「恋するキューピッド」 第16話:初デート
高校2年生になってから初めての休日。土曜日。実は今日は単なる休日じゃない。特別な日だった。
なんと! 今日は涼風さんと初めてのデート!
まあデートと言っても、公共の体育館で卓球をするだけなんだけどね。
いやしかし、ここまで来るのに本当に大変だった。
楽しかったからいいんだけど、毎日お昼をともにして、さり気なく涼風さんが卓球部だったことを聞きだし、さり気なく僕が卓球に興味があることを示し、さり気なく卓球に誘う。
数々の失敗を重ねてきた僕がまさかここまで上手くいくとは思わなかったけど、順調に事を進めることができた。しかし――
僕はデートには少しトラウマがある。中学生の頃、クリスマスデートをすっぽかされたことがあるのだ。
昔を思い出す。
僕は好きだった女子にクリスマスの日にやっと取り付けたデートの約束のために遅れないよう1時間も早く待ち合わせの場所に駆けつけていた。
そこにはクリスマスのせいなのか、いつになくカップルにあふれている。自分も同じように待ち合わせていることが嬉しかった。
――おかしいな。時間も待ち合わせ場所も合っているはずなんだけど。
寒空で雪の降る中、5時間待ったが結局、好きだった女子が現れることはなかった。
実は僕に思いを寄せる女子がいて、僕が馬鹿にされないよう僕のことを思ってその好きだった女子に待ち合わせ場所を変えるよう伝言してくれていた訳ではなく、アマガミしてくる妹がいる訳でもない。僕は変態紳士じゃないし、個性豊かな女子たちとラブコメをする主人公じゃなかった。
ただ振られただけの虚しい人間だった。
……涼風さんはそんな人じゃないよな? ちゃんと来てくれるよね?
体育館、プール、サッカー場、テニスコートがある運動公園へと到着し、駐輪場で待機していた。
約束時間の30分前。
まあ、来てなくて当然だ。
それから20分ほど経ち、時刻は12時50分。約束の時間まであと10分。13時から卓球台を予約している。そろそろ来てくれてもいいんだけどな……。
スマホからはメッセージは来ていない。何度メッセージページを開いても変わらない。
僕は焦りながらスマホから目を離し、顔を上げると1台の自転車がこちらへと向かってきた。
涼風さんだ。
涼風さんは駐輪場に自転車を置き、降りて僕に頭を下げた。
「ギリギリになってしまってすみません。お待たせしました」
「涼風さん!」
僕は目を輝かせ、涼風さんに近づく。
「……は、はい。なんですか?」
「来てくれて本当にありがとう!」
「……あ、はい。約束したので」
「いやあ、今日は良い日だ!」
僕は天を見上げ、両手を掲げる。
「……今日もテンション高いですね」
涼風さんが苦笑いしているが、関係ない。その苦笑いさえも見られるだけで幸せだ。
「涼風さんのおかげだよ。じゃあ行こうか!」
「あ、はい」
僕と涼風さんは受付をするために室内に入っていった。
× ×
受付前には数人が並んでいた。13時に何らかの施設を借りる手続きをしているのだ。
僕は涼風さんと本の話をしながら受付を待っていた。
「天使先輩」
「え?」
僕が笑顔で話している最中、急に僕の名前が呼ばれた気がして、その声のする方を向いた。
するとそこには絹のように綺麗な髪が揺れ、無表情でミステリアスな雰囲気を醸し出している美少女、霞霧乃さんがいた。
「こんにちは。今日はデートですか」
霞さんは丁寧に頭を下げ、上げて、僕に問うてきた。
「……な、なんで霞さんがここにいるの?」
僕は顔を引きつらせながら霞さんに問う。
「友だちとテニスをしに来たんです」
霞さんの後ろにはふたりの女子がいた。
「……あの人が噂の」
「……そうみたいだね」
ふたりは何やらこそこそと話をしている。
『噂の』ってなに? 1年生の間ですでに僕の悪い噂が立っているの……?
