見出し画像

「恋するキューピッド」 第22話:つまらない人生

 4月16日。

 おれは今日も特に大したこともなく、授業を適当に受け、休み時間はゲーム、昼休みはひとりで総菜パンを食べ、午後も適当に授業を受け、いつも通り、ほんとに大したことない1日を送っていた。

 帰りのホームルームが始まり、やっと帰れるという思いで少し気分が明るくなった。

 さっさと帰ってゲームしたい。あまりこの教室にはいたくないんだよ。

 今はもうちょっかいをかけてこなくなったがおれをいじってきた奴は相変わらず毎日うるさく話しているし、このクラスメイトの中に天使くんに酷い仕打ちをした人間もいる。気分が悪い。

 おれとは正反対な人間の久我くんは良い人だけど、相変わらず女子からモテていて、見てるだけでギャルゲをやっている自分と比較してしまい、自分のダサさを感じてしまう。

 そんな嫉妬みたいな感情を抱く自分の小ささに嫌になる。

 天使くんも相変わらず積極的で、明るく、楽しそうに毎日過ごしている。

 そんな天使くんを見ると、友だちだと言ってくれたにも関わらず、そんな風に思えず、やっぱりすげえや、おれとは全然ちげえやと思ってしまって、天使くんが主人公で、おれはそんな主人公の友だちなんかじゃない。

 単なるモブキャラなんだよなと卑屈になってしまう。

 そんな主人公、ヒーローである天使くんを見て自分の不甲斐なさを感じてしまう。

 そして何よりもおれはクラスメイト、涼風紫雲さんに振られている。

 おれを振ったということは誰にも言わずにいてくれているみたいだけど、それでも気まずい。

 全然そんなことないのに、自意識過剰だってわかっているのに、涼風さんを見ていると自分が否定されているような気持ちになってしまう。

「……おれ、どんだけひねくれてんだよ」

 あまりの自分の馬鹿さについ自嘲が漏れてしまう。
 まあいいや。この辛い生活も1年すればまた変わる。3年生になればまた環境が変わる。

 つっても、おれのことだからまた環境を言い訳にして周りを否定してひねくれた性格のまま高校生活を過ごし、なんもなく卒業して、適当に大学行って、適当な大学生活を送って、適当に就職して、適当な人生を歩んでゆくんだろう。

 あー、ほんと、つまんない人生だよな。おれの人生。

 何か良いことないかな。
 帰りのホームルームで担任がいつも通り、注意事項というか、連絡みたいなことをしてホームルームが終わりそうになる。

 さてと、今日も終わり。そして明日も適当に終わり。この繰り返しっと。

 すでに今日の学校が終わった気でいると、突然、席から立ち上がる音が聞こえた。

「はい! 先生すみません! ちょっといいですか!」

 席から勢いよく立ち上がり、ぴんと真っ直ぐ腕を伸ばし元気に声を上げているのは天使くんだ。

 なんだ? 何してんだ?

「おお、どうした天使」
「今日は特別な日なんです! だから、この場で盛大にやっちゃいたいんです!」

 やっちゃいたい? 何を言ってんだ?

 頬杖をついていた手が離れ、目を見開き天使くんを見やる。

 天使くんは鞄を持って教壇に上がる。そして鞄から何かを取り出している。

 なんだ? あれは、花?

 ……花。おれは去年の生徒会選挙のことを思い出す。

 たしか、去年の生徒会選挙の時も天使くんはいきなり花を取り出した。そして、そのまま生徒会長に告白していた。


――――告白?


天使くんが告白? 今? ここで? 誰に?


――いや、わかってる。天使くんは今、涼風さんに告白しようとしているんだ。
 
 ガダンッ!
 
「あっ」

 思わず立ち上がってしまった。勢いで椅子は倒れ、クラスメイトの視線は天使くんからおれに移る。天使くんも何事かとおれを見つめている。

 い、今から、天使くんは、涼風さんに告白するんだよな。
 そうなったら、そうなったら――

「天使くん待って!」

「……鈴木くん?」

 ダメだ。何してんだおれ。ヒーローで、友だちだって言ってくれた天使くんの晴れの場で何してんだ。なに邪魔してんだよ!

