「恋するキューピッド」 第4話:月
生徒会室の前に立ち、僕は眉をしかめながらゆっくりと扉を開く。
生徒会室は奥に広い形となっており、入ってすぐ左には灰色のソファがあり、中央には横長の机が4つくっつけられ、それぞれの机に椅子がふたつ付いている。
奥には窓があり、そこには長い黒髪の美少女がいる。美少女は僕たちが生徒会室に入ってきた途端、後ろを振り向く。
「遅い!」
「……すみません」
美少女からいきなり叱責される。僕は目を逸らし、心の中で舌打ちをしながら中へと入ってゆく。僕は美少女、もとい生徒会長にして先輩の夜桜美月さんを眺める。
夜空のように美しく黒く長い髪は腰まで届いており、前髪はきれいに真っ直ぐ切り揃えられている。
髪飾りなどの装飾などは一切しておらず、しかし、そこがかえって彼女の美しさ、凛とした姿をよく表している。
黒い眉毛はキリッとしており、目元は鋭く三白眼というやつで見つめられるだけで怒っているかのような威圧感を感じる。
だが決して怒っている訳ではない。これが彼女の通常だ。
美白な顔に濃いピンク色の唇から発せられる声は透き通っており、見た目に反して癒させるものがあるが、なにぶん、口調が荒いのでそれもまた威圧を感じる。
制服はかっちり着こなし、スカートの丈も膝上5センチ。スカートのもとから見える脚は適度な筋肉がついており、引き締まっている。
昔、剣道をやっていたらしく姿勢もすごく良い。そして胸の大きさは推定Fカップ。なかなかなものだ。
「何をジロジロと見ている。天使。お前には多くの仕事がある。素早く取り掛かれ」
「……他の役員の人たちはいないんですか?」
「もうみな帰らせた」
「なんで毎回、僕の仕事を手伝ってくれないんだ……」
「お疲れ様っす。夜桜生徒会長様。今日も空の手伝いに来ました」
僕が肩を落としている中、大地が不遜な笑みを夜桜会長に向ける。
「ああ、今日も来たのか久我。私はキミを呼んだ覚えはないんだがな」
「会長様が空をイジメているんで、いてもたってもいられないんすよ」
「私は天使をイジメている訳ではない。次期生徒会長として期待しているからこそ多くの仕事を任せているんだ」
「へぇ、次期生徒会長ね~。なんなら、今期も空が生徒会長だったらよかったんじゃないんすか」
「お、おい大地!」
「天使には経験が足りていない。経験を積み、そこから信用を得た人物が生徒会長にふさわしいのだ」
「経験? 信用? そんなの入ってからでどうにかなるでしょう。つーか、それ言うならオレはあんたのこと全然信用してねえっすけどね。あんたみたいな憶病な人間よりも空の方がよっぽどマシだ」
「ほう? 相変わらず私に対して敵意剥き出しだな。喧嘩を売っているのか? それなら受けて立とうじゃないか」
「ちょちょちょ、なんでふたりでいきなり喧嘩してるんですか! ふたりとも落ち着いて!」
そう。なぜか大地は夜桜会長に対して嫌悪感を抱いているのだ。誰に対しても友好的で好き嫌いしない大地らしくなく、夜桜会長にだけこうして敵意を持っている。
「お前はこいつにされたことを忘れた訳じゃねえだろ」
「……い、いや、そりゃ忘れてないけど。べつに会長は何も悪いことしてないだろ」
「天使の言う通りだ。いつ私が天使に悪いことをした」
「すっとぼけてんじゃねえよ」
大地は眉間に皺寄せ、目を細めきつく睨む。
「……大地。何をそんなに怒ってるんだよ。生徒会選挙のこと言ってるの?」
おお、怖すぎる。大地は基本的に怒ったりしないから怒らせると怖い。というかこいつはなんで毎回、会長にこんな敵意を向けているんだ。
普段だったらここまで険悪ではなく、お互い無視しているだけだから大丈夫だと思ったんだけどな。こんなことなら大地を連れてくるんじゃなかった。
たしかに、会長は僕に何も悪いことはしていない。
ただ、僕を振っただけだ。
