「恋するキューピッド」 第1話:太陽
翌日、始業式の日が来た。僕は登校し早速、下駄箱前のガラスの扉に貼られているクラス表を見ている。
「さてさて、誰が同じクラスかな」
「よっ!」
「おっ」
僕が自分のクラスメイトを確認していると突然、肩に腕が回された。
「……大地。びっくりしただろ」
「今年も同じクラスだな」
女子が向けられたらキャーと黄色い歓声が上げられそうな輝かしい笑顔を僕に向けてくるのは僕の小学校からの幼なじみで腐れ縁の久我大地だ。
大地はイケメン高身長。文武両道で異性からモテまくっている外道だ。滅びろ。
「いい加減、裏で工作されているんじゃないかと思うぐらい同じクラスだな。大地、僕のこと好きすぎだろ」
「両想いだな」
「気持ち悪い離れろ」
肩に回された腕を離す。
再びクラス表を見て、僕と大地が2年C組だということがわかり、割り振られた下駄箱に靴を入れ、教室のある3階へと向かう。
「今年も朝比奈と同じクラスだな」
大地がニヤニヤしながら僕に言う。
「うるさいな。どうでもいいだろ」
僕は苦虫をかみつぶしたような表情になり、実際に虫を食ったかのような気持ちになる。
僕と大地は2年C組の教室に入り、辺りを見渡す。
「で? 次の恋愛相手は見つかりそうか?」
「うーん、そうだなー。僕的にはあの子が気になる」
「どいつ?」
「あの子」
僕は教室右前ら辺の席に座る子を指さす。
「ありゃ誰だ?」
「元1年A組、涼風紫雲さん。身長157センチ。趣味は読書。好きな食べ物はパフェ。嫌いな食べ物はチーズ。誕生日は4月16日。牡羊座。血液型はA型」
「……なんでそこまで知ってんだよ。去年、別のクラスだろ」
大地は顔を引きつらせている。
「僕の情報網を侮るな。気になる相手のことは何とかして調べる」
「気持ちわりいし、あと、気持ち悪い」
「2回言うな。よし決めた。次は涼風さん、あの子だ。そうだな。涼風さんの趣味は読書ということだからふたりで本屋デートをしたり、一緒に図書館で勉強したりするのもいいかもしれないな! それに好きな食べ物がパフェときた! だったらやることはひとつ! 有名パフェ店に行ってふたりでパフェをあ~んとかしあったり――」
「ホント、お前は節操ねえよな」
「節操ないとか言うな! 立ち直りが早くポジティブだと言え!」
「そういや春休み前に好きだったやつはどうなったんだよ?」
「あ? 嫌なことを思い出させるな」
「振られたんだな。ドンマイ」
大地は僕が春休み前に好きな人がいて、春休みに誕生花を持って告白することを知っていた。
彼女ができたと自慢してやりたかったが、生憎、その子は僕の連絡を2日越しに返信し、その間ずっと眠っていた重篤な女子生徒だったため告白すらできなかった。というか実質振られている。
「さて、まずは挨拶からだ」
僕は涼風さんの席へと足を運ぶ。
「お、おい。ホント、お前の行動力は半端じゃねえよな」
僕とあと、なぜか大地まで付いてきて涼風さんの席の前に行く。涼風さんは本を読んでいた。
涼風さんは赤い眼鏡をしており、長い黒髪はおさげにしている。一見地味に見えるが、眼鏡を外したら意外と顔は整っている。
「おはよう、涼風さん」
「えっ……」
涼風さんは驚いた様子で体を跳ねらせ、本を閉じ僕を上目遣いで見てくる。
「僕は元1年F組で、今年、涼風さんと同じクラスになった天使空って言います。よろしくね」
「ちなみにオレは久我大地。よろしくな」
僕と大地は挨拶し、涼風さんに笑顔を振りまく。涼風さんは戸惑っている様子だ。
「いきなりで驚かせちゃってごめんね。僕、涼風さんと仲良くなりたいと思って。よかったら連絡先交換しない?」
「は、はぁ……い、いいですけど」
涼風さんは鞄からスマホを取り出し、僕とLINGのIDを交換する。
よし、第一段階クリアだ。
「あ、じゃあせっかくだしオレもいいか?」
「はぁ」
大地が涼風さんに言い、僕と同じように連絡先を交換する。僕はその様子を観察する。
ふーん、大地に対しても僕と態度は変わらないんだな。普通、イケメンに迫られたら多少、動揺するはずなんだけど、その様子はない。
この感じだとおそらく涼風さんは恋愛自体にあまり興味がないパターンかもな。だとしたらまずは恋愛を意識させることから始めた方がいい。
僕が分析している間に大地と涼風さんは連絡先を交換し終える。
連絡先が交換し終わり、少し沈黙が訪れる。
「じゃあそういうことで。1年間よろしくね」
「よろしくな」
「……は、はい。よろしくお願いします」
まずの挨拶が終わり僕と大地は自分の席へと向かう。席は出席番号順で決められており、僕は教室の一番左前。
そしてなぜか大地は僕の隣の席。僕と大地は席に着く。
「運命感じちゃう」
「気持ち悪いやめろ」
大地は胸に両手を当て頬を染めている。僕はため息をつく。
大地がそばにいると面倒なんだよな。大地に群がる女子が僕の席を占領する。
休み時間ギリギリまで占領するため僕は居場所がなく、かといって女子が離れるまでどこかで待機しているのは癪なので話の輪に無理やり入る。
そういうところで情報収集しているのだ。
あ、ちなみに話の輪に無理やり入った時は当然、女子たちには露骨に嫌な顔をされるよ?
