見出し画像

「恋するキューピッド」 第21話:輪

 昼休み。本当だったら今頃、天使さんと一緒にお昼を食べています。

 でもごめんなさい。今日は一緒に食べられません。どうしても、確かめたいことがあるんです。

「……朝比奈さん、急に呼び出してしまってすみません」

 私は昼休みにすぐ朝比奈さんを呼び出し、今は渡り廊下にふたりでいます。

「ううん。全然問題ないよ。でも涼風さん、お昼、天使くんと一緒に食べなくていいの?」

 朝比奈さんはいつも通り、誰が見ても見惚れるほどの可愛らしい笑顔を私に向けてくれています。

 こんなに可愛い子と話していると、なんて自分は魅力のない人間なんだろうと思います。

「……はい。でも、その、天使さんのことについてお話があるんです」
「天使くんのこと? 天使くんのことなら久我くんの方が詳しいと思うよ?」
「今朝、朝比奈さんは泣いてましたよね。天使さんの机を雑巾で拭きながら」
「……そうだったかな。覚えてないや」

 朝比奈さんは頬をかきながら、ぎこちなく笑っています。そんな姿も、可愛らしい。

「単刀直入に聞きます。朝比奈さんは天使さんのことが好きなんですか?」
「…………」

 朝比奈さんは目線を斜め下によこし、黙ってしまいました。

「朝比奈さんが優しい方だっていうのはわかります。でも、いくら優しい方でも、簡単に泣くような方じゃないと思っています。泣いたのは、本当に悲しかったから。自分の好きな人が不幸な目に遭ったことが本当に悔しかったからじゃないんですか?」

 私が聞いた後、少し沈黙が流れた後、朝比奈さんはゆっくりと口を開きました。

「……そうだよ。本当に悲しくて、悔しかった。だって、天使くんは節操なしでお調子者だけど、悪い人じゃないもん。良い人だもん。真っ直ぐな人だもん。そんな天使くんが、どうしてあんな目に遭わなくちゃならないの……」

 朝比奈さんは声を震わせ、泣いてしまいました。どれだけ天使さんのことを思っているのか、それだけでもうわかりました。でも、ちゃんと聞いておきたいんです。

「朝比奈さんにとって天使さんは大切な人、好きな人、なんですよね?」


「…………うん。そう、だよ。私は、天使くんが、天使空くんが、好き」


「やっぱりそうなんですね」

 本当はすでにもう何となくわかっていました。朝比奈さんはたしかに誰に対しても明るい方ですが、天使さんにだけは、優しいだけじゃなくて、本音で対等に接していました。

 そうしたくてそうしているってわかっていました。

「……こんなこと、涼風さんに言っちゃダメなのに。ごめんね」
「いえ。いつから好きだったんですか?」
「1年前に告白されてからずっと気になってて、常に明るくて全力な天使くんを見てたらいつの間にか、天使くんのことばかりに目が行くようになってた。そんな天使くんに、また振り向いてほしい。そう思ったらもう、好きになっちゃってた」
「……ずっと、好きだったんですね。わかりました。ありがとうございます。それでは」
「えっ、違うの。今の天使くんは! えっと、その……」

 私が動き出すと、朝比奈さんは私に手を伸ばし、しかし、俯いてしまいました。

「教えていいただいてありがとうございました。ごめんなさい。他にも行くところがあるので」

 私は朝比奈さんを残し、1年D組の教室がある4階へと向かいました。
 
   ×    ×
 
「お昼休み中、すみません。霞さん」
「いえ。涼風先輩、土曜日は申し訳ありませんでした」

 私は朝比奈さんと話した後すぐ、霞さんがいる1年D組の教室へと足を運び、霞さんを廊下に呼び出しました。私が謝ったにも関わらず、謝り返されてしまいました。

「……え、なにが、ですか?」
「天使先輩を途中で奪ってしまったので。せっかくのデートの時間をお邪魔してしまいました」
「……ああ、全然。それは構いません。それで、天使さんのことで聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「はい。また天使先輩が粗相をしましたか。本当にしょうもない人ですね」
「……違うんです! そうじゃなくて、その、土曜日にどうして天使さんを連れて行ったのかなって思って」

 霞さんは真っ直ぐ私を見つめています。こうして直面してみると、本当に綺麗な方だと思います。天使さんが好きになるのもわかる気がします。

「嫉妬してしまいました」
「……嫉妬」
「はい。天使先輩があまりにも涼風先輩にデレデレしているのを見て腹が立ちました」
「……それって、やっぱり、霞さんは天使さんのことが、その、好き、だからですか?」


「はい、そうです。私は天使先輩のことが好きです」


 霞さんは一切よどみなくハッキリと言いました。こんなことを無表情で堂々と言えるなんてすごいです。私には到底、できることじゃありません。

「……やっぱり、そう、なんですね」

 私はつい、俯いて薄笑いをしてしまいました。

「聞きたかったことはそのことですか」

「……はい。ありがとうございました。それだけです。それでは」
「待ってください」

 私が立ち去ろうとしたところ、霞さんが私を呼び止めました。

「……なんですか?」
「私は天使先輩のことを大切に思っています。だから、私は天使先輩を応援しています」
「……そ、そうですか。すごく、思ってあげているんですね」
「はい。だから、気にしないでください」
「……あ、はは、なんのことですか?」
「…………」
「それじゃあ、これで」

