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「恋するキューピッド」 第17話:鈴木悟

 卓球台は館内の2階にあり、奥に筋力トレーニング室、手前左に卓球台が置いてある卓球広場がある。

 広場は横長で卓球台が左、中央、右の3つある。僕たちが予約したのは中央の卓球台だ。

 卓球台の近くにはベンチがあり、そこに荷物を置き、霞さんもベンチに座る。

 涼風さんは卓球台の前に立ち。僕は涼風さんの対面に立つ。

「じゃあ霞さん。悪いけどそこで1時間程待ってて」
「どうしたんですか霞さん。一緒に卓球しましょう? あれ? 天使さんなんでそこにいるんですか? 座っていてください」
「涼風さん。親密度が上がっているのは嬉しいんだけど、僕の扱いが雑になってきてるよ?」
「諦めて座っていてください」

 霞さんが立ち上がり僕の隣にやってくる。

「……霞さんは卓球できるの?」

 僕は目を細め尋ねる。

「体育の授業でやったことがあるぐらいです。天使先輩、ラケットの持ち方を教えてください」

 僕は施設から借りた両面ラケットを霞さんに渡す。

「ほら、こうやって持つんだよ」

 僕は霞さんの手を持ち、丁寧に持ち方を教える。

「そう。それで打つ時はこう」

 僕は霞さんの腰に手を当て、丁寧にラケットの振り方を教える。

「天使先輩」
「うん? なに?」

 霞さんが僕を見つめる。べつにこれぐらいのこと礼なんていらないのに。律儀だな。

「セクハラです。土下座しましょうか」
「え?」
「天使さん、もう出て行っていいですよ?」

 僕はふたりに冷たい目を向けられる。いや、霞さんはいつも通りだけど。

「ちょっと待って涼風さん! 今のは罠なんだ! ハニートラップだよ!」
「わかりました。最低さん、もういいので座っていてください」
「最低さんって僕のこと? いや今のは仕方がないか。まあ触れたから良しとしよう」
「天使さん? 心の声漏れちゃってますよ? 私本気で嫌になってきたんですけど」
「じょ、冗談に決まっているじゃないか! さてじゃあ、ふたりのプレイを拝見させていただこうかな!」

 僕は急いでベンチに座る。このままじゃあ本当に退出を命じられてしまう。ここは戦略的撤退だ。

 涼風さんが霞さんに教えながら優しく打ち合いをしている。霞さんは不器用だけど、ラケット競技経験者であるからか、ぎこちないがちゃんと打ち返すことができている。

 僕はそれを笑顔で見つめる。

「いやー! 女子が運動をしているっていいよね! 髪が揺れて、かすかに見えるうなじ! 今は春だから長袖長ズボンだけど、夏になったらもっといいだろうなあ! ギリギリ見えるかどうかの脇に、健康的な脚! うん、膝裏とかもフェチズムがあっていいかもしれない!」

「天使先輩は女性をいやらしい目でしか見られないんですか」

「その解釈で合っていると思うよ」
「天使さん、もう黙っていてください」
「はい」

 僕は黙ってふたりの卓球を見ることしかできなくなった。

 僕は今日、ここで何をしているんだ?
 ただ黙ってふたりのプレイを見つめていると突然、僕の横に男が立った。


「天使くん、奇遇だね」


「……えっと、どちら様ですか?」

 僕は男をよく見て観察する。目が隠れるほどの長い前髪に地味な雰囲気。うーん、どこかで見たことがあるような……。

「……え、クラスメイトの鈴木悟だよ」
「あー! 鈴木くんか! 恋愛ゲームが好きな鈴木くん!」

 思い出した。僕とは違ったタイプで恋愛を好んでいる鈴木くんだ。

「ちょ、そんな大声で言わないでよ。隣座ってもいい?」
「ああ、うん。ごめん無理」
「そ、そっか。ごめん。でも驚いた。まさか休日に天使くんと会えるなんて。おれも13時から卓球してたんだ。隣の卓球台で。気づかなかった?」
「僕、女子にしか目が行かないんだ。男はミトコンドリアぐらいにしか思ってないから気がつかなかった。ごめんね、悪気はないんだ」

