「恋するキューピッド」 第6話:不穏
翌日、僕は涼風さんから『超落ちこぼれな俺の進学校生活』の2巻と3巻を借り、そして昼休みに一緒に食事を摂っている。
ちなみに大地は女子たちに捕まり、大地の周りに女子生徒3人で食事している。
くそ羨ましいな。ま! 僕はこうして好きな人と食事しているからいいんだけど。
「いやー、まさか3巻まで貸してくれるとは思わなかったよ。本当に借りていいの?」
「……はい、昨日読み終えたので。かえってご迷惑でしたか?」
涼風さんは心配そうに僕を見つめる。基本的に涼風さんは俯きながら話すので時々、こうして顔を合わせてくる時があるからその度にドキッとする。
「いやいやまさか! 涼風さん読むの早いんだね! 僕も早く追いついて一緒に話したいな。どう? 僕の展開予想当たってた?」
「ネタバレしていいんですか?」
「ちょっとタンマ! やっぱり自分で読んでからにしようかな。それで、4巻の展開予想も一緒に考えたい!」
「……ふふっ、本当に楽しそうに読んでいるんですね」
「うん。でもそれよりも、僕は涼風さんと一緒のことを共有できることが嬉しいんだ」
「……そ、そうですか」
涼風さんは俯き呟く。表情は見えない。
「一緒に同じものを共有するのってすごく楽しいよね。それに涼風さんは僕の話のペースに合わせてくれるからすごく話していて楽しいよ」
「…………」
涼風さんは何も言ってくれない。俯いたままだ。
ちょうどその時だった。教室で少し大きな声がした。
「おう鈴木! 暇だからゲーム貸してちょ」
「……え、でも」
「べつにいいじゃねえか。暇なんだよ。ていうか、ゲーム持ってんのお前ぐらいだし、お前ぐらいしか俺ら暇つぶしできねえんだよ。なあ、お前ら?」
明るい男子はそう言って取り巻きの男子と笑い合う。結局、鈴木くんのゲームは取り上げられ、鈴木くんは何も言わず机に視線を移し、俯いてしまう。
僕と涼風さんはその様子を見る。
「賑やかだね」
「…………」
涼風さんは尚も視線を移さない。
「涼風さん? どうしたの?」
僕は首をかしげ、涼風さんの様子を窺う。
「……あ、いえ、なんでもないです」
「何か思うところがあるの?」
「……何というか、ああいうのはあまり好きじゃないです」
「ああいうの? あー、なんていうかスクールカースト的な? まあでも、イジメって程でもないしいいんじゃない? 何気にああいうところから仲が発展することもあるし」
「……天使さんはあまりそういうの気にしなさそうですもんね」
「うん。べつに気にしたってしょうがないし、たしかに面白がって僕にちょっかいをかけてくる人もいるけど、その時はちゃんとやめてって言えばやめてくれるしね」
「……天使さんはすごく勇気のある人ですよね。私には到底、やめて、なんて言える自信がありません」
「もし、涼風さんにちょっかいをかける人がいたら僕が代わりにやめてって言ってあげるよ」
「……あ、ありがとうございます」
「それに、本当にイジメに発展したら大地や朝比奈さんが黙ってないしね」
「……大地? あ、久我さんのことですね。そういえば久我さんから天使さんについてメッセージが来ました」
「え? なんて来たの?」
「『空は節操ないけど、根は良いやつだから仲良くしてやってくれ』って」
おお、大地のやつ良いこと言うじゃないか。枕詞は余計だけど。ていうか根がいいやつってなんだよ。まるで根っこ以外腐ってるみたいじゃないか。
「僕のいないところで褒められると照れるな」
僕は頭に手をやり、顔を下にやりながら微笑む。
「仲の良い友だちがいるっていいですね」
「涼風さんはあまり気の合う人はいないの?」
「……はい、私なんかと仲良くしてくれる人なんていないので」
「そんなことないよ」
「え?」
涼風さんは顔を上げ、僕を見つめる。僕はそれを笑顔で返す。
「少なくとも僕は涼風さんと気の合う友だちだから」
「……友、だち、ですか?」
「僕はそう思ってるけど、嫌かな?」