 私はそのまま霞さんのもとから離れました。そして最後に別館1階へと向かいました。
 
   ×    ×
 
「失礼します」
「……お前は。2年C組の涼風紫雲だな。天使と同じクラスの」

 私は生徒会室に入り、生徒会長、夜桜先輩のもとへと足を運びました。夜桜会長はなぜか私のことを知っているようでした。生徒会長ってすごいですね。

「……はい。あの、天使さんのことで夜桜会長にお聞きしたいことがあって来ました」
「そうか。よく来た。それで、聞きたいこととはなんだ? またあいつは何かやらかしたか?」
「……い、いえ、違うんです」

 霞さんといい、天使さんはトラブルメーカーとして認識されているみたいです。たしかにその認識は間違っていないと思います。

「あいつは馬鹿だからな。お前にもきっと迷惑を掛けているだろう」

 夜桜会長は楽しそうに笑って言います。こんなに美しい女性が私の一個上だとは思えません。私なんかじゃ、いつまでたっても夜桜会長のような素敵な女性になれる気がしません。

「夜桜会長は、天使さんのことをよくご存じですね」
「まあな。生徒会として一緒に仕事をしてきた仲だからな」

 見ていました。集会や行事ごとには常に夜桜会長と天使さんで楽しそうに話していました。

 天使さんは去年の生徒会役員選挙で夜桜会長に告白をしていました。でも、夜桜会長は告白を受け入れたわけでもなく、拒絶していた訳でもありませんでした。

 だから、気になるんです。

「……ただの、生徒会役員としての関係なんですか?」
「……どういう意味だ?」

 夜桜会長の目つきが変わりました。怖いです。でも、ハッキリさせないといけません。

「……よ、夜桜会長は天使さんのことが、好きなんじゃないんですか?」

「………」

 生徒会室はしんと静まり返りました。夜桜会長は肯定も否定もしません。それだけで、なんとなく答えはわかりました。

「……あ、あの、すみませんでした」

 私は恐怖から逃げるようにして振り返り、生徒会室を後にしようとします。

「待て」
「……は、はい」

 夜桜会長は厳しい口調で私を引き留めました。私は恐る恐る振り返り夜桜会長を見つめます。

「……久我といい、いい加減ムカついていたんだ」
「……な、なにがですか?」

 夜桜会長は厳しい目つきを真っ直ぐ私に向けてきます。


「ハッキリ言ってやろう。私は天使のことが好きだ」


「そう、なんですね」

 そうですよね。嫌な訳ないですもんね。告白されて、それでずっと一緒に仲良くやってきて、天使さんの良いところもわかっていると思います。

 納得しました。まさかとは思いましたが、私の予想は当たっていました。

「だが、私はあいつが幸せを、虹を掴むところを見たい」
「……虹、ですか?」

 私が疑問を浮かべると、夜桜会長は歯を見せ笑いました。

「ああ。複雑な気持ちだが、それでも私はあいつが自らの力で虹を掴み取ると信じてる。そして、それが近いことに喜びを得ている」

 複雑な気持ち。やっぱり夜桜会長はすごく天使さんのことを思っているんですね。

「……ありがとうございました。聞きたいことは以上です。突然来てしまいすみませんでした」
「気にするな。……もしあれだったらまた遊びに来い」
「……はい。失礼します」

 私は頭を下げ、生徒会室を出ました。そして、そのまま4階へと向かいました。
 
   ×    ×
 
 別館4階、屋上へと続く階段に座りました。屋上は閉鎖されているので、ここには誰にも来ません。

 私は膝を抱えます。

「……やっぱり、天使さんは幸せな方なんですね」

 当然と言えば当然です。たしかに天使さんは変なところはありますが、久我さんが前にメッセージで言ってくれたように、根が良い人です。

 そして、その根っこの良さを見つけてくれている素敵な方々がいます。

 私は天使さんが朝比奈さん、霞さん、夜桜会長それぞれの方とお話しているところ思い出します。

 全員と楽しそうにお話しています。

 天使さんはみなさんから好かれ、そして、天使さんも…………みなさんのことが好きです。

 私は――素直で、真っ直ぐで、優しい天使さんを、どう思っているのでしょうか。

 天使さんは――一緒の本を読んで、一緒にご飯を食べて、一緒に休日に遊ぶよう誘った私のことをどう思っているのでしょうか。

 私は、天使さんは、何を思っているのでしょうか。

 誰も答えを教えてくれません。ですが、本当はもう答えはわかっています。

「えっ……」

 私は驚きました。頬に涙が伝っていました。

 でも、同時に笑うことができました。

 天使さんは良い人です。そして天使さんの周りにいる方々、天使さんのことを心の底から思い、好きでいる方たち。

 天使さんを支えてくれている久我さん。

 天使さんのことを思って本気で怒ってくれる鈴木さん。

 みなさん良い人たちです。その輪の中に私をいれてくれたことが本当に嬉しいです。この気持ちを教えてくれたことが本当に嬉しいです。

 天使さん――。楽しい時間を一緒に過ごしてくれて、ありがとうございました。
 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?