな趣味はない』とも。

ある日の事だ。珍しくアパートの玄関チャイムが鳴った。宅配便などは、部屋に備え付けの転移装置に送られてくる為、チャイムがなるのは…人が訪ねて来た、という事だ。
―誰だよ…と思いつつ、彼は「どちらさま?」と声をかけた。
無言。だが人の気配は感じる。「どちらさま?」もう一度、今度はやや大きめな声で言った。
と。「すみません…」とか細い…子供の声が聞こえた。「すみません、あの、あの、隣の部屋の中川です。助けて…貰えませんか?」
すがるような声音だった。
扉を開けると、果たして小学校四年生くらいの少女が、隣に小さな子―弟か妹だろう―の、手を引いて、立っていた。
「どういう状況?」と勝は尋ねた。ボリボリと頭を搔く。
「あの…その、お母さんが帰ってこないんです…」
「はぁ?」そんな事、俺に言われても…。
「…俺にどうしろ、と?」
なるべく柔らかく聴こえるように意識して問うた。
泣かれでもしたら、厄介だからだ。
「あの、ほんとに図々しいのはわかってるんです。だけど…」その時だ。少女のおなかの辺りから、キュルキュル、と音が聞こえた。
少女が赤面する。
「あー、腹減ってるのか?」
勝は考えた。母親が帰ってこない…まさか、ネグレクトか?
勝は悩んだ。現在の法律では保護者の許可無しに、子供を部屋などにあげた場合、例えそれが善意―例えば雨宿りの場合とか―であっても、訴えられると逮捕の恐れがあるのだ。
だが―目の前の少女は痩せているのは明らかだった。弟だか妹だかも、しゅんとして元気がない。
勝は決心した。
扉を大きく開けた。
「入れよ。宅配で良ければ、メシ、食わせてやる」

やがて、転移装置に宅配ピザが届いた。出来たてアツアツだ。
もちろん飲み物もある。
姉妹は(待っている間に尋ねたのだ)顔を見合わせてから、勝の顔を見た。
勝が「遠慮なく、食ってくれ。おかわりだって注文すれば来るよ」と言うと、パッと顔を輝かせ、「いただきます!」と声を揃えて言った。
勝は自分のピザにタバスコを振りかけながら、聞いた。
「じゃあ、あれか…理沙と理哉(りや)の母ちゃんは<国民支援カード>持ったまんま、三日?帰ってこないんだな?」
<国民支援カード>とは、身分証明書であると同時に、様々な恩恵―例えば<国民保護法>による支援金を受け取る際や病院受診など―を受ける為に必須のものである。
国民ひとりひとりに割り当てられるものだが、それを持っていなくなった、という。
理沙がこくん、と頷く。
さて、どうしたもんかな?
と勝は考えた。
一番いいのは警察に通報する事だ。
勝が二人を部屋にあげた事は問題視されるかもしれないが、子供が三日も食事をしていない緊急事態なのだ。大目に見てもらえるだろう。
問題はその後だ。警察に届ける。ネグレクト認定される。母親は逮捕、姉妹は施設行き、が妥当な流れだろう。が、理沙は―理哉も―「お母さんを待つ」と言うのだ。
果たして、子供を三日も放置している親が帰ってくるか?甚だ疑問だったが、その日は「帰ります。ピザ、ごちそうさまでした」と言うので、見送った。
「明日もいるから、嫌じゃなかったら来いよ。明日は別のもの、食わせてやる」と言い添えて。

果たして、姉妹は次の日も、その次の日も…一週間連続でやって来た。
合計十日、母親は帰って来ない。
勝は告げた。
「理沙、理哉、お前達は気の毒だが、俺は警察に通報しようと思う。お前らの母さんにも会う早道だと思うんだ」
姉妹は顔を見合わせ…やがて二人揃って、勝の顔を見て、こっくりと頷いた。
警察に通報し、事情を説明した。
通報を受けてやって来た警官が理沙と理哉に話を聞いた。
「お母さんが帰ってきません」と彼女達は口々に告げた。
理沙と理哉は警察から児童施設に保護される事になり、また警察が母親の捜索を開始すると言った。
二人は、勝に「お兄ちゃん、ごはんありがとう。またね」と手を振って、パトカーに乗って行った。

それから更に一週間後の事だ…姉妹の母親の遺体が発見された、と警察から勝に連絡があったのは。
原因は痴情のもつれ。
付き合っていた男が、「子供なんて見殺しにしてしまえ」と言い、姉妹の母親が嫌がると、首を絞めて…。
それを聞いて、勝は瞑目した。可哀想に…。
一週間。たったの一週間、一緒に食事しただけだった。だが…。
理沙の遠慮がちな声音、理哉の無邪気な笑顔、二人には何の罪もない。
―よし。
勝は決心した。

それから一年後。
とある児童養護施設に、一人の男性が職員として、配属された。自動AIの補助員だ。
「今日から、みんなの先生になります。楠見勝先生です!拍手ー」
パチパチと子供達が手を叩く。
そう、勝は実は大学で教員資格を取得していたのだ。
それでも、養護施設で働くには勉強が必要で、一年かかってしまったが。
ここには、様々な事情で親から離れて暮らす子供達がいる。その中に…
「勝お兄ちゃん?」
声をあげたのは理哉だった。理沙はポカンとしている。
「やっ」何となく気恥ずかしかったので、片手をあげて、挨拶した。
そう、勝は自ら望んで理沙と理哉―中川姉妹のいる、この児童養護施設に来たのだ。
―二人とも大きくなったなぁ…。と感慨に耽っていると、理沙がドシンとぶつかって来た。泣いている。
「お兄ちゃん…会いたかった…」グスングスンと鼻をすする。
「まぁ、落ち着いて」とティッシュを渡した。
周囲の子供達から『何事か』と視線が集まる。
「実は…理沙と理哉とは友達なんだ。」と正直に言った。えー?と声があがる。
「大人なのに、子供と友達なの?」
勝は笑顔で大きく頷いた。
「あぁ、大人だけど、友達だ。みんなとも友達になりたい、と思ってる。よろしくな」と言った。

実は…勝も、家庭の事情で養護施設育ちだった。
そこで親切にしてくれた先生に憧れて、頑張って、大学で教員免許を取ったのだ。ところが時代の流れで現場のほとんどがAIに占められている、と聞いた途端、勝の中の何かがしゅるしゅると音を立てて萎んだ。
そうして、最低限で呑気な生活をしていたのだが…
「理沙、理哉、 お前達、夢ってあるか?」とこっそり尋ねた。
理哉が元気よく「ケーキ屋さん!」と答えた。
理沙はもじもじしていたが、やがて「勝お兄ちゃんみたいに、人を助ける仕事がしたい」、恥ずかしげに教えてくれた。
勝は姉妹の頭を撫でた。
「きっと叶うよ! 俺だって叶ったから!」
夢を見るのは素敵な事だ。
その素敵さを伝えていきたい…と勝は改めて思った。あの日の「またね」が自分をここに連れて来てくれたのだから。

#創作大賞2023 #オールカテゴリ部門

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