 邪魔してるって自覚してる。まじで自分の行動が訳わからない。
 ……でも、動いてしまった。

 天使くんが前に進むところを見た瞬間、おれは腹の底がじんわりと痛くなった。

 いてもたってもいられなくなった。

「待ってくれ!」

 何言ってんだ。待ってもらってどうするんだよ。その先の言葉なんて思い浮かばない。

 おれは何がしたいんだ。何をしているんだ。

 おれは、おれは――

「鈴木くん」

「……え」

 天使くんはおれを真っ直ぐ見つめ、そして微笑んでくれた。少し寂しそうに。

「キミの気持ちがわかった。やっと僕は、人の気持ちを理解することができたよ」
「……なに、言ってんの?」


「言ってごらん。自分の気持ちを、勇気を振り絞って言ってごらん」


「……お、おれの、気持ち」
「うん。僕にできることは、キミにもできる」

 天使くんは強く頷いてくれた。ただ天使くんの手は震えていて、花を強く握っていた。

 天使くんのようなヒーローにできることが、おれにもできる……?

 ……できるのか。おれなんかに。いや、そもそもそんなことしたいのか?

 おれは天使くんの邪魔をしたいのか。違う! そうじゃない!

 でも、このまま何もしないでつまんない人生を送りたいのか。それは……もっと違う!

 おれ、本当はモブキャラなんかになりたくない! 主人公になりたい!
 ただヒーローを眺めている友だちで終わりたくない!

 おれは――天使くんに負けたくない!

 おれは天使くんに向かって頷き、そして涼風さんに体を向ける。

「……お、おれは」
 
――じゃあ僕と同じだ。僕もハッピーエンドに向かうために何度も失敗してる。

 天使くんの言葉を思い出す。
 そうだ。自分の幸せを掴み取るためなら、何度失敗してもいいんだ!

 それを天使くんから教わったんだ! 天使くんが背中を押してくれたんだ!

 だったらおれにできることなんてひとつしかないだろ!

「お、おれは……」

 なにが、あーあ、つまんない人生だ、だよ!
 何か良いことないかな、ってなんだよ!
 つまんない人生を歩んでゆくんだろう、じゃねえんだよ!

 最高な人生を掴み取れるのは自分しかいないだろ!

 何度失敗したっていい! それでも何度でも、何度でも立ち上がってやる!


 おれは、諦めない!


 大きく息を吸い、全身全霊を込める。


「涼風さんのことが好きだああああぁぁぁ! おれと付き合ってくださああぁぁぁい!」
 

 教室中におれの叫び声が響き渡る。大声の出し過ぎで頭がくらくらする。酸欠だ。

 でも、ちゃんと今度は涼風さんに向かってちゃんと気持ちをはっきり言えた。

 これで、もう悔いはない。
 涼風さんは驚き目を開いていた。しかし少しして席から立ち上がり、僕に体を向けた。


「……はい。私でよかったら、お付き合いしてください」


「…………え?」

 なんて言ったか聞こえなかった。

「私、涼風紫雲でよかったら、鈴木悟くん、私とお付き合いしましょう」
「い、いいの?」
「はい」

 涼風さんは笑顔でそう言ってくれた。
 しばらく教室は沈黙になった。長い時間だった。そして――

「うおおおお!」「ひゅーひゅー!」「おめでとー!」

 教室中に歓声が湧き、拍手に包まれた。

 そしてクラスメイト達が立ち上がり、僕のそばにやってきた。そのまま肩や背中を叩かれ、色々と、多分、称賛してくれていた。そのままその勢いでクラスメイト達に胴上げされた。

 胴上げされている中、おれの視線は教壇にいっていた。


 …………天使くん、天使くん、天使くん!
 

 天使くんはすでに、教室からいなくなっていた――。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?