でも振られているわけじゃないからセーフなんだ。
愛の反対は無関心であって嫌悪ではない。嫌悪されている時点で興味を持たれているようなものだ。
つまり、みんな僕のことが好きだってことだ。
まあそういう意味では大地がそばにいるのはプラマイゼロと言ったところか。
僕は窓にもたれ、教室を見渡す。
「お、さっそく趣味の人間観察か?」
大地が僕の机に腰を落とし、僕に笑いながら問うてくる。
「趣味じゃない。情報収集だ。あの子は彼氏持ち。あの子と、あの子も。それであの男子は積極的に女子に話しかける。僕のライバルだ」
「よく知ってんなー」
「必要な情報はすべて手に入れてる。彼氏持ちの女子に手を出したりしたらろくな目に遭わないからな」
「あー、彼氏持ち事件な」
大地は苦笑している。
僕は過去の経験から彼氏持ちに手を出してはいけないと身に染みて知っている。
僕が中学生の頃、まだそんなことを意識しないで告白をしていた時期があった。
偶然、僕が好きだった子には彼氏がいて、アプローチしたら彼氏にぼこぼこにされた。
しかも、彼氏持ちに手を出す最低野郎のレッテルを張られた。
それ以降、気になる女子だけではなく、その周りを調べるようになった。そしてその調べる範囲は広がり、今では学年の情報を手に入れるまでに至った
僕が大地と他愛のない話をしながら情報収集しているとひとりの女子生徒が近づいてきた。
「げっ」
僕は顔を顰める。
「お、朝比奈じゃん。おっす、今年もよろしくな」
「おはよー。天使くん、久我くん。天使くん、人の顔見てその反応は酷くない?」
大地は女子に挨拶をし、その女子は僕に苦言を呈する。
その女子の名前は朝比奈陽花さん。去年、僕と同じクラスで男女問わず人気者の美少女だ。
髪は根元が暗い茶色。毛先につれて明るい茶色になる。長い髪は背骨まで届き、前は自然に横に流し、もみあげ、いわゆる触角といわれているサイドの髪が長く、鎖骨まで流れている。
また、耳に髪をかけ、後ろで結んでいる。前髪にかかる眉毛は太くなく、細くもない絶妙な細さでその下元にある大きな瞳はこれまた綺麗な茶色をしており、まつ毛が上下ともに長い。血色の良い肌は薄い肌色。
鼻が高く、綺麗な形をしている。妖艶な雰囲気を醸し出す小さな唇は艶やかなピンク色をしており、口を開くと真っ白で整った歯が見える。
普段笑う時は口元に手を添えているのでよく見えないが、笑顔でいることが多いので必然的にちらりと見えるときにはこちらはついドキリと胸が高鳴る。
ふんわりとした雰囲気を持っており、所作も柔らかい。動いた際に揺れるスカートは紺色と灰色のチャックで膝上8センチほどだ。
その8センチから見える太ももは白く細い。その白く美しい天の川のような脚先には黒い靴下を履いている。
当然、上履きは一切の汚れがない。
とても清潔感のある子だ。胸は推定Dカップ。紺色の制服で、鎖骨ら辺にある赤いリボンのもとには膨らみがあり、つい目線がそこにゆく。
まあつまり、雰囲気、見た目、性格、あと色々が柔らかそうな美少女だ。
どうしてこんなに詳しく彼女を知っているかって?