「この人は天使さんのお知り合い?」
涼風さんは僕に顔を向ける。
「……ああ、えっと、うん。うちの学校の後輩、1年生の霞さん。一応、中学の後輩」
「はじめまして。1年D組の霞霧乃と申します」
霞さんは涼風さんに頭を下げ、自己紹介をする。
「あ、どうも。2年C組の涼風紫雲と言います。えっと、天使さんとは単なるクラスメイトです」
涼風さんも頭を下げ、自己紹介する。
「単なるって言う意味あった?」
「ご、ごめんなさい。でもなんだかそう言った方がいい気がして。……その、もしかして元カノさん?」
「ち、違うよ! 単なる部活の後輩!」
「単なる後輩ではありません。私と天使先輩はそれはもう深い関係でした」
「……天使さん?」
涼風さんは目を細めて僕を見る。
「べ、べつにただ教育係だったってだけだよ! あと、その……僕が昔好きだったってだけ」
「それだけです」
僕がぼそぼと話して、霞さんが首肯する。
「へー、たしかに綺麗な子ですもんね。納得しました。天使さん、今日は霞さんと楽しんでくださいさようなら」
「ちょっと待ってよ涼風さん! 過去! 過去のことだから!」
涼風さんは目を細めたまま僕を見つめる。それを必死に止める僕を霞さんは無表情で眺めている。
「……本当は今でも好きなんじゃないんですか?」
「そ、そんなことないよ! ねえ霞さん! 僕、霞さんにアプローチしてないよね!?」
「先日、下着を見られました」
なんで言うんだよ! ていうかそれアプローチじゃないだろ!
「さようなら」
涼風さんは去ろうとする。
「待って涼風さん! パンツを見てしまったのは土下座の副作用で! アプローチしている訳じゃないから!」
「……後輩に土下座をする状況ってなんですか?」
涼風さんは呆れたようにため息をつく。
「な、なんでもないよ……。その場のノリっていうか、ね?」
僕は霞さんにウインクする。頼むから話を合わせて!
霞さんは僕の意思を受け取ってくれたようで頷いてくれた。
「天使先輩は悪くありません。過去に私にセクハラしたことを誠心誠意謝っていただいたので、私はもう許しています」
「さようなら」
再び涼風さんは去ろうとする。
「待って! 本当に待って! 過去! 過去のことだから!」
「……過去のことなら許されると思っているんですか? やっぱり最低さんですね」
くそっ、霞さんめ! 余計なこと言いやがって!
確実に涼風さんからの好感度が下がった! どうしてくれるんだ!
いやわかってるよ! 自業自得だよ!
当の霞さんは僕と涼風さんを何度か見る。
「おふたりは今日、何をしにいらっしゃったんですか」
「ああ、卓球だよ。僕と涼風さんのふたりきりでね!」
ハッと笑みを浮かべ、霞さんに自慢するよう言う。
「ああ、いえ、今日は天使さんがひとりで卓球をしに来たんです」
涼風さんが霞さんに微笑を浮かべ言う。
「ねえ涼風さん。そんなに帰りたいの? 一緒にやろうよ。卓球をひとりでする僕の状況何?」
僕は冷や汗をかきながら一生懸命、涼風さんを引き留める。
そこで霞さんが一歩僕たちに近づく。
「私も混ぜてください」
「……は? ちょっと何言ってんの? さすがにダメに決まって――」
「いいですよ」
僕が苦笑いで断ろうとしたところ、涼風さんが霞さんの申し出に了承する。
「ちょ! 涼風さん!? い、一応これはデートなんだけど……?」
「天使さんにセクハラされるのは怖いので霞さん、一緒にやりましょう」
「はい。ありがとうございます」
おっと。これはもうダメですね。僕はすでにセクハラ野郎認定をされてしまったようだ。
「えっと……霞さん? 今日は友だちとテニスしに来たんだよね? 友だちをないがしろにするのは良くないんじゃないかな~?」
「先輩たちに混ざってきてもいい?」
「うん、いいよー」
「ファイト!」
霞さんが一言友だちに聞き、なぜか友だちは一瞬で了承してしまう。
「とのことですので。どうせテニスは3人で中途半端な人数だったのでご心配いりません」
「こっちのご心配をして? 卓球も3人じゃ中途半端な人数だよ?」
「じゃあ霞さん、行きましょうか」
「はい」
涼風さんは霞さんの手を引き、受付に行ってしまう。なるほど。僕がいなくなればちょうどいいのか。
いやなるほどじゃないよ! なんで僕が仲間外れにされないといけないんだよ!
「ま、待ってよ!」
僕は顔を歪ませながら意地で一緒に受付をして卓球台へと向かった。
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