 僕は申し訳程度に苦笑して手を合わせる。

「……あ、相変わらず清々しいね。今日はデート? おれは弟たちと来て――」
「そう! デート! いやあ、そんなに褒められても照れるなあ」

 僕は頬を染め、頭に手をやる。

「おれの話途中でぶった切ってるし、全然、褒めたつもりはないんだけど……」
「ところで鈴木くんは今日、何しに来たの?」

「あ、いや、だから弟たちとたっ――」

「いやあ、それにしても休日に女子と過ごすっていいよね。一週間の疲れが一瞬で消えるというか、来週も頑張ろうって気になる!」
「おれの話聞くつもりないでしょ? 興味ないなら初めから聞かないでいいから」

「え? 何か言った? ごめん聞いてなかった」

「いやもうまともに会話できないんだけど。はぁ、じゃあ恋愛の話でもする?」
「お、いいねー。恋愛は順調? 青春してる?」

 僕は鈴木くんに笑顔を向ける。

「恋愛の話ならちゃんと会話できるんだ……。うん、まあ。相変わらずリアルではできてないけどね」
「そっかー。せっかくの高校生活、勇気を振り絞って恋愛してみた方がいいと思うけどなあ」
「そんな簡単に言わないでよ。おれは天使くんと違って根暗なオタクなんだからさ……」
「べつに恋愛するのに自分のステータスなんて関係ないんじゃない?」

「え、でも、やっぱり見た目とか重要でしょ」

「それは相手がどう思うかだよ。自分が恋愛するかどうかとは別問題。僕だって自分が完璧だとは思ってないよ。ほら、クラスメイトの久我大地って知ってる?」

「ああ、うん。天使くんの親友だよね」

「僕もあいつに比べたら何もかも劣ってる。でも、それがどうしたって話だよ。自分が恋愛するのに資格なんてないし、モテないからといって付き合えないわけじゃない。て言っても、僕は今まで誰とも付き合ったことないんだけどね」

 自分のかっこ悪さについ、笑ってしまう。
 その様子を見て鈴木くんは驚いた様子で僕を見つめる。

「意外だ。てっきり陽キャのヤリ〇ンだと思ってた」
「ま、男子からしたら僕のイメージなんてそんなもんだろうし、どうでもいいけどね」
「……どうして天使くんはそこまで周りの目を気にせずに突き進めるの?」

 べつにまったく気にしてない訳じゃないんだけどね。

「周りの目より、今目の前にいる好きな人の方が重要だから」

 本当に好きな人がいたら、その人にしか目が行かない。周りを見てる暇なんてない。

「……かっこいいね」
「ああべつに男に褒められても全然嬉しくないからそういうのいいよ」
「ただ思ったことを言っただけなんだけど、言わなきゃよかったって後悔してる」
「鈴木くんは自分に自信がないの?」
「……そりゃないよ。自信があったらもうとっくに彼女作ってる」

 鈴木くんは俯き、自嘲するような薄笑いを浮かべる。

「自信ねー。僕もどうやったら自分に自信を持てるかわかんないよ」
「天使くんも自分に自信がないの?」
「ないと言ったら嘘になる」

 僕は顎に手をやり、冷静に自分のステータスを確認する。

「いやほんとにすごいな。あれなの? 一緒に来てるふたりとは仲が良いの?」
「……ひとりは違うけど、もうひとりとは良い感じだよ。これも努力の成果!」
「……努力。積極的に話してるもんね。おれにはできないよ」
「僕はべつに大したことはしてないよ。ただ好きな人に好きって伝える。本当は誰にだってできるんだよ」

 今は昔と違って身分の差なんてない。好きになることに壁なんてない。ていうか、壁なんてあっても人は人を好きになってしまうものなんだ。

「いや無理だよ。なんていうか、好きな人に告白するのも才能でしょ」
「じゃあ鈴木くんにも才能はあるよ」
「え、おれに?」
「だってゲームとはいえ数々の恋愛を経験してきてるじゃん。ゲームと現実で何が違うの?」

「全然違うよ。ゲームは正しい選択をしていれば必ず付き合える。でも現実はそうもいかない」

「鈴木くんはゲーム得意なんだよね? 鈴木くんぐらいになると100%付き合えるの?」
「いや無理だよ。何度も失敗して、なんとかハッピーエンドにしてる」

 僕はその言葉を聞いてつい嬉しくなってしまい、笑顔になる。

「じゃあ僕と同じだ。僕もハッピーエンドに向かうために何度も失敗してる。ほら、やっぱりゲームも現実と変わらない。僕たち運命共同体だね。だったら、僕にできることは鈴木くんにもできるよ」