当然、僕は美少女が好きだからだ。いや、男子たるもの美少女は好きだろう。
男子からの異論反論は認めない。美少女だから当然、彼女のことは色々とチェック済みだ。
「…………」
僕は朝比奈さんを無言で見やる。
「天使くん、私の全身を無言で見てどうしたの? もしかしていやらしい目で見てる?」
「…………」
「無視? ひどいなぁ。失恋副会長くん」
「……その名前で呼ぶな」
ただ彼女には唯一欠点がある。
それは、僕を振ったということだ。
僕が高校1年生。ちょうど1年前、絶世の美少女を見つけたことに興奮し、欲望のまま始業式が終わって帰る途端、僕は朝比奈さんに声を掛け、告白した。そして、見事玉砕した。
それから僕は朝比奈さんにアプローチすることをやめた。
僕のモットーは一度振られたら二度と告白しない、アプローチしないというものだ。
だから、話しかけることもしない。
それにも関わらず、朝比奈さんは僕に話しかけてくる。しかも、自分が振ったことなんてなかったかのように自然に話しかけてくる。
悪意がないのはわかっているが、それでも僕のモットーがある以上、必要以上に話すのはナンセンスだ。
たしかに彼女は社交性があり、どこのグループに属する訳でもなく誰とも気さくに話す。僕だけじゃない。それをわかっていても普通、振った相手に話しかけるか!?
気まずすぎるんだよ! どんな態度で話せばいいんだ!
……わかってるよ。どうせ僕の友人、大地が目的なんだろう?
大地と仲良くなるために僕に近づく女子は少なくない。というか多い。鬱陶しい。
大地に好かれたいなら僕を介さず直接アプローチしろよ! それが男だろう!
いや、みんな女子だけど。
僕はそんなせこいことはしない。一度心に決めた相手には直接アプローチする。そんな僕からしたらこんな回りくどいアプローチをしている人間を見ていると腹が立つ。
ちなみに朝比奈さんが僕に言った『失恋副会長』というあだ名は僕の代名詞と言って過言ではないあだ名だ。
僕はとある事情で生徒会副会長をしている。そしてそれがきっかけでこんな不名誉なあだ名がついている。
くっ、嫌なことを思い出した。
「今、空は新しい恋に向かって猛進してんだよ。そんで、ついでに他の女子にもいやらしい目を向けて観察している最中」
「大地! 余計なこと言うな!」
「はぁ、相変わらず天使くんは節操がないねー」
朝比奈さんは大げさにため息をつく。
「節操がないとか言うな! 僕はただ純粋な目で女子を観察しているんだ!」
「女子を観察していることは否定しないんだね。そういうの結構、女の子はわかるんだよ? 現にほら、一部の女の子がこっち見てる」
教室中央奥に4人で集まっている女子集団がこちらを怪訝そうな目で見ている。
僕は彼女たちに笑顔で手を振る。
「どんな目で見られてるかわかってる? なんでそんな笑顔で返せるの? 天使くんは鋼のメンタルなの? うん、まあそれは知ってるけどさ」
「どうせ僕のことなんて見てない。見られてるのは大地、お前だ」
「え、オレ?」
大地は不思議そうに首をかしげる。こいつ本当にわかってないのか。
「そうだ。一部の女子は僕とお前が話していることに不満なんだよ。僕に嫉妬しているんだ」
「たしかにそういう子はいるね。なんであんな変人が久我くんと話しているんだーってね」
「朝比奈さん? さりげなく僕を侮辱するのはやめてくれない?」
「変人なのは事実でしょ? 少なくとも2年生と3年生は天使くんをそういう目で見てるよ。あ、新1年生も入ってくるから、今度はそっちに手を出すの? 最低だね」
朝比奈さんは笑顔で僕にそう言ってくる。
この女子なんなの? 僕のこと嫌いすぎじゃない?
