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「虹の音色」 第28話:思いを繋ぐ

 夜が明け、いつの間にか朝9時になっていた。

「……思い、つかない」

 ベッドで横になっても頭が働かないため机に向かい、参考書やノートを見返しても答えはない。

 カウンセリングに、人を救う方法に答えはないんだ。

「くそ……」

 頭が働かなくなってきた。文字を見ても頭に入ってこない。

 神栖さんの状況をノートに書きだし、何か解決策がないか考えても、どれも神栖さんを追い詰める方法しかない。ふらふらと立ち上がり、ベッドに倒れる。眠れる気配は一切しない。

 いつでも電話に出られるようにしろと行方先生に言われたが、こんな状況で電話に出ても碌に何もできない。

 少し、体を休めなきゃ。
 寝返りをうち、天井を見て手を伸ばす。

「……届けよ」

 手は力尽き、ベッドに落ちる。
 
そのときだった。
 
 パララランッ。
 
「っ!?」

 勢いよく起き上がり、携帯電話を取り、すぐに通話ボタンを押す。

「神栖さん!」
 
『…………』
 
「神栖さん? 神栖さんだよね?」
 
『…………お久しぶり、ですね』
 
「っ!?」

 純白の声。こんな音。今まで聴いたこと、たったの一度しかない。

 結氷した水たまりを歩いているかのような、儚く、今にも壊れてしまいそうな音。
 
『…………』
 
 電話の先は無言だった。でも、一言聴いただけで誰かわかった。

「……結城、凪砂さん」
 
『……やはり、覚えていてくれた、んですね』
 
「だ、」

 大丈夫なんですかと尋ねようと思った。でも、あまりの純白な音を汚してしまうことにためらいを覚えた。
 
『……成長、して、くれましたね』
 
「あ、あぁ……」

 結城凪砂さんだ。僕を救ってくれた恩人だ。今、その人と再び話すことができる。
 そして、成長してくれた言ってくれた。

 あなたの、おかげなんです。あなたのおかげで、今の僕がいるんです。
あなたのおかげで成長できた。でも、僕は目の前の命を救えなかった。手放してしまった。
 
『……よく、聴いて、ください』
 
「…………」
 
『……あなたなら、できます』
 
「え」
 
『……あなた、だから、できます』
 
「僕だから、できる?」
 
『……ええ、私の思い、と、一緒に、あなたの、思いを、伝えて、ください』
 
「思いを、一緒に?」
 
「……思いを、繋いで、ゆくんです」
 
「繋いでゆく」
 
『……彼女なら、それが、できます』
 
 彼女。神栖さんのことを言っているのだろうか。
 
『……お願い、します。繋いで、ください』
 
 繋ぐ。思いを、繋ぐ。
 
『……最後に』
 
「……さ、最後」
 
『……あなたの、声が、聴けて、よかった』
 
『……私の、思いを、伝えて、よかった』
 
『……あなたに、思いを、託して、よかった』
 
「結城、凪砂さん……」

 どうしてか涙があふれてきた。
 
「僕を救ってくれて、託してくれて、ありがとうございます」

 やっと、言えた。
 
『………』
 
 電話の先は無言だが、微笑んでいるような気がした。
 そうして通話は切れた。
 
 そこで携帯電話にショートメッセージが送られてきた。

 行方先生からだ。

『凪砂の思いを、繋いでください』
 
 そうか。行方先生が結城凪砂さんに電話をするようにしてくれたのか。
 それが行方先生が言っていた、できること。

 そうだ。僕は託されたんだ。
 そして、今も、託されているんだ。
 
 僕ならできると、言ってくれた。
 

 だから僕のすることは――
 
 思いを繋ぎ、救うことだ。
 


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