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「虹の音色」 第25話:主人公②


「違います。私も、主人公になりたいんです」

『なんだと』
「私は声優とカウンセラーどちらにもなりたいと思ってます」
『……声優。たしかに声は良いと思っていたが、そんな夢があったのか』
「声優だけじゃありません。カウンセラーになりたいとも、本気で思ってます」
『そんなの可能なのか? 声優の道は厳しいって聞くぞ』
「可能かどうかはわかりません。でも、それを成し遂げることができるのが主人公でしょう」
『……あんたはただの、モブキャラとは違うみたいだな』
「でも今の私は何者でもない。ただ夢を追うだけの平凡な大学生です」
『夢を叶えるために、大学に行っているのか』
「そうです。だから私はあなたの言う逃げが、私にとっては逃げではないんです。どちらも、私にできることだから。私のしたいことだから」
『……単なるモブキャラだと思ってた。……それは、すまなかった』

 利根くんは少し落ち着き言う。

「いえ、私がモブキャラなのは事実です。でも、もうすぐ主人公になります」
『……主人公に』
「だから、主人公候補同士、これから一緒に頑張っていきましょう」
『言われなくても頑張ってる。まあ、あんたも、頑張れば?』
「言われなくても頑張ってます。今、ここでこうして利根さんと話すことが私に今、唯一できることです」
『俺を学校に行かせることができるのがあんたのできることってか? 誰に頼まれたわけじゃないのにどうしてそこまで俺にこだわる』
「他人事だと思えないからです」
『は?』
「同じ主人公になりたいと思う者同士、後悔しない道をともに歩みたいんです」
『俺が高校に行かないことが後悔するとでもいうのか』
「その可能性があります」
『可能性の問題でいったらいくらでもいえるだろ。今俺が小説に専念しなければ小説家になれない可能性だってある。だから1%でも多く小説になれる方を選んでいる。俺は間違っていない』

「あなたならどんな道を歩もうとも小説家になれます」

『……そんな保証はない』
「自信がないんですか」
『……ない。だから頑張って頑張って頑張って、一歩ずつ小説家になる道を歩んでいるんだ』

 自分は天才だと言う彼も本当は、自分の才能に疑問を、不安を抱いているんだ。

「物理学者アイザックアインシュタインの言葉です」
『いきなりなんだ』
「天才とは努力をする凡才のことである。あなたは天才です」
『……俺が、天才』
「あなたは高校に行けば努力をしないんですか。私はそうは思えません。あなたはきっと自分の夢を叶えるために努力をする。私はそう確信しています」
『努力はする。それでも努力の量が減るのはたしかだろ。その1%の努力の差で小説家になれるかどうか変わってくるんだ。あんたにわかるか? 俺はずっとパソコンの前に向かっている。書けないときもある。それでも1分1秒でも多く小説のことを考えるからこそ書けるんだ』
「あなたは努力を怠っている」

 コールフレンドに対しては少し厳しい口調になってしまっているのがわかる。それでも、私の意思を曲げない。負けない。

『なんだと』

「高校に行ってもあなたはずっと小説のことを考えていたはずです。それも努力です。そしてきっと、小説のことを考えられない瞬間もあるでしょう。でも、それも努力なんです」
『どういうことだ』
「小説のことを考えられない瞬間、あなたは何を考えていましたか」
『周りがうるさいとか、授業で教師に指されたときとかだよ』

 想像がつく。利根くんはきっと誰とも接することなくひたすら小説のことを考えながら学校生活を送ってきたのだろう。でも、常に考えられるわけじゃない。

 周りの騒音や授業、他に集中しなければならない瞬間がある。それに鬱陶しさを感じるのはわかる。

「その瞬間も、小説家として想像力を鍛えるための努力なんです」
『正論だな。たしかに小説を書いていない時間、色んな経験をすることによって小説の糧となる。それぐらいわかっている。だが、だとすれば、俺がこうして小説に専念していることも経験のひとつだろ』
「私は、正論を言ってあなたを諭そうとしているわけじゃありません」
『じゃあ何が言いたい』

