「虹の音色」 第27話:SOS
『――もういいよ』
「え」
僕が少し考えているうちに神栖さんははっきりと言った。
『やっぱり話してもしょうがない。だって、どうしようもないもんね』
「何か解決策はあるはずだよ」
『今まで先生にも相談した。保健室の先生にも、スクールカウンセラーの人にも。でも全員、答えは教えてくれなかった。みんな、あまり気に病まないでとしか言ってくれなかった。そんなの無理だし、アタシに言ってほしいのはそんなことじゃない』
飽くまで神栖さんは今の状況をなんとかしたいと思っているんだ。
そうじゃなきゃ、自分も救われないから。
「救う。それが神栖さんの唯一取れる解決策だ」
『……でも無理。もう無理。ホント耐えられない』
「何か救う方法はあるはずだよ。諦めちゃダメだ」
『そんな無茶苦茶なこと言ってくれんのは龍神だけだよ……。じゃあさ、どうやったらその子を救えるの。どうしたらアタシは救われるの』
「それはっ……」
……思い、つかなかった。
『やっぱり解決策なんてないじゃん』
「一緒に考えていこう」
『アタシはずっと考えてきた。それでも無理だった。自分のストレスケアもやってきた。それでも意味なかった。もうアタシは……どうしようもない』
「大丈夫。僕がいる。まだ諦めるのは早いよ」
『……そう、言ってくれると思った。ありがとう。こんなアタシが言うのもなんだけど、気に病まないでね。龍神なら絶対、色んな人を救えるから。……ごめんね』
「……なんで、謝るの」
『もういいんだ。もう、わかったから』
「何がわかったの」
『もう、やっぱり、アタシは生きててもつらいだけだから』
「待ってよ! 話をまだ全然してない!」
『楽に、なるよ』
楽になる。それが意味するのは――
死。
「その答えは間違ってる! それだけはわかる。まだ話をさせてよ!」
『ごめんね』
「謝らないで! まだ僕にできることはあるんだ!」
『ごめん』
「ちょ、待っ――」
そこで通話は切れてしまった。
「……待って、待ってよ」
つー、つーと通話が切れた音がする携帯電話に言葉を発するも、機械音しか返ってこない。
「待ってって。……まだ、諦めちゃ、ダメだって」
彼女の謝る声が頭の中で反響する。
「僕はまだキミを救えるって!」
携帯電話を耳から離し、着信履歴を見る。しかし、神栖さんの電話番号はない。
ただ非通知になっているだけだ。
「…………待って、よ」
待っても、待ってはくれない。無音な携帯電話を見つめても何も起きない。
嘘だろ。
僕は、救えなかったのか。
命を、神栖さんを救えなかったのか。
たしかにSOSのサインはあった。助けの手は伸ばされた。それを手に取った。
でも、その手は離れてしまった。
求められた。
解決策を求められても、答えられなかった。
救えなかった。
僕が無力だから。僕が、話を引き出してしまったから。
僕が、彼女を、追い詰めてしまった。
見殺しにしてしまった。
「……嘘だろ。嘘だろ!」
僕はなんのためにコールフレンドをやっているんだよ! 人を救うためだろ!
それが余計追い詰めてしまってどうするんだよ! 僕はなんのために生きているんだよ!
なんために結城凪砂さんに託されたんだよ……。この命で、人を救うんだろ……。
「くそっ!」
携帯電話をベッドに放り投げた。ベッドにバウンドして壁にぶつかる。
「あぁ……」
壁にぶつかった携帯電話を取り、操作する。壊れてはいない。しかし、携帯電話は無音のまま。神栖さんからの救いの電話はもうない。
「僕は、何をしているんだよぉ……」
頭が真っ白になった。どうしようもない現実に何も考えることができなくなった。
無音の携帯電話を強く握りしめることしかできない。
「あ! そうだ!」
僕は携帯電話の画面を開き、電話を掛ける。1コールで繋がる。
「行方先生!」
『桜川くん。こんばんは。どうしたんですか。落ち着いてください』
「非通知でもかけ直す方法はないですか!?」
『……コールフレンドからの電話ですね』
「はい。以前、僕が最初に掛かってきたコールフレンドからです」
『やはり、死にたいという気持ちは嘘じゃなかったんですね』
「……はい、でも僕は――」
『一旦、落ち着いてください』
行方先生は厳粛な物言いで言う。
「でも」
『希望を捨てないでください』
「……え?」
『まだ掛かってくる可能性はあります』
「でも彼女は一方的に決断してしまっているんです」
『何か他にそのコールフレンドは言っていましたか?』
「他に?」
思い出しても神栖さんはすでに諦めてしまっていた。何を言っても聞かなかった。
『彼女は何を思い詰めていたんですか?』
「えっと――」
僕は神栖さんとの通話の内容を行方先生に話した。
『最後、優しい彼女は桜川くんに謝っていたんですね』
「でも、それで一方的に通話を切られてしまったんです。もう僕には……」
『諦めないでください』
「で、でも」
『きっと再び掛かってきます。そのときに今度は必ず救ってください』
「……僕には、解決策が思いつかないんです。どうすれば、よかったんですか……」
『あなたが救われたように、あなたが彼女を救うんです』
「……僕が救われたように?」
『大丈夫。自分を信じてください。あなたならできる』
「……僕には、無理でした」
『あなたにしかできない』
「…………」
『明日、いえ、もう今日ですね。今日は大学に行かなくて構いません。いつでも電話に出られるようにしてください』
「え、」
『私にできることをします。あなたは少し自分を休めていてください』
先生が何らかの手段を使って神栖さんと話す機会を設けてくれるのか。
だったら、今度こそ、救う。なんとしても、食い止める。
「わかりました」
『それでは失礼します』
「は、はい」
先生は少し急いだ様子で通話を切った。
「……お願いします。先生」
次に掛かってきたとき、なんて言えばいいかわからない。でも可能性があるなら僕はその答えに辿り着いてみせる。
結局僕は一睡もできないまま、朝を迎えた。
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