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「恋するキューピッド」 第5話:雲

 自室でひたすらスマホを操作する。情報収集とメッセージのやり取りをしている。

「調子はどう?」
「え、なにが?」

 僕が集中している中、キューピィが話しかけてくる。

「キューピッド代行の仕事は捗ってるかしら?」
「だからそんなことしないって。でも、僕の恋愛は進歩した」
「あら、好きな人でもできたの?」

「うん。クラスメイトの涼風紫雲さん。どうやら読書が趣味でジャンルは様々。最近はライトノベルを読んでいるらしい。ライトノベルは恋愛ものが多い。そこから共通の本を読み、話を広げてゆく。うん、完璧な戦法だ」

 僕は笑みを浮かべながらスマホを操作し続ける。

「そんなに上手くいくかしらね?」
「なんとしても上手くいかせる。他にも涼風さんの情報を手に入れた。意外にも涼風さんは中学の頃、卓球部だったらしい。これも活かせる」
「よくもそんなに情報が手に入るわね」

「僕に彼女はいないが、女友達はいるんだよ」

「あら、意外ね。てっきり、親友の久我大地としか関わりがないと思っていたわ」
「……なんで大地のこと知ってるんだよ」

「いつもあなたのことを見ているから」

「怖い怖い。ストーカーかよ」

 僕はスマホからキューピィに顔を向け、顔を引きつらせる。

「それよりも、女友達の方が気になるわ。彼女は作れないくせに女友達は作れるのね」
「ああ、大地に群がる女子を大地の情報を餌に釣っている」

「……それは女友達とは言えないんじゃないかしら」

「うるさい。彼女を作るためには手段なんて選んでられないんだよ。よし、見つかった。今、涼風さんが読んでいる本のタイトルは『超落ちこぼれな俺の進学校生活』か。どれどれ、さっそく読むか」

 僕はベッドで横になり、さっそく電子書籍を購入する。

「女友達と言えるかわからないけれど、久我大地の他にも異性と交流があるみたいじゃない」
「…………」

 僕はキューピィの言葉を無視し、本を読み進めてゆく。

「なになに? 朝比奈陽花? 霞霧乃? 夜桜美月? この3人とはどういう関係なの?」
「わざと聞いてんの? 僕のこと見てたらわかるだろ。全員、僕を振った相手だよ」
「あら可哀そうに」

 キューピィはニシシと悪戯な笑みを浮かべる。

「愛の女神様がちょっと手伝ってくれたら僕だってこんなに振られてないと思うんですけど?」
「一時的な錯覚で好意を抱かれるのがご所望なの?」

 一時的に錯覚で好きになれてもその錯覚が解かれれば離れてしまう。それじゃ意味がない。むしろ余計に傷つくかもしれない。

「今の無し。僕は僕自身で愛を掴み取る」
「それでこそ空よ。応援してるわ」
「嘘つけ。僕の応援なんて全然してないくせに」

「あなたは恋愛に強欲に動くからこそ他人の恋愛を成就させることができる。まあそういう意味では、あなたに恋人ができてしまったらあなたの力はなくなってしまうものね」

「ほらなやっぱり。全然、僕の味方なんかじゃない」
「味方よ。ちゃんと私の願いを聞き入れて使命を果たしてくれたらご褒美をあげると言ったでしょう?」
「会いたい人に会わせてくれるんだっけ? それ何? 僕の未来のお嫁さんにでも会わせてくれるの?」

「その可能性はあるわね」

「えっ! 本当!?」

 僕はベッドから起き上がり、キューピィを見つめる。

「ただし、会いたい人は今まであなたが会ったことのある人物のみ。あなたが会ったことのない人物に会わせることはできないわ」
「……でも、今まで会ったことのある人ならその人が僕のお嫁さんになってくれることがあるってことだよね?」