 正論や常識なんかじゃ、私たちの夢は叶えられない。

「あなたと私なら、常識を覆せる」

 常識のその先に、夢があるから。

『…………』
「私たちは常に常識とか、普通とか、そういうものに囚われている」
『だから俺はその枠から外れて夢を追っているんだ』
「外れていません」
『外しているんだ! 学校に行きながら夢を追うのが普通だろ!』

「誰がそんなこと言いましたか」

『っ!』
「あなたはあなたの常識に、普通に囚われている。そこから外れようとする努力を怠っているんです」
『これは俺の意思だ。決して常識や普通に囚われているわけじゃない』
「言いましたよね。1%の努力の差で小説家になれるかどうか決まってくるって」
『ああ、言ったよ』

「あなたは近道を選んでいる」

『……当たり前だ』
「あなたの小説は、常に主人公が頑張り、そしてその頑張りが報われるような物語ばかりです。その主人公たちは理想を求めるために近道をしていますか」
『…………』
「主人公は近道を選ばない。険しい道を選ぶんです。そしてその険しい道の先にしか、欲しいものはない」
『俺が小説家になるためにあえて遠回りするってか。……そんな甘くないんだよ』

「甘くないんです。人生はまったくもって甘くない。苦くて苦しい。だからこそ、夢があるんです。あなたは小説家になったらそれで終わりなんですか。あなたの物語は終わりなんですか。違うでしょう。その先にあるものが欲しくて手を精一杯手を伸ばしているんでしょう。今まで聴いていませんでしたね。小説家になった後は、どうしたいんですか」

『…………俺が小説で救われたように、誰かを俺の小説で救いたい』

 呟くように利根くんは言う。

「立派な夢じゃないですか。ただ小説家になるだけが夢じゃない。その先にある主人公の物語があるじゃないですか。でも私は思います。きっと近道じゃその夢はつかめない」
『険しい道にしか夢を叶えられない。それは、わかってる。じゃあ今の俺は楽な道を選んでるっていうのか』
「違うんですか」

『違えよ! こっちだって色々悩んで今こういう選択をしているんだ。俺だって、苦しい選択をしてるんだよ! だって、そうじゃなきゃ、夢を叶えられないから』

 きっと利根くんは小学校中学校の9年間、つらい学校生活を送ってきたのだろう。だからこそ利根くんは小説に救われ今、全力で夢に向かって走っている。

 そっか。利根くんも色々考え、葛藤して今の選択をしているんだ。本当に強い子だ。

 勝手に思い込んでいた。彼は最初から選択を放棄していたんだと思っていた。でも違うんだ。

 悩んでいたんだ。だったら、だからこそ――

「悩み続けてください」
『は?』
「悩んでいるなら、悩んでいるからこそ、それを放棄しないでください」
『なんでそんなことしなきゃなんないんだよ』
「その悩みや葛藤が、あなたにとって険しい道だからです」
『そういうあんたはずっと悩んでんのか』
「悩んでいます。常に、自分の選択が間違っているんじゃないかと、そう思いながら、それでも前に進んでいます」

『じゃあ、あんたが俺の立場だったらどうする』

 利根くんの立場。夢に向かって、その夢を叶えられる近道があるならその道を選びたい。でも、それが本当に進むべき道か、悩み続けるだろう。

「私だったら、学校に行かなかったかもしれません」
『は? 普通そこは学校に行くって言うべきだろ』
「その通りです。でもこの問題はそんな簡単なものじゃない。私だったらきっと、学校に行かず夢を追ったでしょう。でもきっと、後で後悔する」

『後悔だと』

「はい。今の私がそうです。声優とボイスカウンセラーどちらかの道に専念してもきっと後悔するでしょう。あのときどちらも挑戦していたら、違う自分がいたかもしれない。悩むのを放棄して、自分のあるべき姿にこだわってしまった自分を呪うでしょう」
『……俺は、後悔するのか』

