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「恋するキューピッド」 第20話:理解

 休日が虚しく終わり、再び平日。

 でも僕は全然億劫な気持ちはない。なぜなら、涼風さんと話せるから!   

 でも結局、土曜日の夜に謝罪のメッセージが来ただけでそれ以降は連絡を取れていない。

 本当に調子が悪いのだろうか。だとしたら今日、学校に来られるのだろうか。

「もうすぐ例の誕生日なんだろ?」

 今朝は大地と校門で会い、ふたりで教室に向かっている。大地がニヤニヤしながら聞いてきている例の誕生日というのは涼風さんの誕生日のことを言っているのだろう。

「そうだよ。もう花は買ってある。後は台詞だな。いくつか候補があるから、大地、涼風さん役やってくれない? どれが一番胸キュンするか教えてほしいんだ」
「オレがお前に言われて胸キュンすると思うか? 何の参考にもなんねえと思うぞ?」

「本っ当、使い物にならないな」

「まあ、そういうなよ。オレはホントに上手くいくことを願ってっからさ」

 大地は笑顔で僕の肩に腕をまわす。嘘偽りなんてない。本当に応援してくれているのがわかる。

「ありがとう」

 僕は笑顔で大地の腕を吹っ飛ばし、ふたりで教室に入る。前扉から入るとちょうど奥に大地と僕の席がある。当然、僕たちの席は空席のはずだが、すでに僕の席の周りには人がいた。

「あれ? 朝比奈さんと、涼風さん、あと、……鈴木くんか。僕の席で何してるんだよ」
「な? おっす。みんなで何してん――なっ!」
「うん? どうした大地? お、おー……これはすごいね」


 大地と僕が僕の机を見る。
 すると机には油性ペンで何個か大きく悪口が書かれてあった。


 すごいなあ。こんなのドラマでしか見たことないよ。おめーの席ねぇから! ってやつ? どうせやるならベランダから落として本家さながらの名演技を見せてほしかったなあ。

「おい! これどういうことだ!?」

 大地が動揺したまま3人に聞く。

「……私もわからない。朝来たらすでにこうなってて」
「……どうしてこんなこと」
「…………」

 朝比奈さんは雑巾を手に持ち、泣きながら呟く。涼風さんは悔しそうに唇を噛んでおり、鈴木くんは黙って雑巾でひたすら机を拭いている。

「いやあ、こりゃすごいね。鈴木くん、もういいよ」

 僕は笑みを浮かべ、鈴木くんの手を止める。

「よくない!」
「……べつにいいって言ってんじゃん。しょうがないよ」
「空、何か心当たりがあるのか?」

 大地は怒りを露にし、僕に聞いてくる。

 心当たり、ねえ。まあ普通に考えたら先週、僕が大地に思いを寄せる女子、須藤さんに暴言を吐いたことが原因だろうな。

 ま、証拠なんてないから説明のしようがないし、仮に説明できても須藤さんが大地のことを好きである以上、大地に知らせる訳にはいかない。

 言ってしまったらきっと大地は須藤さんのことを嫌ってしまうだろうから。

 はあ、それにしても須藤さんは僕が大地にチクる可能性を考えていないのだろうか。

 好きな人がいるなら、それ相応の行いをすべきだと思うけどな。ま、節操なしの僕が言えることじゃないか。

 僕は両手を上げて肩をすくめる。

「さっぱりわからない。でもさでもさ! こういうことが起こったことによって僕に同情してくれる人が現れて、そこから好意に発展するって可能性もあるよね!? 何事もプラス思考に、前向きに、ね? みんなそんな気にしないで?」
「お前なあ……」
「これはドラマの予感だよ。僕のドラマチックなストーリーが今! 始ま――」


「誰がこんなことやったんだあああぁぁぁ!」

 
 大声が教室中に響き渡った。クラスメイト全員がこちらを見ている。
僕は何事かと驚き目が点になった。

 大声の正体は鈴木くんだ。鈴木くんは涙を流しながらクラスメイト達に顔を向けた。

「誰が天使くんの席にこんなことしたんだよ! なんでこんなことするんだよ! 天使くんが何か悪いことしたのか!? 天使くんはそんなこと絶対にしない! ふざけんなよ! 名乗り出ろ! おれがぶっ飛ばしてやる!」
「お、落ち着きなよ鈴木くん」
「落ち着けるかよ!」

 僕は鈴木くんの肩に手を乗せるものの、振り払われる。

 なんで鈴木くんが怒っているんだよ。怒る義理なんてないじゃないか。ていうか土曜日、僕はキミを見放すような態度を取った。そんな僕のことでどうしてそんなに怒っているんだ。

 わからない。キミは何を考えているんだ。なんでそんなに怒っているんだ。僕の問題だぞ。

 僕の問題に対してキミは動いた。どうしてそんなことをする。僕はキミのことなんとも思っていない。

 キミだって同じはずだ。同じ……はずだ。いや、違う、のか?

 キミは僕のことを嫌っている訳じゃないのか? 僕のことを気持ち悪いやつだと思っている訳じゃないのか? どうでもいいんじゃないか? 

 まさか、いや、ないと思うけど、もしかしてキミは、僕のことを思ってくれているのか? 僕のことを理解しようとしてくれているのか?

 キミは――
 キミは……僕の代わりに怒ってくれているのか?

