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「恋するキューピッド」 第3話:霧

 別館1階にある生徒会室に向かうために僕たちは1階の渡り廊下を歩いていた。1階の渡り廊下は外にあり、春風が心地よく髪を揺らす。

 目の前には女子生徒がおり、後姿だけでもどこか見覚えのあるような気がして僕は目を細めよく見つめた。その時だった。

 春風が強く吹き、女子生徒のスカートが揺れた。その拍子に後ろからパンツが見えた。

 一瞬でよく見えなかったが、銀色の綺麗な絹のパンツだった。

「おお! 大地、見えた?」
「…………(ピュー)」

 大地はそっぽを向き、口笛を吹いている。

 女子生徒がスカートを押さえ、振り返ろうとする。ああ、見たのバレちゃったか。

「すみません。悪気はなかったんです。ああ、でもとても素敵なパンツだと――ぐはあっ!」

 突然、女子生徒の回し蹴りが僕の横っ腹を突き刺し、その勢いで僕が吹っ飛び、横にいた大地にぶつかり、大地も吹っ飛んで行った。

「……なんでオレまで」
「いったぁ! 何するんですか! 僕たちはただあなたのパンツを見ただけで何も悪いことなんてして――って」

 僕は目を見張った。銀色パンツの女子生徒に見覚えがあった。というか忘れられない相手だった。

「天使先輩でしたか」
「……かすみ、さん?」
「はい。お元気でしたか」
「……たった今、元気が吹っ飛んで行ったよ」

 銀髪パンツの女子生徒、もとい霞霧乃かすみきりのさんは僕を見下す。僕は冷や汗をかきながら見上げる。

 色素の薄い絹のような髪は肩まで届くセミロングで右前の髪だけを耳にかけている。

 絹のような髪の先に見える首筋は雪のように白く細く、どこか儚げだ。眉毛は細く、その下にはくっきりとした二重瞼があり、瞳は虚ろでミステリアスな雰囲気を醸し出している。

 顔のパーツは外国人のように深ぼりがあって輪郭も細く、モデルのようだ。唇の色は薄く、血色が良いとは言えない。

 今にも消えてしまいそうな薄い色をしている。朝比奈さんとは違って、笑顔を一切見せない。今も無表情で感情が読めない。

 スカートの丈は膝上6センチ。胸の大きさは推定Cカップ。
 全体的にミステリアスで霧のように漠とした美少女だ

「大丈夫ですか」

 霞さんは僕に真っ白な手を差し出す。僕はその手を取らず自分で立ち上がる。

「……霞さん、うちの高校に入ったんだ」
「はい。ソフトテニスが強いと聞いたので」
「ってて、ちょい待ち。オレをおいてくな。なに? 空の知り合い?」

 大地はズボンについた砂を払い、立ち上がり僕に問うてくる。

「……うん。霞さんは中学、部活の後輩だよ」

 彼女は僕が所属していたソフトテニス部の後輩だ。中学のソフトテニス部は人数が少なく男女混合で練習が行われていた。そこで僕は霞さんの教育係だった。

「あー、思い出した。たしか空を振った――ぐふっ!」
「なんでわざわざ口に出す。嫌なことを思い出させるな」

 大地は左の手に右こぶしを置き、余計なことを言う。僕はそんな大地の腹に肘打ちをする。

 そう。彼女、霞霧乃さんは僕の部活の後輩というだけでなく、僕を振った相手でもある。

 教育係として霞さんに手取り足取り教えてゆくうちに僕は彼女の真剣に取り組む姿勢、僕に対する尊敬の眼差しから僕は彼女から好かれていると思い、告白した。

 しかし、玉砕した。

 それからも教育係として彼女に教えていたが気まずくて仕方がなかった。

「天使先輩は今もソフトテニスやっているんですよね」
「……いや、今はもうやってないよ。帰宅部」
「それは残念です。また教えてもらいたかったのに」

 誰がキミに教えるか! こっちはキミのせいで残酷な現実を教えられたっていうのに!

「もう霞さんに教えることはない」
「そうですか。これから部活見学をしに行くのですが、天使先輩も一緒にどうですか」
「死んでも嫌だね。ていうかラケット持ってないし」
「ラケットなら私のスペアがあります。勝負しましょうよ」
「しないよ。これから生徒会の仕事があるから」
「生徒会に所属しているのですか。相変わらず積極的ですね。またなりふり構わず異性に近づいているのですか」
「……そうだよ。何か文句ある?」
「節操がないな、と」

 みなまで言うな……。

「霞さんが僕を振ったからだろ」

 嫌味ったらしい、性根が腐った文句だとわかっていてもつい口に出してしまう。

「一度しか振っていませんが」
「その一度で僕はもう諦めたんだよ。まあとにかく、部活頑張ればいいんじゃない?」

 霞さんほどの実力があればすぐにレギュラー入りするだろう。そして充実した部活動生活で色恋沙汰に発展し、誰かと付き合うのだろう。勝手にバラ色の高校生活を送ればいい。

「天使先輩が所属していないのなら、私も入らなくてもいいかな……」

 霞さんは顎に手をやり、視線を落とす。

「なんでだよ」
「へぇ~」

 大地がなぜかニヤついている。こいつのニヤつき顔は本当に腹が立つ。何を考えているかわからない。

「部活に入るのはやめます。私も生徒会に入ります」
「……は?」
「天使先輩、連絡先を交換してください」
「え、急になんで」
「これからも色々なことを先輩から教えてもらいたいので」
「……僕が霞さんに教えることなんて――って、大地! 何するんだよ!」

 大地が勝手に僕のポケットからスマホを取り出し、霞さんと連絡先を交換する。

「いいじゃねえか。こんなに慕ってくれる後輩なかなかいないぞ? それに、何か情報提供してくれるかもしれないだろ?」
「……うん、まあ、そうか」

 そうして勝手に大地は勝手に僕の連絡先を霞さんに教える。まあ、大地の言った通り、1年生の情報は手に入れたい。ここは大地の言う通りにしておくか。

「あ、そだ。オレとも連絡先交換し――」
「結構です」

 大地の提案を霞さんはキッパリ断る。大地は固まってしまった。

「それでは失礼します。天使先輩、これからよろしくお願いします」
「……うーん」

 いまいち気が乗らない。

「私の下着を見た分の対価は払ってもらいますよ」
「ぐっ、わかった。最低限のことは教えるよ」
「ありがとうございます。それでは失礼します」

 霞さんは綺麗にお辞儀し本館へと戻ってゆく。

「……はあ、なんなんだよ」

 まさか霞さんがうちの高校に入ってくるとは思わなかった。今日は嫌なことばかりが起こる。

「なあ、空」
「うん? なに?」
「拒絶されるってこんなに傷つくんだな」

 大地は肩を落とし、どよーんと暗いオーラを放っている。

「お前も拒絶されることなんてあるんだな。初めて見たよ。ドンマイざまあみろ」
「励ましているようで貶すな。とにかく生徒会室行こうぜ。もうだいぶ時間経ってるだろ」
「うわっ、本当だ。……確実に会長に怒られる」
「一緒に怒られてやるよ。ほら、行くぞ」

 僕と大地は駆け足で生徒会室に向かう。


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