「はっ! 今さら朝比奈さんにどう思われたって構わない! 新1年生に手を出すのも僕の自由だ! くくくっ、そうか。1年生がいたか。僕の可能性は無限大だ!」
僕は両手を広げ、天井を見上げる。朝比奈さんは呆れた表情をし、大地は苦笑している。
「お前な、涼風はどうしたんだよ」
「もちろん彼女にする。なんとしてもね。だが、万が一、億が一振られた場合の最悪の未来を想定しただけだ。ま、その想定は無意味なものだけどね!」
「どうしてこう天使くんはポジティブなの?」
「さあな。病気なんだろ」
「そっか。病気なら仕方がないね。お大事にね」
ふたりは訳の分からないことを言って納得している。
「僕を病人扱いするのはやめて? ていうか、そういうふたりこそ彼氏彼女いないだろ。僕に偉そうに説教する権利はない!」
「うわあ、女子にそういうこと言っちゃうんだぁ。友だちに天使くんの嫌なところを言っちゃおう」
「やめて! これ以上僕の株を下げるようなことしないで!」
「株が下がってる自覚はあるんだな」
「株は下がってる時が買い時だ。つまり、僕は人より有利なんだよ」
「……なんだその理論」
「こんな人が次の生徒会長候補筆頭なのが心配でしょうがないよ。この学校、どうなっちゃうんだろう……」
大地は右手で頭を押さえており、朝比奈さんは憂いている。
「まあふたりはいいよね。引く手あまたで、いつでも交際相手を作ろうと思えば作れる。忌々しい……。なんでふたりは付き合わないの?」
「私は好きな人がいるから」
朝比奈さんは体を横に揺らし、嬉しそうに言う。
「へ、へぇ……」
一度振られたとはいえ、もともと好きだった人が他に好きな人がいるということを聞かされるのは精神的にくるものがある。べ、べつに未練がある訳じゃないんだからね!
「オレも同じく。オレは空と違って一途だからな」
「お前はいい加減付き合え。お前が女子を振ったらなぜか僕が八つ当たりされることがある」
ただでさえ僕が大地と一緒にいることに難色を示す女子がいるんだ。あんたが邪魔さえしなければ付き合えたのに! と言いがかりを受けたこともある。
一部では僕と大地でできているという疑惑も立っている。本当に迷惑なんだよ!
「さすがにその八つ当たりには私も同情するよ。どう見たって天使くんと久我くんじゃ釣り合わないのにね」
「ふっ、よくわかってるね」
たしかに僕と大地じゃ釣り合わない。大地なんかが僕に見合う訳がない。
「たぶんだけど、私の言ってることを曲解してるよね? 自分の立場を考えて」
「それはどういう意味かなぁ? 朝比奈さん?」
僕は額に怒筋を立てる。
いやわかってるよ。僕の方が釣り合わないんだろ? でも、僕は大地よりも交際相手を愛する自信がある。どこからくる自信があるかわからないけど、そんな感じがする!
「まあまあふたりとも。仲が良いからってそんな喧嘩するなよ」
「久我くんは私と天使くんの仲がいいように見えるの? 大丈夫?」
「オレはいたって大丈夫だ。大丈夫じゃないのは空だ」
「そうだったね。ごめんね久我くん」
ふたりは楽し気に話している(僕の悪口で)。
いつもふたりは楽しそうに話している。結局、朝比奈さんは大地が目的で近づいているんだろう。大地だって朝比奈さんのことを悪く思っていない。もう、いっそのこと――
「いっそのこと、ふたりで付き合えばいいのに」
「は? 何言ってんだよお前」
大地は笑って僕の頭を叩く。
「そうだよ。私は久我くんのことなんて好きでもなんでもないから」
「朝比奈? なんかちょっと棘ないか?」
「やーい振られてやんの。ざまあみろ大地。僕の苦しみを味わったな兄弟」
「うっせ」
大地は僕の首を絞める。僕はタップしてギブアップする。
ちょうどその時に予鈴が鳴った。
「とにかく、今年もよろしく。ふたりとも私と仲良くしてね」
朝比奈さんはそう言って笑顔を僕たちに向け、手を振り、自分の席へと戻ってゆく。
「はぁ、まったく朝比奈さんはなんなんだよ」
「お前と話していて楽しいんだろ。お前を見てたら飽きないからな」
そう言いながら大地は自分の席に着く。
「僕はピエロじゃない。いつでも真剣で真っ直ぐな人間だ。面白がられる要素なんてない」
ていうか、僕と話していて楽しいなら僕のこと振るなよ。
はあ、朝から疲れた。でも、とりあえず涼風さんの連絡先を手に入れるという目的は達成された。ここからだ。どうやって攻めるか。
僕が色々と頭の中でシミュレーションしているうちに担任の挨拶が終わり、始業式も終わった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?