「悩むのを放棄したら、後悔するでしょう」

 そうだ。悩み続けていいんだ。利根くんと私の状況は違う。でも、夢に向かって悩み続けているのは、葛藤しているのは同じなんだ。

『……俺は、悩むのを放棄しているのか』
「自分の胸に手を当てて考えてください。きっとあなたはまだ悩むのを放棄していない。まだ、後悔していない」
『……俺は悩むをことを放棄して、逃げていたのか』
「逃げていない。あなたは今も戦っている。そしてまだ道はふたつある」
『俺は自分の選択が間違っていないと今でも思っている。……でも、本当は今も悩んでいる』

「何に悩んでいるんですか」

『……本当は、俺は学校から逃げているんじゃないかって。小説家になる夢を盾にして、ただ逃げているだけなんじゃないかって』
「その葛藤を、忘れないでください。私は、どちらの道かを選べないあなたを応援しています」
『それは、あんたのためでもあるのか』

「ええ、その通りです。どちらの道かを選べない自分の慰めです。でもそれだけじゃない。きっと悩み続けることが、後悔しないための唯一の方法だと信じているからです」
『だから普通はさ、学校に行かなければ後悔するって言うだろそこは』
「私たちは普通じゃありませんから」
『はっ』

 電話の先で利根くんが呆れ笑っている。

「もう一度言います。私は、悩み続けているあなたを応援します」
『こんな中途半端な俺を応援するっていうのか』
「悩んでいない人を応援する必要はないでしょう」
『ふっ、言い得て妙だな。そうだな、俺は、悩み続けていいのか。そんな俺を、応援してくれる人がいるのか。ただ正論を言うだけでもなく、俺を全肯定するわけでもない。中途半端なあんたらしいやり方だ』

「中途半端を貫く。それが私の取り柄ですから」

 私がそう言うと、しばらくの沈黙が訪れる。

『…………はぁ、わかったよ。俺はこれからも悩み続ける。そして、どちらの自分の考えも否定しない。そんで、学校に行かないべきかどうかも、もう少し悩んでみる』

 行くべきかどうかではなく、行かないべきかどうかを考える。それはつまり、4月のようにずっと、学校に行かないで執筆活動に専念した方がいいかという葛藤を再び抱えるということ。

 再び、学校に行ってみてもいいかもしれないと思ってくれた、ということだろう。

「一緒に、悩み続けましょう」
『はぁ、疲れんなぁ』

 利根くんが大きなため息をつく。

「それでこそ人生です!」
『あんたはよく前向きでいられんな』
「利根さんのおかげですよ」
『俺?』
「同じく普通じゃない夢を追って、それで悩み続ける。そういう仲間がいるということを知ることができて、それで、やっぱり自分は間違っていないと思えたからです」

『俺も、間違っていなんだよな』

「ええ、間違っていません。私も一緒ですから」
『本当にあんたは前向きだ。わかったよ、応援してくれるんだったら、俺も前向きになる。それで……これからも小説の相談に乗ってもらいたい』
「いつでも相談してください。思ったことをそのまま言うので」
『いつも辛辣なんだよなぁ』
「そうですか?」

 たしかにいつも否定的な意見を言っているが、べつに作品自体を否定しているつもりはない。

『ま、そういう人の方が書いていてやりがいがある』

 利根くんが笑みを浮かべながら言っているのがわかる。

「その意気です」
『そんじゃその……とりあえず、ありがとうございました。またよろしくお願いします』
「はい! こちらこそ!」
『それじゃあ』
「はい、失礼します」

 通話が切られ、コールフレンドとしての活動は終了した。

 私はひとり夢心地のまま笑みを浮かべた。
 そうして携帯電話を机に置いて、ベッドにあるスマホを手にする。

「さて、やりますか!」

 今日はどんな配信をしようかとわくわくしながら私は、ボイスアプリを開いた。

 頑張れ、私。
 頑張れ、みんな。

 


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