「誰だよ! 言えよ! こそこそ隠れてこんな陰湿なことしてんじゃねえよ! こんなことして誰が得するんだよ! 天使くんが辛い思いをするだけだろ! つーか周りのやつらも何見て見ぬ振りしてんだよ! こんなのおかしいだろ! 何とも思わないのか! 天使くんのことを何だと思ってんだよ! 天使くんのこと馬鹿にしてんのか!? 見下してんのか!? 違う! 天使くんはお前らよりもすごい人なんだよおおおおぉぉぉ!」

 鈴木くんは声をからして叫ぶ。

 ちょうどそこで担任の先生が慌てて教室に入り、何事かと僕たちに近寄ってきた。

 朝比奈さんが事情を説明し、とにかくその場は先生が収め、僕は職員室へと来るよう言われた。僕が職員室で先生に何か心当たりがないかを聞かれ、それを何も知らないと答え、先生が頭を悩ませている間に大地が使われていない教室から新しい机を運んでくれて交換してくれていたらしい。

 まあ、そんなわけで事は一応、終息した。

 事が終息してから午前中の授業は何事もなく終え、昼休みになった。

「さてと! 今日も涼風さんと一緒に楽しいランチターイム!」
「空」
「なに」

 僕が弁当箱を鞄から取り出し、うきうきしていると大地が真面目なトーンで僕に声を掛けた。

「須藤と何かあったのか」

 はあ、こいつは本当に察しがいいな。察しが良すぎるのも考え物だね。

 たしか、前に大地は須藤さんたちと食事を一緒に取らず、僕と一緒にご飯を食べた後、移動教室の最中、嫌な流れになってきた、オレの気持ちの問題だ、とか言っていたな。

 きっと大地は須藤さんの好意に気づき始めたのだろう。それでも大地にはすでに好きな人がいるからその好意を受け取らない。

 大地は人の好意を踏みにじるのが大嫌いだ。だから、好意を悟った瞬間、告白されないよう距離を置いた。

 そして、距離を置いた瞬間、今朝の事件が起こった。今までも似たようなことは何度かあった。

 ここまであからさまじゃないけど、大地に振られた女子が僕を敵対視することはあった。

 大地はそれを知っている。今回の事件も同じことだと考えている。須藤さんが犯人だと確信している。

 あーあ、須藤さん。チェックメイトだよ。次の恋愛にレッツゴーだね!

「何もないけど、もしかしたらこれから恋愛へと発展するかもね!」
「……オレのせいだ。オレが逃げたからこんなことになっちまった。ホントにすまねえ……」

 大地は立ち上がり、僕に頭を下げる。僕は大地の肩を叩く。

「親友に向かってなに頭下げてんだよ。何考えてるか知らないけど、ちょっと自意識過剰なんじゃない?」
「…………」

 大地は顔を上げ、浮かない表情をしている。
 あれだね。わかるよ。
 あれ、もしかしてこの女子、僕のこと好きなんじゃね? ってやつだよね。知ってる知ってる。

 その推理正しかったこと一度もないけど。

 まあでも、今回はいける気がするんだよね。涼風さん、僕のことよく思ってくれているはず。そうだよね? これで大地のことが好きだったら僕こいつの机ベランダから落としてやるからな。まじで。

「ということでお前に構ってる暇ないから。すっずかっぜさ~ん! ってあれ? いないや。どこ行ったんだろ」

 涼風さんがいつも座っている席に涼風さんはいない。どうしたんだろう?

 ……まさか、僕の机に落書きをした真犯人が実は涼風さんで、僕と顔を合わせないためにいないのか? 何その超展開。全米が流す分の涙を僕が流すよ?

 ま、こういう日もあるか。……話しておきたい人もいたしちょうどいいや。

 僕は鈴木くんの席へと向かう。

「鈴木くん」
「……あ、天使くん」

 自分の席でひとり焼きそばパンを食べている鈴木くんに話しかける。

「なんで今朝はあんな大絶叫してたの。ひとりで絶叫マシーンにでも乗ってたの?」
「……い、いや、ごめん。つい、感情的になっちゃって」

 感情的に、か。

「ごめん!」
「……え?」

 僕は鈴木くんに頭を下げ、謝る。

「土曜日はごめんね。僕でもわかる。鈴木くんを不快にさせるような態度を取った。反省してる」
「い、いや、それはべつに、いいから」
「だけどわからないんだ。そんな感じだったのに、どうして今朝、鈴木くんは怒ったの?」

 鈴木くんはパンを机に置き、視線を落とす。

「おれにとって天使くんはヒーローだから。そんな天使くんにあんな酷い仕打ちをする人間が許せなかった」
「僕の代わりに怒ってくれたんだね。嬉しいよ、ありがとう。でも、ひとつだけ間違ってることがある」
「……間違ってること?」

 僕は微笑む。

「僕はキミのヒーローじゃない。友だちだよ」

「友、だち……。おれと天使くんが?」
「そう。だから、僕は変わるよ。これからはキミの気持ちを理解するよう努力する」
「……あ、ありがとう。おれも頑張るから! うん、頑張るから!」
「一緒に頑張ろ! それじゃ、それだけ。じゃあね。大地~、暇だから一緒に飯食おう」

 僕は鈴木くんのもとから離れ、自分の席に戻り大地と一緒に昼食を摂った。
 


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