「恋するキューピッド」 第7話:学校は――
午後の授業も何てことなく終え(大地はずっと寝ていた)、放課後になった。
「おい大地。もう放課後になったよ」
「……んぅ。ああ、もう終わった?」
「よくずっと寝てられるな。ていうか先生はなんで注意しないんだよ」
「オレ、優等生だから」
大地は体を伸ばし、笑顔を僕に向けて言う。
「こんな優等生がいてたまるか」
けっ、どうしてこんなやつが怒られないで、授業中ただ好きな女の子を見つめているだけの僕が怒られるんだよ。
「空、メック寄ってこうぜ」
「今日は用事があるから無理」
「用事って、生徒会?」
「いや、涼風さんから借りた本を読む。しかも2冊! はぁ、楽しみだなあ!」
僕は両手を組み、ピンクのオーラに包まれ、翌日、涼風さんと楽しく話す想像をする。
「暇じゃねえか」
僕は大地の言葉を無視し、涼風さんの方を向き手を振る。涼風さんも気づいてくれて頭を下げてくれた。
さて、今日は帰ってさっさと涼風さんから借りた本でも読もっと。
僕と大地が他愛のない話をしながら帰り支度をしていると、教室が少し騒がしくなった。
またか。
「なあ鈴木。ちょっとゲーム貸してくんない? つーかしばらく。ていうか、永遠に?」
ぎゃはははと男子生徒が笑い、その周りの取り巻きも笑っている。
「……え、あ、でも」
鈴木くんは戸惑うだけで上手く言葉を発せないようだ。
「でも? でもってなんだよ? なんか文句あんのか?」
「……それは、おれのゲームだから」
「だから! 貸してくれって言ってんじゃねえか。いつ返すかわかんねえけど」
男子生徒たちは再び大声で笑い声をあげる。
「や、やめてよ!」
鈴木くんは教室に響き渡る声で男子生徒に言う。
おお、びっくりしたあ。鈴木くんってあんな大きな声出せるんだ。でも――
へえ、ちゃんとやめてって言えるんだ。
「あ? なんだよ? うっせえな。なにお前調子ん乗ってんの?」
男子生徒が鈴木くんの胸倉を掴む。教室中がざわめき立つ。
うわあ、あんな典型的な不良みたいなの高校にいるんだ。どこにいても、つまんないやつっているんだな。1年生の頃はあそこまで過激な人はいなかった。
鈴木くんの胸倉を掴んでいる男子生徒は……名前何て言ったかな?
僕のデータに載っていないということは特に恋愛をしているわけでもなく、何の価値もない生徒、僕にとってどうでもいい人間ということだ。
「大地、帰ろー」
僕は大地に向かって声を掛けるものの、大地は僕の言葉なんて聞かず、騒ぎを見て眉間に皺を寄せ、睨んでいる。
「おいお前ら!」
「ちょっと!」
騒ぎを見ている大地と朝比奈さんが渦中に入り制止しようとする。
うわあ、さすが大地に朝比奈さん。困っている人を見過ごせないタイプというやつか。
僕には正義感なんてないからとてもじゃないけど、止めようとは思えないな。
ああ、こういうところの人格の差がモテるかどうかの基準になってくるんだろうなあ。
これで騒ぎが大地と朝比奈さんによって収まり、ふたりの株が上がる。
あ、じゃあ僕も参戦した方がいいかな。というわけで僕は大地に付いていった。
「……そ、それはおれのゲームだから」
「いやこんなクソゲーのどこが楽しいんだよ。あれだろ? ギャルゲーってやつだろ? こんなんやってるより売った方が絶対価値があんだろ」
へえ、ギャルゲーってたしか恋愛ゲームだよね。鈴木くんも僕とは違うタイプだけど、ちゃんと青春してるんだ。ちゃんと恋愛してるんだね。
素晴らしいことじゃないか。僕と気が合うかもしれない。今度、鈴木くんと恋愛談義でもしようかな。何か恋愛のアドバイスをしてくれるかもしれない。
……あーでも、今鈴木くんの胸倉を掴んでいる。……えーっと、名前わかんないや。男子生徒とは仲良くなれなさそうだな。恋愛とか興味なさそうだし。
ああ、だからこうやって弱いものいじめして楽しんでるのか。本当、つまんないことしてるなあ。
「いい加減にしろよお前ら」
「そうだよ。鈴木くん嫌がってるじゃない」
大地と朝比奈さんが必死になって鈴木くんを守ってあげている。本当にお人好しだ。
さすがは僕が惚れた女子。そして親友。困っている人を守るだけの強く優しい性格があるからこそふたりは輝き、素晴らしい青春を送っている。
それに比べて……あの男子生徒は何もわかっちゃいない。
「ああ? これは俺らと鈴木の問題だろ。出しゃばってくんじゃねえよ」
「あ、ちょっといいかな?」
僕は渦中に入り、口を開く。
「空?」「天使くん?」
大地と朝比奈さんが僕の方に向き、男子生徒は僕を睨んでくる。
「失恋副会長じゃねえか。なんだ? 学校の風紀でも正しに来たのか? だけど生憎、お前みたいなきめえやつに何か指図される言われはねえよ」
男子生徒は僕に敵対心剥き出しでかつ、面白がって笑う。取り巻きも笑っている。
学校の風紀を正す? 面白いこと言うな。つい失笑が漏れる。
「いやべつに。僕は正義のヒーローじゃないし、学校の風紀とかどうでもいいから」
正義のヒーローとかモテそうだし、風紀を正すなんてそんなかっこいいことしたらモテそうだな。でも生憎、僕はそんな寄り道をしている暇はない。
