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「虹の音色」 第22話:負けない

 パララランッ。
 
 ご飯を食べ、ベッドで横になりながらボイスアプリ『ヒアリス』を開き、うらりん、霞ヶ浦さんの新しい台詞が配信されていないことにがっかりしていると、コールフレンド専用の携帯電話が着信した。

「おっと」

 今回も2コール程で出た。
「はい、こちらコールフレンドの桜川と申します」
『桜川さんですか?』

 このエメラルドグリーンで、高校生ほどの声。
 石岡くんだ。

「はい、石岡さんですね?」
『よくわかりましたね』
「少し耳が良いので。どうしましたか?」
『耐えられませんでした』

 耐えられなかった。また、石岡くんはお母さんに何か言われてしまったのだろう。

「それは、つらかったですね」
『つらかったです。でも、スッキリしました』
「? スッキリした?」
『吐き出してやりました。全部。母に、先生になることを叫んでやりました』
「っ!? 大丈夫でしたか?」

 僕はベッドから立ち上がる。これ以上、お母さんからの反感を買ったら石岡くんの将来に大きなリスクになる。

『もう散々でしたよ。罵声の嵐です。でも、ボクはそれでも諦めませんでした』
「頑張り、ましたね」

 どれだけの勇気が必要だろう。リスクがあることは石岡くん自体が一番知っていることだ。その中でも自分の意思を貫き通すなんて。

『桜川さんのおかげです』
「僕の?」
『桜川さんが、ボクに勇気があるって、夢に向かって一緒に進める仲間だって言ってくれて、一緒に頑張ろうって言ってくれたから、頑張れたんです』
「……ありがとうございます。そんな風に言ってもらえるなんて思っていませんでした。……それで、お母さんはなんて?」
『怒って、泣いて、怒って、それでもボクの思いをぶつけて渾身の土下座をかましたら、父さんも仲介してくれて、それで、最終的には母に勝手にしろって言われました』

 勝手にしろ、か。それって結局、成功したということなのだろうか。でも、それでも――

「よく頑張りましたね」

大声で称賛したい気持ちを抑えた。

『一人暮らしをしたいと行ったときは、父さんに止められたので、今はまだ実家で暮らそうと思います』
「そうですか。それも、勇気のある決断だと思いますよ」
『ありがとうございます。ボク! これから何があっても先生になります! たとえ親に援助されなくても、突き放されても、それでもボクは! 先生になります!』

 今までで一番明るい声で彼はそう言った。

「素晴らしいです。一緒に、頑張ってゆきましょう」
『はい! 桜川さんも親との確執、頑張ってください』
「実は僕も、石岡さんに勇気をもらって、ちょうど僕の意思を貫き通してやったところなんです」
『そうなんですか!? 大丈夫だったんですか!?』
「ええ、ちゃんと受け入れてくれました。ありがとうございます。こうなったのも、石岡さんのおかげです。人の心を動かす、その力、先生に向いてると思いますよ」
『あ、ありがとうございます! 頑張ります!』

 本当に別人かと思うほど、石岡くんは変わった。

「これからも困難はあるでしょう。でもその度に、自分の意思を思い出して、そして、もしそれでもつらかったら僕に電話してください」
『はい! 僕の意思! 桜川さんにも負けません!』

 つい、笑みがこぼれる。

「僕も、負けませんよ」

 負けるわけには、いかないよ。
 その後、少し他愛のない話をして通話は終了した。

 僕はベッドに座り、行方先生に報告する。行方先生は嬉しそうに、報告を聞いてくれた。
 
 


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