「……い、いえ、面と向かってそんなこと言ってくれる人いないので少しびっくりしただけです」
再び涼風さんは俯いてしまう。
「ごめん、少し距離を詰めすぎちゃったかな」
「……あ、いえ、でも」
「うん? なに?」
「天使さんはやっぱり色んな人と仲良くなるのがお好きですよね」
「え、そう思う?」
「……失恋副会長」
「……えっとー、何を言ってるのかな?」
つい顔が引きつり、笑顔がぎこちなくなる。
「天使さんは学年、というか学校の有名人なので、その、色々な意味で」
「へ、へぇーそうなんだ。そ、それは知らなかったなー」
くっ、僕のこと知ってたのか。僕はただ普通に生活してるだけで平凡な生徒だと思っているんだけど、中には僕を色んな女子に手を出すチャラ男だのなんだの言う輩もいる。
きっと涼風さんはその噂を知っているのだろう。
「その、私に対して……」
「え、うん」
「……あ、いえ、なんでもないです。すみません。失礼なこと言っちゃって」
「全然、失礼じゃないよ。ていうか、もしかしたら涼風さんが思っていることは本当かもしれないね」
「……え」
「僕の気持ちは真剣だよ。ちゃんと、涼風さんと向き合いたいと思ってる」
「……そ、そうですか」
涼風さんは顔を横にそむけてしまう。
「急にこんなこと言われても困るよね。でも、僕は本気だから。あっと、もうこんな時間か。大地のせいで僕の席が占領されてるからそろそろ邪魔してくるね」
「……あ、はい」
「それじゃあ、またね。お昼ご飯一緒に食べられて楽しかったよ」
「あ、あの!」
僕は弁当を持って席を立とうとしたところ、涼風さんが突然、いつもよりも大きな声を出す。
「どうしたの?」
「……あの、ありがとう、ございます」
涼風さんは俯き、小さな声で言う。
「こちらこそ!」
僕は涼風さんに笑顔を向け、席から離れる。
ちょっと攻め過ぎたかもしれないけど、これぐらい積極的に動かなきゃ涼風さんの心を揺らすことはできない。僕の噂を知っていたのは想定外だったけど、それならそれで利用すればいいだけだ。
僕は次なる作戦を考えながら大地の席の周りにいる女子生徒たちに話しかける。
「ねえみんな! よかったら僕も混ぜ――」
「あ、じゃあね大地くん! また一緒にご飯食べよー」
「またねー」
「また~」
大地に群がる女子生徒たちは立ち上がり、去ってしまった。
「あれ、行っちゃった。まだ昼休み残ってるのに。もう授業の準備をするなんて結構みんな真面目なんだね」
僕は弁当箱を鞄にしまい、よいしょと言いながら自分の席に着き窓にもたれかかる。
「お前の無駄にプラス思考なところに突っ込むのはやめておくが、助かったよ」
「何が助かっただよ。ちゃんと引き止めろよ。せっかく話せるチャンスだったのに」
「お前は涼風と話してたんだからいいだろ」
「あ、そうだ。大地、ナイスアシスト。涼風さんに僕のアピールしてくれてたんだね」
「ああ、まあ、一応応援してるからな」
「ありがとう。おかげで上手く行きそうだよ。誰が相手か知らないけど僕も大地の恋を応援してるよ」
僕は笑みを大地に向けるが、大地は無表情だ。
「…………」
「ん? どうした?」
「……いや、なんでもない。お前に応援されたら縁起が悪いなと思っただけだ」
「おい失礼だな。これでもちゃんと応援してるんだから。一緒に甘い青春送ろうよ」
「……ああ、そうだな」
大地は困ったかのように愛想笑いをしている。
「よし! 次だ! 次はどうしよっかなー」
「お前はホント、前向きだよな」
「まあね! それが僕の取り柄だから!」
「オレはお前がホントに羨ましいよ」
「嫌味か? 嫌味なのか? 僕だって怒るときは怒るんだぞ?」
このモテ男に羨ましがられる要素なんてない。むしろ僕が大地だったらどれだけ充実した学生活を送れるやらと何度思ったことか。まったく、僕の気も知らないで。
そこから僕は大地に女子生徒たちと何を話したのかを聴取している間に昼休みは終わった。
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