「じゃあなんだよ? 何出しゃばってきてんだよ」
「誰が何されようが僕には関係ないし、ていうか僕がキミたちにどう思われてようがどうでもいいんだけどね」
本当、どうでもいいんだよなあ。
でも、これはちょっと見過ごせないかな。
「あ!? 何が言いてえんだよ!」
「つまんないって言いたいんだ」
本当につまらなそうで可哀そうだ。あ、振られまくってる僕の方が可哀そうかな。
いや、それはないな。恋愛は楽しいし、誰かを好きでいられることがどれだけ幸せなことか。
それを彼らは知らないんだろうな。
いや、誰だってこの歳になれば好きな人ひとりぐらいいてもいいと思うんだけどな。彼らの恋愛、青春はどこに行っちゃったんだろう。
「んだとてめえ! それこそてめえがどう思ってようがどうでもいいんだよ!」
男子生徒は乱雑に鈴木くんを放り、今度は僕の胸倉を掴んでくる。
あーあ、制服に皺ができる。せっかくクリーニングに出したばかりなのに。
「もっとさあ、楽しい青春時代を送ろうよ」
彼らの青春はどこかにあるはずだ。少なくとも、学校という場所の可能性は無限大で、恋愛をする場としては最高な環境だ。でも、どうやら彼らはそれを理解していないらしい。
「こっちはこうして楽しんでんだよ。てめえみたいなきめえ人生と一緒にすんな」
「学校は人をイジメる場所じゃないよ?」
そう。学校は人をイジメて楽しむ場所じゃないんだ。
「は? イジメ? これのどこがイジメなんだよ? ああ!? 適当なこと言ってんじゃねえぞ!」
「イジメなんじゃないの? だって鈴木くん嫌がってるんでしょ?」
僕も自分の恋愛の邪魔をされたらたまったもんじゃない。鈴木くんが可哀そうだ。
でも、僕は鈴木くんがどうなろうが知ったことではないし、鈴木くんが何を考えてこの甘い青春時代を送っているか知らない。でも、彼には彼なりに恋愛をして、楽しんでいるんだよね?
「そんなことねえよ! なあ! 鈴木!」
「……え、えっと」
鈴木くんは戸惑い、何も言えない。
「ねえ、鈴木くん。恋愛ゲームは楽しい?」
僕は鈴木くんに問う。
「……う、うん。楽しい、よ」
「そっか。それならよかった。青春だね」
僕は嬉しくなりつい、笑顔になる。
なんだ。やっぱり鈴木くんは鈴木くんなりにちゃんと恋愛をして、青春してるんだね。
じゃあもう、僕は鈴木くんに言うことは何もない。諭す必要も、守る必要もない。
「何きめえこと言ってんだよ。お前、マジで頭おかしいんじゃねえの?」
男子生徒は僕に向かって暴言を放つ。ああ、唾が飛んで汚いなあ。帰ったらちゃんと吹いて消臭剤かけないと。
「僕のことはどうでもいいよ。キミは学校楽しい?」
「ああ!? 楽しいわけねえだろ!」
「そっか。楽しんでないんだ。そりゃ残念だ。青春じゃない」
あーやっぱりそうか。彼らの青春は消えてしまっているんだ。胸躍り、体全体に響き渡る強い恋心を忘れて、つまらないことしかできないんだ。
本当に、可哀そうだ。
「きめえなマジで。消え失せろや」
男子生徒は呆れた様子で僕の胸倉を離す。
「学校は勉強をする場でも、部活動に勤しむ場でも、イジメをする場でもない」
わからないなら、忘れてしまったのなら、僕がちゃんと教えてあげないといけないとね。
良い機会だ。クラスのみんなにも再認識させて青春を発展させよう!
「何言ってんだてめえ」
「学校は恋愛をする場なんだよ!」
「はっ! やばいなこいつマジで! なあお前ら!」
男子生徒とその取り巻きたちが笑う。あーあ、救いようがないや。
「だからね、僕は一言だけ言いたいんだ。たった一言だけでいい。言わせてくれるかな?」
「なんだよ? 言ってみろよ?」
男子生徒は半笑いで僕に近づく。僕は大きく腕を振るう。そして――
ガンッ!
「学校で恋愛以外のことしてんじゃねえよ、ってね」
僕が殴った男子生徒は吹っ飛び、机にぶつかりながら倒れる。
「て、てめえ!」「おい大丈夫か!」
男子生徒の取り巻きが僕に向かって叫んだり、吹っ飛んだ男子生徒の心配をしている。
ふう、これで少しは学校がどういう場であるかわかってくれたかな。
「お前、ふざけんなよっ」
殴られた男子生徒はゆっくり立ち上がり、鼻血を出しながら僕を睨んでくる。
「まだわかってくれないか」
「てめえ!」
男子生徒は僕に向かって拳を振るい、僕も殴られ、僕も反撃し殴る蹴るを繰り返す。
僕は大地に、男子生徒は取り巻きに抑えられるまで取っ組み合いの喧嘩をした。
いつの間にか先生が教室に来て、大声のお叱りの声を浴びせられ、僕と男子生徒は職員室に連行されてしまった。
あーあ、顔に傷ついちゃったよ。これじゃあせっかく整えている顔面が台無しだ。
いや? これも男の勲章としてはアリか?
それにしても、今日は早く帰って本の続き読みたかったのになあ。
なんで職員室に連れてかれなくちゃならないんだよ。
「はあ、僕、何も悪いことしてないのになあ」
僕がため息をつき、そう呟くと男子生徒と先生に睨まれてしまった。
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