「それはあなた次第ね。あ、でも、あなたに会いたい人なんているのかしら? 会いたいと思う程の人にはすでに振られているんじゃないの?」

「くっ、クソ悪魔め! その通りだよ! バーカ! バーカ! 白パンツ! あ痛ぁっ!」

 僕がキューピィに悪態をつくと、キューピィは容赦なく僕の額に青い矢を刺してきた。僕は悶絶し、矢を額から取り投げ飛ばす。

「何するんだよ!」
「あなたが変態なことを言うからよ。それに何? 今朝も後輩のパンツを見て興奮していたじゃない。あなたパンツだったらなんでもいいの?」

「美少女のパンツならな。誰だって興奮するだろ。それが男の性って――痛ぁい!」

 再びキューピィに矢で刺された。

「なんで刺すんだよ! お前のこと馬鹿にしてないだろ!」
「あまりにも節操がないからこれは教育よ。少しは反省しなさい」
「反省する気はない」

「何か言った?」キューピィは弓矢を構えている。

「真人間として生きてゆく覚悟が固まりました」
「けっこう。まあとにかく引き続き頑張りなさい。あなたも、振られた子たちと上手くいくといいわね」
「……そんなのどうでもいい」
「あらそ。それじゃあ」

 そう言ってキューピィは消えていった。消えていても僕のこと監視しているんだよな。

 嫌だなぁ。こんなんじゃ好きなこともできないじゃないか……。

   ×    ×

 翌日、僕はさっそく昨日読み終えたライトノベル『超落ちこぼれな俺の進学校生活』の内容を思い出し、考察もする。

 さっそく教室に入って涼風さんと盛り上げトークをかまそう!
 僕は教室の前扉から入り、教室を見渡す。

「おはようみんな!」

 僕はクラスメイト達に元気に挨拶をする。
 当然、返事はない。

「うん! 今日も青春だね!」

 高校2年生2日目にしてすでにグループができている。運動部の男子たちの集まりや、派手な女子生徒たち。男女が混ざったグループ。趣味が合うような仲間たち。

 ただ、そんなグループに属さない人たちもいる。

 僕はひとりの男子生徒を見つめる。

 ……たしか、鈴木悟くん、だったかな。
 地味で髪も長く、前髪で目が見えないが眼鏡をしているのがわかる。誰も寄せ付けないオーラを放っており、朝からひとりでゲームをしている。たしか趣味がゲームと言っていた。本当にゲームが好きなんだな。

 そんな中、元気な男子グループが鈴木くんに話しかけた。

「おー鈴木、今日もゲームか」
「何のゲームやってんだよ。ちょっと貸してみ」
「……あっ」

 鈴木くんはゲームを取り上げられ、小さな声を上げる。男子生徒たちはゲームを手にし、勝手に操作している。しかし鈴木くんはその様子を一目見て、そして諦めたかのようにして視線を机に落とす。

「はぁ、つまんなそうなことしてるなー。あ! 涼風さんおはよう!」

 僕は涼風さんの席の前へ行き、元気に笑顔で挨拶をする。

「……おはようございます」

 涼風さんは僕を認識し、読んでいる本に栞を挟み、本を閉じる。

「あ、ごめんね。読書の邪魔しちゃった?」
「……いえ、べつに。何か御用ですか?」

 赤い眼鏡の先にある大きな黒い瞳で僕に上目遣いをする。ああ、よく見るとまつ毛長いなー。それに、結構可愛らしい声をしている。今日もおさげは健在で全体的に整っている。うん! 今日も可愛いな!

