「恋するキューピッド」 第9話:尊敬
長々とした説教は終わった。
ほとんど僕に対する説教だった。
まあ、最初に手を挙げたのは僕だし、仕方がないかもしれない。
ただ、男子生徒も鈴木くんに対して悪いことをしたという自覚があるらしく、それを先生に白状した。
先生は困った様子で、それでも僕が暴力を振るったことを責めた。
ま、先生にどう思われようがどうでもいいし、男子生徒が何を思ってそんなことしたか、それを反省してようがどうでもいいんだけど。
ただ。男子生徒が自分の行いを恥じ、つまんないことをしていたという自覚をしてくれればそれでいい。
いやあ、本当僕は反省していないな。先生に怒られるなんて小学生のころから慣れてるからかな。
説教が終わり、僕と男子生徒は職員室を後にした。
「いやあ、説教長かったね。せっかくの青春時間を奪っちゃってごめんね」
僕は笑顔で男子生徒に言う。男子生徒は苦笑する。
「謝るところがちげえだろ。ったくよ、お前本当に気持ちわりいわ」
「そう? でもこれで少しは反省した? キミがどれだけつまんないことをしてたって」
「……ああ、わかったよ。本当にクソどうでもいいことしてたって。お前にキレられてもしょうがねえって」
「え? 僕はキレてないけど。とにかくさ、イジメなんてやめて恋愛をしようよ。誰か好きな人はいないの?」
「べ、べつにそんなのいねえよ」
男子生徒は頬を染める。おっと、その反応はいるな? なんだ。ちゃんと恋愛していたんだ。じゃあ余計なことしちゃったかな。
「ごめんね、殴っちゃって」
「やっと反省したか。いや、俺も殴って悪かった……」
律儀だなあ。べつに僕に謝る必要なんてないのに。きっと、根は良い人なんだろう。
「さあ! つまんないことはやめて青春を謳歌しようじゃないか! ね?」
「……やっぱお前気持ちわりいわ。もう二度と関わんねえ」
男子生徒は顔を引きつらせ、一歩引く。
「そうしなよ。僕や鈴木くんに構ってる暇があったら別のことにエネルギーを使った方がいい。僕は青春を応援してるからさ」
「お前に応援されても縁起わりいわ。じゃあな」
そう男子生徒は言って鞄を肩に掛け、去って行った。
「よお、問題児」
「あ、大地。まだ残ってたんだ」
大地はふたつ鞄を持っており、僕の分の鞄も持ってきてくれたようだ。
「ほら」
「ありがとう」
大地から鞄を受け取り、ふたりで帰ろうとする。
「あ、あの!」
「うん?」
帰ろうと思ったところで後ろから少し大きな声が掛かった。
あ、鈴木くんだ。
「……あの、天使くん、ありが、とう」
「え? なにが?」
僕は鈴木くんに体を向ける。
「おれの代わりに怒ってくれて、ありがとう」
「なんのこと?」
僕は首をかしげる。
「え」
「それよりもさ! 恋愛ゲームって楽しいの!? やっぱり青春なの?」
「……え、あ、う、うん。でもなんていうか、おれの場合はリアルがクソだからやってるというか、現実逃避というか」
「あー、そういう一面もあるんだね。じゃあさ、現実にも目を向けてみなよ」
「……リアルに?」
鈴木くんは顔を上げ、僕を見つめる。
「僕は恋愛ゲームを否定しているわけじゃないよ? ただ、ゲームは青春時代が終わってもできるでしょ? でも高校生活は今しかない。だったら、せっかくなら現実でも恋愛をしてみてもいいんじゃないかな。誰か好きな人はいないの?」
僕は鈴木くんに近づき、笑顔で問う。やっぱり恋愛トークは楽しい。
「……い、いない。おれなんかが恋愛しても、どうせ意味ないから」
「意味がない? どうして?」
「どうせ上手くいかないし、振られるとか怖いし」
「やってみないとわからないじゃん。振られたら次に行けばいいだけだよ。告白してみないと何も始まらない」
「っ!」
大地が体を硬直させ、小さな声を上げる。
「ん? どうした大地?」
「……いや、なんでもない」
「とにかくさ! 一緒に青春を謳歌しよう! 今しかない時間を楽しもうよ」
「……今しか、ない」
鈴木くんは俯きがちになり、呟く。
「ま、鈴木くんがどう過ごそうと僕にはどうでもいいけどさ。恋愛は楽しいよって、ただそれを伝えたかっただけ。こんなこと僕が言わなくても鈴木くんはわかってるか」
「……本当に天使くんはすごいね。尊敬するよ」
「僕に尊敬できる要素なんてないと思うけど」
僕ほど恋愛で失敗し、こうして先生に呼び出されて怒られている僕のどこに尊敬する要素があるのやら。
「あの、よかったらおれと連絡先交換しない?」
「ああ、それはいいや」
僕はキッパリと断る。
「え、そんな……」
「空。そんな冷てえこと言うなよ」
大地はそう言って勝手に僕の制服のポケットからスマホを取り出し、鈴木くんと連絡先を交換する。まったく、余計なことしやがって。男子の連絡先なんてもらって何の意味があるんだよ。
「あ、ありがとう。それじゃあまた明日」
鈴木くんは大地と僕に礼を言い、頭を下げ、去って行った。
「じゃ、帰ろうか大地」
「空、メック奢れ」
「なんでだよ」
「今日はハンバーガーの気分なんだよ」
「前に奢ったばかりだろ。今日は割り勘ね」
「はぁ、仕方ねえな」
大地はため息をつく。
「なんでお前が呆れるんだよ。むしろ、余計なエネルギーを使った僕に奢ってほしいくらいだよまったく」
「あ、そういや朝比奈がお前に感心してたぞ」
「……あっそ。だからなに?」
「お前が羨ましいよ」
大地が微笑を洩らしながらそう呟く。
「……それはこっちの台詞だよ」
その後なぜか僕は大地に首を絞められ、僕はギブアップしてタップした。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?