去年の7月。僕は夜桜会長に憧れ、好意を抱き、近づくために生徒会選挙に出馬し、生徒会長選挙で全校生徒を前にして盛大に告白した。そして玉砕した。ただそれだけのことだ。
しかしそれを見ていた大地は会長を臆病者でずるいやつだと言った。
「私はただ、天使を後継者として育ててゆくということしか言っていないんだがな」
「それが憶病だって言ってんだよ。空は勇気を出して告白した。でもあんたはそれに真摯に向き合わず誤魔化した。振る勇気もない人間がよくもまあ、生徒会長になんてなれたものだな」
「…………」
大地はしかめっ面で夜桜会長を睨む。そして夜桜会長も険しい表情で大地を睨む。
「い、いや、普通に振られただけだって」
僕は自分の選挙演説の番で夜桜会長に告白した。そしてその返事を待った。しかし夜桜会長は自分の演説で返事をしてくれなかった。
ただ、僕のように勇気があり、度胸のある人間を1年間自分で育て上げ、立派な生徒会長にして学校を楽しませると言ってくれた。
振られはしたけど、ちゃんと夜桜会長は僕を認めてくれているんだ。まあ、振られているから気まずいのは間違いないけど。
ちなみにその生徒会選挙で僕は副会長に任命され、そして同時に『失恋副会長』という不名誉なあだ名が学校中に知れ渡った。
大地はそのことを怒っているのか? 僕が振られたり、陰であだ名を付けられることなんてしょっちゅうあるのにどうして大地は夜桜会長にだけこんなに怒っているんだ?
「天使自身がこう言っているが、それで久我、当人じゃないお前が何かを言う権利があるのか?」
「オレは空の親友だ。オレは空以上に空のことを思っている。そんなやつがあんたみたいなふざけたやつにいいように使われてんのが気に食わねえんだよ。あんたはいつまで憶病なんだよ。言えよ。空に自分の気持ちをはっきり言え」
「……ちょ、大地ってば」
「天使への気持ちか。私の天使への気持ちは次期生徒会長としての期待だけだ。それ以外にない」
「ちっ、そうかよ。空、さっさと仕事終わらせて帰ろうぜ」
「う、うん」
大地は乱暴に席に座り、僕もその隣に座る。
「それでは天使、頼んだぞ。終わったら顧問に提出するように。戸締りも頼んだ」
「えっ、会長はどうするんですか?」
「私は帰る」
「せっかくのふたりきりの邪魔をして悪いっすね。それじゃあ、さようなら」
「…………」
大地の挨拶(?)を夜桜会長は無視し、生徒会室を去ってゆく。その際、扉を思い切り強く締めたため僕は体を跳ねらせる。
えぇ、怖いよ。もっと静かに閉めてよ。ブチギレじゃん……。
生徒会室は沈黙に包まれる。大地は椅子の背もたれに寄り掛かり、天井を見上げている。
「……えっとー、今日の仕事は同好会新設の承諾書の確認と春休み中、目安箱に入れられた意見書の確認かー。相変わらず忙しいなー」
僕は目の前に積まれた書類を確認しながら大地を横目で見る。
「……すぅー」
大地は大きく息をついたまま天井を見上げている。
「……大地? 大丈夫?」
僕は機嫌を窺うようにして大地に問う。
「オレは大丈夫だ」
「……なんであんなに会長に突っかかるんだよ」
「あの人にはあんぐらいしないとダメなんだよ」
「何がダメなんだよ」
「……お前は気にしなくていい」
「何か気に食わないことがあったんだったら謝るよ。無理に連れてきてごめんって」
「オレが勝手に付いてきただけだろ。さ! さっさと終わらせて帰ろうぜ! なに? 何の仕事あんの?」
「あぁ、うん――」
そこから僕と大地は生徒会業務を手分けして作業し、すぐに終わらせて帰途に就いた。
生徒会の仕事を手伝ってくれたことの労いと、未だに少し機嫌の悪い大地の機嫌を取るため今日は僕が大地にハンバーガーを奢って、他愛のない話をして帰宅した。
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