「朝だからただの挨拶だよ。昨日はメッセージ返してくれてありがとうね」
「……はあ」
「ああ、そうだそうだ! 僕、涼風さんと仲良くなりたくてさ、読書を趣味にしようとしているんだ! 何かおすすめの本とかってある? あ、ていうか、何の本読んでるの?」
「……え、まあ、こういうものですけど」

 涼風さんはブックカバーを外し、僕に表紙を見せる。タイトルは『超落ちこぼれな俺の進学校生活』。巻数は3巻。そっか。3巻まで出てるんだ。まあいい。ビンゴだ。

「うっそ! 昨日それ僕読んだやつだ! それ面白いよね!」

 僕は昨日買った電子書籍『超落ちこぼれな俺の進学校生活』の画面を開き、涼風さんに見せる。

「……まさか天使さんが読んでるとは思いませんでした。こんな偶然あるんですね」
「ね! いやー本当、いっき読みしちゃってさ。主人公がさ、劣等生にも関わらず、学力至上主義の敵キャラにぎゃふんと言わせる展開は熱かったなぁ! 僕まだ1巻しか読んでないんだけど、これからどうなるのなかー。僕的には、同じ劣等生キャラが出てきてそれが最初は仲間なんだけど、実は敵キャラだった、みたいな感じになると思うんだよね!」

「……どうでしょうね。読んでみてのお楽しみですね」

 涼風さんは微笑を浮かべる。うん、いい感じだ。

「涼風さんは読書は紙派? 電子書籍派?」
「紙派です」

 ま、どうみてもそうだってわかってたんだけどね。

「あ、そうなんだー。ってことは、この本の2巻持ってたりする?」
「……まあ、はい。家にありますが」
「あぁ、よかったらでいいんだけど貸してくれない? 僕も紙で読みたいんだよね!」

「……あ、いいですよ。明日持ってきますね」

「ありがとう! あー、なんか急にごめんね。ぐいぐい来ちゃって。同じ本読んでるってわかってついはしゃいじゃって」

 僕は頭に手をやり、苦笑を浮かべる。

「いえ、私も同じものを共有できるのは嬉しいので構いません。天使さんの今後の展開の予想、当たるといいですね」

「僕としては期待を良い意味で裏切ってくれたら嬉しいんだけどね。いや本当にありがとう! じゃあまた明日、話しかけてもいいかな?」

「あ、はい。お待ちしています」
「うん! それじゃあまたね!」

 僕は笑顔で手を振り、自分の席へと向かってゆく。

 自分の席へ着き、一息つく。

「今日もお前は朝から元気だなー」

 隣の席に座る大地が呆れ笑いを僕に向ける。

「そりゃあね。元気で接した方が向こうも応えてくれるから」
「今までのお前だったら一目惚れして即告白、即玉砕ってパターンだと思ってたんだけどな」
「僕だって学習するんだ。今の僕なら相手の好感度がわかるよ」
「ほー、じゃあお前の見立てでは涼風のお前に対する好感度はどれくらいなんだよ?」

「ざっと低く見積もって80%くらいかな」

「さすがに積もり過ぎてると思うぞ?」
「相変わらずどこからその自信がでてくるんだろうねー?」
「……朝比奈さん」

 僕と大地の会話に割って入ってきたのは昨日なぜか機嫌の悪かった朝比奈さんだ。

「おはよう天使くん、久我くん」

 今日も柔らかい笑顔をして挨拶をしてくる。

「……おはよう」
「おっす」
「朝から楽しそうに涼風さんと話してたね。何のお話してたの?」
「趣味の話だよ。読書」

「あれ? 前までは占いが趣味なんじゃなかったっけ?」

「ああそれはもう飽きた。今の趣味は読書。涼風さんと一緒なんだ」

 趣味の占いは前回好きだった女子の趣味だ。今はもう興味ない。

「へぇ。天使くんは本当によく好きな女の子と趣味が合うねー。占いの前はたしか、写真、編み物、お菓子作りだったっけ? 1月頃、よく女の子にチョコレートあげてたよね。今、チョコレート食べたいなー。持ってないの?」

 朝比奈さんは笑顔で手を差し出してくる。

「……持ってないよ」

 なんでいちいち僕の趣味を覚えてるんだよ……。

 たしかに1月頃はよくチョコレートを作って女子に渡していた。1月頃からチョコレートを渡していれば2月のバレンタインでチョコレートをもらえると思って必死に渡していたんだ。

 結局誰からも貰えなかったけどな! 