 僕は鈴木くんを励ますために肩を叩こうと思ったが、男には触りたくないのでやめた。

「……あ、ありがとう。天使くんに言われると、ほんとにできるような気がしてくる」
「うん。どうでもいいけど頑張って!」
「……どうでもいいとか言わないでよ」

「……あ、鈴木さんですか?」

「あ、う、うん。鈴木です」

 僕と鈴木くんが話しているうちに涼風さんと霞さんは一旦休憩しに来たのかベンチに近づく。

 涼風さんが鈴木くんに声を掛け、それに鈴木くんはぎこちなく答える。

「え? 涼風さん、鈴木くんのこと知ってるの?」
「いやだからクラスメイト。でもそっか……涼風さん、おれのこと認識してくれてたんだ」
「……はい、さすがに」

「ああ涼風さんどうぞ、僕の隣に座って」

「あ、はい」

 涼風さんを僕の隣に座らせる。

「……まじで男女差別すごいな」
「この方は」

 鈴木くんが何か言っているところ、霞さんが鈴木くんを見て僕に問う。

「鈴木悟くん。僕のクラスメイトらしい」
「らしいって……」

 鈴木くんが肩を落としている。

「1年D組の霞霧乃と申します。いつも天使先輩がご迷惑をお掛けしています」

 相変わらず丁寧に頭を下げて自己紹介をする。

「うん? そこはお世話になっていますとかじゃないの? なんで僕、鈴木くんに迷惑かけてることになってるの?」
「天使先輩のことですからどうせ教室で騒いでいるでしょう」
「……うん、それは否定できませんね」
「涼風さん! 僕のことをよく見ていてくれてるんだね!」
「すげえプラス思考だ……。いや、むしろおれが天使くんに迷惑かけたんだよ。まじでお世話になった」

 鈴木くんは恐れ多いと言った感じでなぜだか恐縮している。

「鈴木くん、気にしないでいいよ。僕もうほとんど記憶にないから」
「……けっこう衝撃的なことで強い印象に残っているんですが」

 意外にも涼風さんの中には記憶に残っているらしい。

「何かあったんですか」

 霞さんが不思議そうに首をかしげる。

「なんかクラスの男子と鈴木くんが喧嘩したらしいんだ」

 僕は微かな記憶を頼りに言う。

「天使先輩関係ないじゃないですか」
「……まじで記憶に残ってないんだ。違うよ。おれがクラスのやつにちょっかいをかけられてたところを助けてくれたんだよ」
「天使先輩やりますね。さすがです」

 霞さんは無表情のままガッツポーズをする。

「……あの時は天使さんを見直しました」
「いやあ、それほどでも」

 よく覚えてないけど涼風さんに見直されたみたいならそれでいいや。
 僕は照れて頬が赤くなってしまう。

「ところで天使先輩」
「うん? なに?」

 僕が照れているところ、霞さんに顔を向けられる。

「天使先輩は部活を引退してしばらく経ち、弱々貧弱男になっていると思いますが」
「……は? 急に何を言ってるの?」
「今では教育係だった天使先輩より私の方が強いということです。雑魚先輩」

 僕はつい額に怒筋を立てる。

「不器用過ぎてラケットにボールを当てることすらできなかった後輩が何か言ってるなあ……」
「私は本選ベスト16。あれ、天使先輩の成績は……予選落ちでしたか」

 霞さんは顎に人差し指を当て、首をかしげている。

 この女子、涼風さんの前で何言っちゃってんの……?

「か、過去のことを掘り返して何が言いたいの? 喧嘩を売ってるの?」
「はい、そうです。今、私は雑魚先輩をぼこぼにしたい気分なんです」
「いいじゃないか! こっちがぼこぼこにしてやるよ!」
「では、テニスで勝負をしましょう。あ、テニスじゃ私に勝てませんでしたね。別の競技にしましょう。何がいいで――」
「テニスで勝負してやるよ! 涼風さん! 後輩をわからせくるからちょっと待っててね!」

 涼風さんには悪いがさすがに霞さんにここまで好き放題言われて黙っているわけにはいかない。涼風さんの前で過去のみっともない成績を暴露させられた分の屈辱は晴らさせてもらおう。

「……え、天使さん」
「すぐ戻ってくるから!」

 僕と霞さんは卓球広場を後にし、テニスコートへと向かった。


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