 しかも陰で『チョコレート乞食』と呼ばれていたらしい。毎回思うけど誰があだ名考えてるの? 人の心を持っていないの?

「なんだ持ってないんだ残念。今回の趣味はどれくらい続くだろうね? ねえ久我くん? どれくらいだと思う?」
「オ、オレ?」

 大地は朝比奈さんの問いに戸惑いながら、苦笑いする。

「ちなみに大地の趣味は昼寝だよ。朝比奈さんも授業中寝てみたら? 大地と同じ夢を見られるかもね」
「なんでわざわざ不真面目な久我くんと趣味を共有しないとならないの? こんな不良と一緒にしないで?」

「あ~、朝比奈さん優等生だもんね。これは不良の大地とは相性が悪そうだなぁ」

「うん、なんでオレに飛び火してんの? お前らの会話だろ? オレを巻き込むな? ちなみにオレ不良じゃないからな」

 朝比奈さんは相変わらず笑顔で、大地は目を細めている。

「大地、朝比奈さんの相手してやれ。女子との会話は得意だろ」

 僕は朝比奈さんから目を離し、スマホをいじる。

「私は今、天使くんと会話してあげてるんだよ? 女子との会話が苦手な天使くんと」

 つい額に怒筋が浮かぶ。僕は席を立ち、朝比奈さんに笑顔を向ける。

「あれぇ~僕が涼風さんと楽しく会話してたの見てたんだよね? 朝比奈さんの目は節穴かな?」

「えぇ~? あれで楽しく会話してたつもりなの? 涼風さんすごく迷惑そうだったけど」

「迷惑ぅ~? あーごめんごめん。ヨガみたいなよくわからない趣味を持っている朝比奈さんには読書という崇高な趣味の話には付いていけないか。ごめんね、悪気はないんだ」

「えー? どうして私の趣味知ってるの~? ちょっと気持ち悪いな~」

 朝比奈さんは一歩引き、手を口に当て笑っている。

「……自己紹介で言ってたから知ってるだけだよ? それにしてもヨガが趣味ってね~。なんだかおばさんくさくない? なあ、大地?」
「え、オレ?」
「趣味が恋愛って言ってるよりマシだと思うな~。正直滑ってたよ。ねえ、久我くん?」

「……あの、だからオレを巻き込むのやめてくれない? つーかお前ら朝から喧嘩すんのやめようぜ? な?」

 大地が両手を顔の前にやり、苦笑いをしながら言う。

「喧嘩? 喧嘩ってたしか同レベルの者同士が行う愚かな行為だよね? 僕と朝比奈さんが同レベルっていうのはー、ちょっと無理があるんじゃないかなー」
「そうだよ久我くん? 天使くんの言う通り、私と天使くんが同レベルっていうのはあり得ないないよ。だって天使くんって1番道路に出てくる野生のポ〇モンだもんね!」
「例えが小学生なんだよなぁ。そうだな、朝比奈さんはた〇ごっちでいう、お〇じっち、いや、おばさんっちかなあ!」
「もうやめろって! つーかふたりとも例えが古いんだよ! 誰がわかるんだよ! はいはい、もう終わり。予鈴なるぞ学級委員ども」

 大地は立ち上がり、僕らを諭すように言う。

 僕と朝比奈さんは互いに笑みを絶やさぬまま、席に着く。それに合わせて大地も席に着く。

「ホント、お前らは仲良しっていうか……。朝比奈も不器用だよなー」
「どうして朝から僕が悪態をつかれなくちゃならないんだまったく。はぁ、それにしても朝から涼風さんと話せた。今日は良い日だ!」
「うん、お前もやっぱ大概だよ」

 僕は天に両手を伸ばし、大地は項垂れる。

 こうして今日も青春の1ページがめくられてゆく。


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